第454話 緊急事態

「うぉぉぉぉ!!! だから、カーテンを早く付けてくださいって言ってたでしょ!! イチロー兄さまっ! 早くカーテンを付けてくださいよっ!!!」


 ロフトの上からカローラが物凄い顔をして急かしてくる。


「分かってるよ!!! 後もうちょっとだから、我慢しろよっ!」


「もう我慢でどうこう出来る状態では無いんですよっ!!」


 カローラがロフトの上で身悶える。


(ところで私の台座はまだかしら?)


「うるせー! 今、カローラが大変な事になりかけてんだっ!」



 今、何がどうなっているのかと言うと、俺がハウス・オフィサーに軽トラックを返し、その帰り道に夕食を買って帰ると、ネカフェで親衛隊のおもてなしを散々受けていたカローラが、部屋に西日が差し込んでロフトから降りられず、お花摘みの限界に達していたのだ。


「イチロー兄さま…」


「なんだよっ!」


 俺はガチャガチャとカーテンの取り付けに集中して、振り返らずに答える。


「初めの出会いこそ敵同士でしたが… イチロー兄さまとの日々は…悪くなかったです…」


「…なんでそんな事を急に言い出すんだよ…」


 カローラの言葉に嫌な予感を感じながら、カーテンの取り付けに集中する。


「イチロー兄さまと初めてカードゲームをした時の事を覚えていますか… 最初こそ私が勝ったものの、その後はイチロー兄さまが大人気なく勝ちましたよね… 私…悔しくて涙を流しましたが… 嬉しかったんです… 誰かと本気でカードゲームをしたことを…」


「おいおいおい!! カローラ、お前…なんで死に際みたいな会話をしてんだよっ!」


 言葉は感動的な死に別れのシーンの様に聞こえるが、実際の所、折角の新居に大変な事が起きようとしている。


「自分の身体の事ですから…良く分かるんです…私はもう長くはないと…」


「待て待て待てっ!!! 今終わる!! 今終わるから!! もうちょっと我慢しろっ!!」


 後ろのロフトでカローラが大変な事になりかけているが、怖くて振り返る事が出来ない…


「私が…………しても… 私の事は忘れないでください…」


「よしっ!!! 終わったぞ!!」


 トン! たたたたっ! バタンっ!


 付け終わると同時に後ろから、足音が響き、振り返った時にはロフトの上にカローラの姿はなく、トイレの扉が閉まる瞬間を見ただけであった。



「ふぅ…なんとか間に合ったようだな…」



 俺は緊張感から流れた変な汗を拭う。


「もし…カローラが間に合わなかったら… 今日の晩飯としてカレーを買って来たのにおじゃんになるところだったな…」


(イチロー…)


 今度は聖剣が頭の中で声を掛けてくる。


「分かったよ! コートハンガーを組み立てればいいんだろっ! ってかお前も漏らすっていうんじゃないだろうな?」


(私がカローラみたいに粗相するわけないでしょ)


「じゃあ、なんで急かすんだよ…」


 俺はコートハンガーを組み立てながら尋ねる。


(貴方だって、いつまでも私が中にいたら嫌でしょ? 私もそうなのよ)


「そんな理由かよ! よし、出来た… これでいいだろ?」


 そう言って組みあがったコートハンガーをポンと立てると、すぐに聖剣がコートハンガーに掛かる様に姿を現わす。


「ありがとう、これでいいわ。よっこいしょっと」


 聖剣は姿を現わすと、その辺りに置いていたノートパソコンの一台を自分の前のテーブルに置いて広げる。


「あれ? これ画面が映らないわよ?」


「あぁ、電源を刺さないと動かんぞ、ちょっと待てよ」


 俺はノートパソコンのACアダプターを取り付けてコンセントを刺してやる。


「あぁ、映ったわ!」


 そう言うと、聖剣はかちゃかちゃパソコンを弄り始める。


「お前、いきなり使い始めているけど、字は読めるのか?」


「平仮名は周りを見ていたらある程度、分かるようになったわ…あれ?調べ物ができないわよ?」


 聖剣は俺の見よう見まねでブラウザを立ち上げている。


「まだ、ネットには繋いでないからな…ってか、お前が急かしていた理由ってそれか!?」


「えぇ、そうだけど、それより早くネットとやらを使えるようにしなさいよ」


 聖剣は俺の方をくるりと向いて、とんとんとパソコンを叩く。


「おまっ! カローラが漏らしそうな時によくそんな事で俺を急かしたな…」


「でも、カローラは間に合ったじゃない」


「間に合ったけど… まぁいいや…どうせ俺も早くネットを繋ぎたいからな…」


 押し問答を続けても意味がないと思った俺は、ルーターの取り付けを始める。



「うわわわわわっ!!!」


 

 すると、今度はトイレの中からカローラの声が響く。



「どうした!? カローラ! 替えのパンツがいるのか?」



 トイレに向き直って尋ねる。



「ちっ違いますよっ! 変なボタンを押したら、お尻の所にお湯が出て来て…」


「ここのトイレ、ウォシュレットが付いているのか… 安心しろ!カローラ! それはお尻を洗浄するための物だ! 近くに四角のマークが書いてあるボタンがあるだろ? それを押せば止まるはずだ!」


「なるほど…お尻を洗う為の物だったですね… 納得しました」


 トイレの中から落ち着いたカローラの声が返ってくる。


「あぁ、それで終わった後は、便座から立ち上がれば勝手に流れるはずだ」


 そう声を掛けた後、ルーターの設定をしていると、トイレの中からザァーっと水の流れる音が響き始める。


「ふぅ…大変な事になるところでした…」


 すっきりとした顔をしたカローラがトイレの中から出てくる。


「お、おぅ…良かったな… これで良しと… どうだ?ネットにつながったんじゃないのか?」


 ルーターの設定が終わった俺は聖剣に声を掛ける。


「えぇ、繋がったわ、ありがとう、これで色々調べられるわ」


 聖剣は俺に向き直る事無く、カチャカチャとパソコンを弄り始める。


「イチロー兄さま」


「なんだ? カローラ、やっぱり替えのパンツがいるのか?」


「ちち!ちっちがいますよ!」


 頬を染めて答える。


「じゃあなんだよ?」


「私のテレビも早く設置してもらえませんか?」


 当然の様な顔をして言ってくる。


「カローラ…お前なぁ… 俺はさっきからカーテン付けたり、コートハンガー組み立てたり、ネットを繋げるようにしたりしていた所だぞ?」


「でも、イチロー兄さましか分からないので…」


「…確かにその通りだな… 仕方ない…テレビの設置をするか…」


「わーい♪ イチロー兄さまありがとう~♪」


 俺が溜息をつきながら了承すると、カローラが手を上げて満面の笑みで喜ぶ。


「とりあえず、テレビの設置が終わったら、夕飯を食って、その後は字の勉強だからな!」


「えっ!?」


 俺がテレビの設置をしながらそう言うと、親衛隊から貰ったゲーム機を取り出していたカローラは驚いたような顔をする。


「おまっ! ゲーム三昧をするつもりだったのかよ! ゲームは勉強が終わった後だ! 聖剣もネットは勉強の終わるまで禁止だ!」


「じゃあ、さっさとそのテレビの設置とやらを終わらせて、夕食を済ませなさいよ」


 聖剣は何やらかちゃかちゃとパソコンを弄りながら答える。


「何だか…先行きが不安だな… これからやっていけんのか…」


 俺は一人呟いた。


 

 


 


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