第451話 ホームセンター、ホーガン

 俺たちは新居を出て、とりあえず遮光カーテンを買うためにホームセンターへと向かう。ホームセンターであれば、遮光カーテンだけではなく、寝る為の布団や、床に敷くラグ、風呂場の手前に敷く足ふきマットやバスタオルもあるだろう。


 ホント、新しい生活を始めるためには色々と物入りになるが、ここのホームセンターはスマホで調べた限りでは100均も併設されており、日用品の小物まで購入できるので色々と便利そうだ。


「ホント、この世界は人と物で溢れてますね… この世界全体がそうなのですか? それともこの街だけがそうなのですか?」


 ホームセンターに向かう道すがら、キョロキョロと街並みや人混みを見回すカローラが尋ねてくる。


「うーん…国や都市によって発展の違いがあるから一律にどこでもそうだとは言えないが、まぁ、この国なら大体の街で色々な買い物が出来るな」


 カローラがただ単に発展の度合を聞いているのではないと思ったので、そう答える。


「野生の生物の脅威や、魔族とかの敵対的な存在はいないのですか?」


「基本的に、野生生物や魔族とかの人間に敵対的な生物などはいないな… だから、全ての土地は人間が使いたいように使う。争いがあるのは人間同士の戦争ぐらいなものだ」


「平和な世の中なんですね」


 うーん、人間同士の戦争があるのに平和とは… まぁ、魔族と人類の戦いのように一方が相手の存在を一人残らず駆逐しようとする戦争なんて殆どないからな…


 そんな会話を躱していると目的地のホームセンターに到着する。


「ここもまた大きな店ですね…」


「まぁな、この前のドンキ・バールとは違ったものを取り揃えているからな」


 俺はカートを掴んで店内へと進む。


「色々見て回らないといけないが、先ずは遮光カーテンだな」


「そうですね、独房の様な部屋でも、部屋の中で日傘をささなければならない生活は嫌ですからね」


 俺たちはカートをガラガラと押してカーテンのコーナーへ向かう。


「しかし、職人に発注して作ってもらうのではなく、出来合いの物ばかりなんですね」


「まあな、これだけ人が多いと品物の供給が追っつかないと思うからな」


「出来合いの物にしては、質がいいですね… えっと…3980…円…これってこの国ではどれぐらいの価値なんですか?」


 見本品の一つを手に取ったカローラは値札を見て、そんな事を尋ねてくる。


「カローラ、お前、字が読めるようになったのか?」


「読めると言っても数字だけですね、親衛隊の皆さんとゲームしていた時に数字だけは覚えたんですよ」


 順位が云々と商品のジャングルギフトの件があるから、数字だけは読めるようになったのか…


「うーん… そうだな… こっちと向こうでは物の値段がかなり違う所があるからな…とりあえず、多くの一般人の月の手取りが20~30万ってところか?」


「では、一般人の一日の収入で、こんな一級品質のカーテンを買ってもお釣りが来るって事ですね… ちょっと、ここでの物の価値が分かりませんね…」


 そう言ってカローラは眉を顰める。


「それは俺が向こうの世界に行った時でも同じように感じたよ。で、どのカーテンにしようか? カローラはどの柄がいい?」


 するとカローラは柄を選ばずに、見本として置いてあるカーテンを一つ一つ天井の照明に翳して遮光具合を確かめる。


「…随分と慎重に選ぶんだな…」


「えぇ、私の場合は命が掛かってますからね、狭くて逃げ場のないあの部屋では、そりゃ慎重になりますよ」


 ゲームや漫画の中のヴァンパイアは強キャラに見えるけど、実際は不便な生き物だよな…

こういうカローラの姿を見ると、ゲームとかの中で、屋敷に侵入してヴァンパイアを討伐するって話があるけど… そんな危険な方法をとらずに、解体業者でも呼んで、屋敷を解体した方が安全にヴァンパイアを倒せるんじゃないだろうかと思う…


「これです! これがいいです! これが一番光を通しません!」


「柄じゃなくて、遮光度でカーテンを選ぶ女なんて初めてみたよ…まぁ、カローラが選ぶならそれにするか… 次は布団を選ぶか…」


 次に布団のコーナーに向かう。


「えっ!?」


 するとカローラが声を上げて驚く。


「どうした? カローラ」


「なんで綿入りの布団がこんな価格で売っているんですか!?」


 綿入りの布団を触り、その値段を見てカローラが驚く。


「あぁ、確か綿も向こうの世界では貴重品だったな…」


「そうですよ! イチロー兄さまの僕になって人間からの略奪が出来なくなった時に、綿花の栽培でもしてお金を稼ごうと考えたぐらいですからね… それがこちらの世界ではこんな価格だなんて…」


 カローラも色々と考えていたんだな…


 その後も必需品を探して回るが、その度に値段を見てカローラがその安さに驚く。そして終いには…


「イチロー兄さま… 元の世界に帰れるようになったら、この世界と行き来できるようにしませんか? こっちの物を向こうで売るだけで大儲け出来ますよ…」


 そう言って、時代劇に出てくる悪徳商人のようなゲスな笑みを浮かべる。


「ちょっと小遣い稼ぎぐらいならいいけど、本格的にやれば、向こうの経済が崩壊するぞ? 俺は『イチローショック』みたいな経済危機の原因を作りたくはないな… それに向こうでそんなに金には困ってないだろ?」


 確かに儲かるのは分かるが、やり過ぎるとカーバルの時みたいに他人から妬まれる事が分かっている。


「まぁ、確かにそうですね… 稼ぎ過ぎてまた誰かに討伐に来られても困りますので…」


 変な理由でカローラも納得する。


 その後も日常生活を想像しながら買い物を続ける。例えば風呂場の足ふきマットが必要だと考えていたが、実際に風呂に入る時には、洗面器も必要だし、椅子も必要だ。シャンプーやリンスも欲しいし、身体を洗う垢すりタオルも必要。風呂に入った後掃除をする為の洗剤や掃除道具も必要になってくる。


 こう考えると、風呂場一つとっても足りないものがワンサカ出てくる。


「ホント、新生活を始めるって物入りだよな…」


 そう独り言をこぼす。


 そうして必要な物を一通り揃えた時には、ホームセンターの大きなカートが山盛りになっていた。


「6万5380円になります」


 レジで会計した時に、カローラが皿の様に目を見開いて更に驚く。


「これだけの物を買って、一般人の一か月手取りに満たないなんて… この世界…恐ろしい子…」


 会計を済ませた俺はカートに荷物を載せたまま店の外に出て駐車場に向かい、そして大きなトラックの陰に隠れる。


「もしかして、この馬車も買ったのですか?」


「いや、ちげーよ、流石にそんな金はねえよ、荷物を収納魔法の中に納めるから人目がつかない場所にきたんだよ」


 俺は万引きでもしている様な気持ちで買った荷物を収納魔法の中に突っ込んでいく。


「そう言えば、テレビも買うっていってませんでした? 先程の荷物の中には無かったようですが」


「それは、また別の店で買うんだよ、ほらあそこだ」


 俺は近くにある中古ショップ、ハウス・オフィサーを指差した。



 

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