第450話 住居

 ネットカフェから出た俺とカローラは、ネットカフェの入っていたビルの前に立つ。日が傾いていてビルの日陰になっているのもあるが、日傘も買ってあるので、カローラが日光ですぐさま滅びるような事はない。


 しかし、俺は念には念を入れてある事をテストする。


「カローラ、ちょっと手を出して見ろ」


「なんですか? イチロー兄さま」


 俺はリュックサックから先日ドンキ・バールで買った日焼け止めを取り出し、カローラの手に塗ってみる。


「これ、なんですか?」


「これは日焼け止めのローションなんだけど… ちらっと手を日の光に出して見ろ」


「えぇ… 手が焼けちゃいますよ…」


「焼けるようならすぐに手を引っ込めていいから」


 俺がそう言うと、カローラは日傘の陰から手を恐る恐る出す。


「あれ?」


 カローラは目を丸くする。


「どうだ? カローラ、日の光は?」


「はい、ピリピリしますが焼けるほどではないですね…なんですかっ!? これ! これの強力な物があれば、私、伝説のヴァンパイア、デイウォーカーになれますよっ!」


 カローラは鼻息を荒くする。


「うーん、もっと強力な物ね… とりあえず適当に買ったものだから、今度ネットで調べてもっと強力なものを調べて見るか…」


 そんな話をして、俺達はスマホのナビを見ながら目的地の新居へと歩いて向かう。その途中、初めて都会に出てきた田舎者の様にカローラが何にでもキョロキョロと見渡していたが、そんなカローラに現代日本の街並みや交通ルールなどを教えながら歩き続ける。


「ここが…目的地の物件かな?」


 俺はスマホのナビから顔を上げ、建物を見る。うん、下調べの時にゲーゲルビューで見た物と同じ建物だ。


「へぇ~ ここがイチロー兄さまが借りた建物なんですね… しかし、少し変わった建物ですね…」


 カローラが建物を見上げてそんな感想を漏らす。


「まぁ、賃貸なんてこんなもんだよ」


 そう答えながら自分の部屋の前へと向かう。ちなみに、俺が選んだ部屋の場所は1階の角部屋である。


「ここだな…」


 俺達の部屋を確認すると、俺はカードキーを取り出して、扉を開錠した。


「イチロー兄さまの部屋はそこなんですね…で、私の部屋はどれなんですか?」


 カローラが他の部屋の扉をキョロキョロと見渡しながら聞いてくる。


「いや、俺と一緒の部屋だぞ」


「えっ? こんなに部屋があるのに一緒の部屋なんですか? 他の部屋は倉庫か何かですか?」


 どうもカローラはとんでもない勘違いをしているようだ。


「カローラ…言っておくが、俺達はこの建物を全部を借りたんじゃないぞ? この部屋一室だけだぞ…」


「えぇぇ!?」


 カローラは驚きの声を上げると、扉を開ける俺の前に割って入ってきて、部屋の中を確認する。


「ちょっとなんですかっ! この狭い部屋はっ!! 城の独房の方がまだ広いですよっ!!!」


「…いや、確かにそうなんだけど…ここ現代日本は国土が小さくて、こんな一般人はこれぐらいの部屋が…その普通なんだよ…」


「ここの国の人間は全員独房暮らし何ですか… それ、なんてディストピアなんですか…」


 以前はあのカローラ城で一人暮らしをしていたカローラからすると、いくら最新設備を完備していても独房にしか思えないよな…


「まぁ…ヴァンパイアでも棺桶で寝起きする奴もいるだろ? そんな感じだよ」


「いや棺桶を使うのは寝る時だけで、寝る所と住む所は別問題ですよっ!… まぁ…仕方がありませんね… 今の私たちは逃亡者と同じようなものですから、雨風日光が防げるだけでもマシとしますか…」


 カローラは溜息をついて納得する。


「そう言う事だ… それと部屋に上がる時は靴を脱げよ」


「靴脱ぐんですか? ホント、色々と面倒ですね…」


 とりあえず、狭い玄関で靴を抜いて奥へと進んでいく。玄関からすぐにトイレがあり、少し進むと簡易キッチンとその奥にお風呂場がある。そして、一番奥が部屋となる。


「ここが居間だ」


「ホント狭いですね…って言うか… カーテンもありませんし、部屋が小さいので部屋の隅々まで日光が当たりまくりじゃないですか~」


 カローラは室内だというのに日傘を開く。


「…普通の人間ならそれは日当たりが良いって事でプラス評価になるだが… ヴァンパイアだとマイナス評価になるんだな… ってしかし、いくらなんでもカーテン無しは流石に辛いな…」


「そうですね…遮光性の高いカーテンが無いと…私にとっては独房の方がマシな場所になりますね… あれ? 部屋の中に梯子がありますね…これはなんですか?」


 カローラが居間の扉の横に梯子を見付ける。


「あぁ、これはロフトと言って、いつも使っていた馬車についていた寝台スペースみたいなもんだよ」


 俺はカローラの脇を掴んで高い高いをしてロフトを見せてやる。


「おぉ~ 確かに馬車の寝台みたいですね… ここなら日の光も差し込んでこないので私にうってつけの場所ですね」


「うってつけって言ってもずっとそこにいる訳にもいかんだろ… トイレ行きたくなってもカーテンが無ければ降りられんぞ… そこで用を足すつもりか?」


「いくら見た目が小さくなっているからって、そんな事までしませんよっ!」


 カローラが頬を膨らませて声を上げる。


「だよな…だから早急…っていうか、今日中に遮光カーテンとか、もっと効く日焼け止めとか、それと…掃除機も必要だし… 床に敷くラグとかも欲しいな…」


「それと折角ベルクフェルドさんから貰ったゲーム機があるんですから、テレビ?でしたっけ、それも欲しいですね」


 そう言ってゲーム機が入った袋を掲げて見せる。


「おいおい、随分と要求し始めるな…まぁ、お金は何とかなったし、俺もパソコン欲しいから電気屋? いや、中古ショップでも行って探すか…」


「それとベッドはどうするんですか? こんな独房みたいな部屋にベッドを二つもおけるんですか?」


 カローラが部屋の中を見渡す。とてもじゃないがベッドを二つも置ける広さではない。


「こんな部屋にベッドなんて置けるかよ、布団だ布団」


「えぇ~ 家の中なのにあんな寝袋みたいなものを使うんですか?」


 俺がネカフェでリクライニングチェアーの上から使っていたのを見ていたようだ。


「ここ現代日本ではそれが一般的なんだよ…」


「なんだかそればっかりですね… 本当なんですか?」


 カローラが疑いの目を向けてくる。


「仕方ないだろ? とりあえず住み家を確保することが先決だったんだから… 広い部屋でベッドのある生活をするのは余裕が出来てからだ、余裕」


「…そうですね…今は逃亡生活みたいなものでしたね… だから我慢しないといけませんね…」


 カローラは見た目は子供でも、やはり中身は大人な所があるので、今の現状を納得する。


「じゃあ、店が開いているうちに足りないものを買出しに行くか…」


「そうですね、寝床と言う意味ではまだ完成してませんからね」


 こうして、俺たちは再び買い物に出かける事になった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る