第449話 ネカフェからの旅立ち
計画が全て、順調に事が運び上機嫌な俺は鼻歌交じりに、カローラの為に買った日傘をくるくると回しながら、道を歩く。
「9時前にネカフェを出て今は11時を少し回った所か… なんとか2時間程で予定通り回れたな」
俺はネカフェのビルの前に辿り着くと、浮かれた普段の俺の状態から、梅江さんの前に見せた好青年を装う。
「只今戻りました!」
俺はそう言いながら、店の扉を潜る。すると、受付カウンターのところでスマホを見つめてハラハラと動揺している梅江さんが、俺の顔を見るなり、パッと顔を開く。
「まぁ!まぁ! ちゃんと帰って来たわね! 遅いから連絡しようと考えていたのよ! もう、心配してたのよ!」
「ご心配をおかけしてもう分けございません」
駆け寄ってくる梅江さんに俺は素直に頭を下げる。
「それで住むところはちゃんと確保できたの? もし、ダメだったら、お姉さんの所へ来てもいいのよ?」
サラリと恐ろしい事を言ってくる。
「はい、お陰様でちゃんと住むところは確保出来ました」
「まぁ、そうなの? お金とは大丈夫だったの?」
「祖父が渡してくれたものを換金して、なんとか用意することが出来ました」
俺は装飾品を持つように忠告してくれたマグナブリルの顔を思い出しながら答える。
「そう、それはよかったわね」
その言葉とは逆に梅江さんの表情は残念そうである… まぁ、立場が違って、美少女がそんな事を言って来たなら、俺も家に来いと言っていただろうな…
「それで、妹は大人しくしてましたか?」
「…ちょっとそれがね…」
俺がカローラの事を尋ねると、梅江さんは少し苦笑いの様な表情を浮かべる。
カローラの奴、何かやらかしたのか?
すると店内から声が響く。
「やったぁぁ!!! やっと一位とれたっ!!!!!!」
「やったね! カローラちゃん! 一位が取れたよ!」
「凄いよ! カローラちゃん!」
「あそこで僕のバナナが躱されるなんてっ!」
カローラの歓喜の声の他に聞き覚えの無い幾つもの声が聞こえる。
「ん? なんだ?」
俺は受付の所から身を乗り出して、声のする店内を覗いて確かめる。すると、カローラを中心に物凄い数の人だかりが…しかもその人だかりは、何て言ったらいいか…大きなお友達集団…一言で言えば様々なタイプのオタク達である。
そして大きなテレビを前にカローラが中央に座って、そのカローラをオタサーの姫のようにオタクたちが取り囲んでいる状況である。
「えっ… これ… どうなってんの?…」
俺は少し困惑しながらカローラに近づき声を掛ける。
「あっ! イチロー兄さま、お帰りなさいませ!」
俺の声に気付いたカローラは上機嫌の笑顔で振り返る。それと同時に周りのオタクたちも一斉に俺を振り返る。…ちょっと、キモイというか…怖い…
「えっと… この人たちは…誰?」
「誰だとはなんだ! 俺はカローラ親衛隊シュワルツランツェンレイター筆頭の高木悟! 魂の名は栄光のグローサーバウムだ!」
長髪のオタクがそう声をあげる。
ちょっと、突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込んで良い物か困惑する…
「僕は親衛隊次席… 石田満こと沈黙のシュタインエーベネだ…」
カローラの様に色白でガリガリの眼鏡オタクが眼鏡をカチャリと鳴らす。
「吾輩は第三席! 佐藤勝! 人は皆、常勝のツッカージークと呼ぶ!」
その後もオタクたちは次々と痛々しい名乗りを上げていく… よくもまぁ…別方向でここまでの逸材が勢ぞろいしたものである…
「我らは名乗りを上げた! お前こそ何者なのだ!」
オタクたちは敵でも見るような目でキッと俺を睨む。
「お、俺は…そこにいるカローラの実兄のイチローというもの何だが…」
俺がそう名乗ると、オタクたちはえっ!?と驚いた顔をした後、カローラに確認するように向き直る。
「えぇ、そうですよ。私の血の繋がった兄です」
カローラは笑顔で答える。まぁ、確かにお互いの血を交換しているから、血が繋がっていると言えるな… そのカローラの言葉にオタクたちは目を丸くした後、ニャァと微笑みながら、俺に向き直る。
「なんだぁ~ カローラちゃんの兄上だったんですか… イチロー義兄さん」
「それならそうと、始めからいって下さいよ、イチロー義兄さん」
「私は最初からカローラちゃんの兄上だと分かってましたよ、イチロー義兄さん」
どいつもこいつも揃いも揃って義兄さん義兄さんと… 俺に義兄さんと呼ばれたカミラル王子の気持ちがようやくわかったよ… 兎に角気持ち悪い…
「…なんで、この人たちはカローラの周りにいるんだよ…で、何をやってたんだ?」
「それはですね…イチロー義兄さん…」
店員のごろーがキリっとした顔で話しかけてくる。
「これはイチロー義兄さんがいない間に、カローラちゃんを守れるように、カローラ親衛隊シュワルツランツェンレイター騎士団長として騎士団の配下を招集したのですよ… どうですか? イチロー義兄さん」
「いや、どうですかって言われても…よくもまぁ…これだけの逸材を揃えることができたな…」
「そうでしょ? 僕…いや私の自慢の部下たちですよ…」
どうやら、俺の皮肉も通じ無い様だ…
「で、そんな輩を集めて何をやっていたんだ?」
「お兄さま方とゲーム大会をしていたんですよ」
カローラがコントローラーを掲げて答える。
「ゲーム大会?」
モニターを見てみると、配管工カートのゲーム画面が映し出されていた。どうやらステッキを持ち込んで皆でゲームをしていた様だな…
「そうですよっ! それで一位をとったので、お兄さま方がご褒美にこんな物をくれたんですよ!! なんでもこのカードで買い物ができるそうですね」
そういってカローラはジャングルギフトカードの束を広げて見せる。
「お、おぅ…そうか良かったな…カローラ…」
元の世界ではメイド達、この現代日本ではオタクたちと…へんにカリスマ性があるな…
「ところで、イチロー兄さまの用事はどうだったんですか?」
「あぁ、ちゃんと住むところが見つかったぞ、これでもう路頭に迷わずに済む」
そう言ってカードキーを見せる。
「本当ですか? それでそこではゲームも出来るんですか?」
「うーん…ゲームはすぐに出来ないけど、インターネットは使いたい放題だな。とりあえず、ここを出て新しい住居に向かうぞ」
とりあえず、落ち着いたらパソコンも買わないとな…
「では、皆さんともお別れですね…」
そう言いながらカローラが立ち上がる。
「えっ!?」
「なん…だと…」
「そ、そんな!!」
親衛隊のオタクたちが驚愕の声を上げる。
「もう…カローラちゃんと会う事が出来ないのか… 俺達のハートを鷲掴みにして奪われたというのに… そんなの辛い…辛すぎるよ…」
「カローラちゃんは大変な物を盗んでいきました…それは私の心です!」
そう言って皆、カローラの別れに涙を流し始める。
「みなさん、私と遊んでくれてありがとうございました。皆さんとゲームを一緒にしたのは楽しかったです」
カローラは親衛隊たちに頭を下げる。
「…楽しかったですって…俺たちの大切な時間を… そんな過去形で終わらすことはできないっ!!」
親衛隊の一人がそう言うと、先程まで遊んでいたゲームを取り外すとカローラに差し出す。
「えっ!?」
ゲーム機のステッキを差し出されたカローラは目を丸くする。
「カローラちゃんにこれをあげる!!! カローラちゃんの登録データも残っているから、再びネットで会う事が出来る!!」
「でも…これって高い物じゃないんですか?」
現代日本の事を知らないカローラでも、ステッキを差し出す親衛隊の様子から、それが高価な物だと分かったようだ。
「カローラちゃんとの出会いはお金には変えられない!!!」
強い覚悟の親衛隊にカローラは、俺の方を向いて無言でどうするべきか見つめてくる。
「…カローラ…受け取ってやれ… 男の覚悟を無下にしてやるな…」
俺の言葉にカローラは親衛隊に向き直り、にこっと笑顔を作り、差し出されたゲーム機を受け取る。
「ありがとうございます、第4席 進撃のベルクフェルド山田さん、私、このゲーム機を大切にします!!」
「カ、カローラちゃん!! 俺の名前を覚えてくれていたんだ!!! 俺…今までの人生でこんなに嬉しい事はないよ!!」
そう言ってゲーム機を渡した山田は男泣きを始める。
カローラが親衛隊たちと別れを惜しんでいる間、俺は梅江さんの所に別れの挨拶へ向かう。
「梅江さんも本当に有難うございました。梅江さんと出会えたお陰で、私たち兄妹は住むところを得る事が出来ただけではなく、妹にもあんなに一杯の友人が出来ました」
「住むところが出来たとしても… また私に会いに…いえ…ここへ遊びに来てね… 貴方たちのお陰で、ここ最近では一番の大賑わいになったわ… 貴方たちは私だけではなく、この店にとっても幸運の兄妹なのよ」
梅江さんは瞳に涙を浮かべる。俺はそんな梅江さんにすっと手を差し伸べる。
「分かりました…新居での生活が落ち着いたらまた遊びにきますよ。梅江さん…」
梅江さんは別れに涙ぐむ顔を無理矢理笑顔に作り変えて、俺の差し出した手を握り返す。
「えぇ…また…絶対に遊びに来てね…ごろーちゃんと一緒に待ってるわよ…」
こうして、俺とカローラは、梅江さん、ごろー、親衛隊に見送られながらネットカフェを後にしたのであった。
※親衛隊に成りたい方は魂の名前を決めておいて下さいw
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
pixiv http://pixiv.net/users/12917968
『悪霊令嬢』が第11回ネット小説大賞を一次選考通過しました。
よろしければ、私の作品一覧からご覧ください。
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