第446話 カローラはお留守番

 ビー! ビー! ビー!


 起床時間を設定しておいたスマホがアラームを鳴らす。ソファーに身体を埋めるように眠っていた俺は状態を起こしてアラームを止めて、伸びをする。


「あ~ 良く寝たぁ~」


 ソファーで眠った割にはぐっすりと眠れている。きっと突然の事で神経が疲れていて深い眠りに着いていたのであろう。


 俺はふわぁ~と大きな欠伸をした後、カローラの姿を探す。



「やったぁぁぁぁ!!! クリアしたぁぁ~!!!!」


 カローラの歓喜の声が響く。


「頑張ったねっ! カローラちゃん! よくやったよっ! これは頑張ったカローラちゃんに、このゴローお兄様からご褒美のソフトクリームだよ」


「わーい! ソフトクリーム~! カローラ、ソフトクリーム大好きっ!」


 カローラは店員からソフトクリームを受け取り、満面の笑みで喜ぶ。


「…カローラ…お前…一晩中ゲームをしていたのか?」


「あっ! イチロー兄さま、起きられたんですね?」


 カローラはソフトクリームを舐めながら言ってくる。


「あぁ…それでこれから朝食にしようと思うがカローラはどうする?」


 俺は眠気眼を擦りながらカローラの元へ近づいて尋ねる。


「私は今、ごろー兄さまが下さったソフトクリームを食べているので大丈夫です」


「そうです、貴方が眠っている間に、この僕が…この僕が!カローラちゃんにちゃんと食べさせていたので大丈夫ですよ!(キリッ)」


 そう言って店員は俺にドヤ顔をしてくる。カローラが使っているテーブルの上を見てみると、カローラがいま食べているソフトクリーム以外に色々な物を与えていたようだな…


「じゃあ、俺一人だけ食べて来るぞ」


 俺はカローラに言い残すと食べ物を注文するために受付カウンターへと向かう。すると、昨日受付をしてくれたおばさんが、椅子に座ってうつらうつらとしていた。


「えっと、梅江さん、ちょっといいですか?」


 俺が声を掛けると、おばさんはハッと目を覚ましてこちらを見る。


「まぁ! 私の名前を覚えてくれていたのね♪」


 おばさんは恋する乙女の顔をして喜ぶ… しかも、昨日はほぼすっぴんだったのになんだか化粧まで施している。


「えぇ、まぁ…私たちの恩人の方の名前を覚えないなんて不義理な事は出来ませんよ」


「まぁまぁ! 嬉しいわ! しかし、かなり疲れて眠れるネカフェの美青年のように眠っていたようだけどもう起きたのね」


 ちょっと待て…このおばさん、俺の寝顔を見に来ていたのか? 寝ている間にキスとかされてねぇだろうな…


「ところで梅江さんにお願いがあるんですが…よろしいでしょうか?」


「なんなの? お姉さんに言ってごらんなさい…」


 何か変に期待するような目で俺を見る… 世話になっているのにこんな言い方をするのは失礼だが、ビアンに見つめられている様な気分である。


「私はこれから私たち兄妹が暮らしていくために、不動産屋や銀行を回るつもりです。しかしながら…」


 俺はそこまで言って、ゲームをしているカローラを振り返る。


「妹はあのように色々な意味で目立つ子供です… 不用意に連れ回せば、折角連れ出したのに父に見つかるやもしれません…」


「そうね…妹さん、物凄く可愛いし、その何て言うのかしら…アルビノ…だっけ? 色白で目も赤いから目立つわね…」


 カローラの特徴をそう言った誤解で受け止めてくれている。実際にこの世界のヴァンパイアもアルビノの方がそんな誤解を受けていたんだろうな…気の毒な話だ。


「えぇ…なので、私、一人で手続きに回るので…その間、一、二時間ほど、妹をここで預かっていて貰えないでしょうか…」


「妹さんを?」


 おばさんは少し目を丸くする。これはもっと信用できる言葉を掛けないとダメだな…


「もし何かあった時に備えて、私の携帯の連絡先も伝えますからお願いできますか?」


 そう言って俺はスマホを取り出す。ちゃんと連絡が取れるようにしておけば信用してもらえるだろう。


「ちょっとまって!」


 目を丸くしたおばさんはそう告げると、スタッフルームに駆け出し、自分のスマホを持って帰ってくる。


「では、貴方の番号を教えてもらえるかしら?」


 おばさんは鼻息を荒くしながらスマホを構える。…なんで店の電話じゃなくて、自分のスマホを持ってくるんだよ… こえーよ…


 とりあえず、おばさんに俺の番号を教え、一度通話をして繋がる事を確認してもらう。俺の携帯番号を手にいればおばさんは、ニチャリと笑いながらスマホを眺めていた… マジでこえぇ… いきなり『身体が火照って眠れないの…』とか掛かってきたらどうしよう…


 とりあえずは、おばさんの電話より、今は腹のことだ。


「では、外に出かける前に何か朝食を摂ろうと思うのですが、カップラーメンかなにかありますか?」


「カップラーメンはあるけど、そんなのじゃだめよ! 今日は大事な手続きがあるんでしょ? ちゃんとしたものを食べないとダメよ! いいわ、お姉さんがちゃんとした料理を作ってあげるわ!」


 そういっておばさんはカウンターの奥にある簡易キッチンで料理を始める。


「なにからなにまで、すみません…」


「いいのよ、乗りかかった船だし、困っている人を助けないなんて良心に響くわ」


 女っ気さえださなければ、普通にいい人なんだよな…


「はい!出来たわ! 冷凍の唐揚げをチンして、チャーハンをフライパンで炒めただけだけど、カップラーメンなんかより、栄養があるはずよ」


「ありがとうございます! 凄い美味しそうです! それでいくら支払えばよいですか?」


「別に構わないわよ、私の賄いって事にしておくから」


 ここで支払う、支払わなくていいとかの押し問答をしている時間は無いので素直に好意を受け取る事にする。


「ありがとうございます! 梅枝さん」


「うふふ…梅枝って呼び捨てでもいいのよ?」


 これさえなければ、ホントいい人なんだがなぁ…


 そんな事を考えながら、梅枝さんが作ってくれた唐揚げとチャーハンをモリモリ食う。流石に冷凍ものなので味はカズオが作ったものの方が美味い。


 食事を食べ終わり、食器を返して梅江さんに礼を告げた後、外出の身支度を整えて俺はカローラの元へと向かう。


「カローラちゃん、次はこのゲームをやってみようか?」


「どんなゲームなんですか?」


「おい、カローラ、ちょっといいか?」


 カローラと店員が別のゲームをしようとしている時に話しかける。


「なんですか? イチロー兄さま」


「俺はこれから住むところやお金を預ける銀行やらの契約に行ってくる、カローラはその間ここで待っててもらえないか?」


「私はゲームで遊んでいられるので、それは別に構いませんが…」


 カローラの承諾を得たので俺は店員に向き直る。


「店員さん」


「な、なんですか?」


 俺が改まった態度で声を掛けるので、少し動揺する。


「私はこれから住むところの契約やその他いろいろな所を回らなくてはなりません、しかし、妹はこの通り目立つ子供なので、連れて回る訳には行きません。だから、私が外に出ている間、妹の事を見守っていてはくれませんか?」


「えっ!? この僕が?」


 一晩中カローラに纏わりついていた事に文句を言われると思っていた店員は、逆にカローラの子守をお願いされて目を丸くする。


「はい、お願いします」


 俺は店員に頭を下げる。


「ふっ… そこまでされるのであれば… 分かりました! この紳士でナイトなこの僕が、カローラ嬢を全身全霊でお守りいたしましょう…(キリッ)」


 どうやらその気になってくれたようである。



 





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