第444話 ネットカフェ

 俺達はスマホのナビに従い30分程歩き続けて目的地に到着する。すぐ近くのビルを見てみると、寂れた汚いビルの二階に目的の店舗があるようだ。


「俺が転移した時でもネットが普及してきたからな… 需要が無くなって寂れてくるのは当然か…」


 俺はビルの店舗を見てそう呟く。


「イチロー兄さま、ここが今日の宿…なんですか?」


「ん? 宿というよりかは…居場所だな… 入って見れば分かる…さっきの設定を忘れるなよ?」


「分かりました、イチロー兄さま」


 俺はカローラの手を引いて階段を登り、目的の店舗、ネカフェの扉を開く。すると受付カウンターの所にふくよかなおばさんが受付をしており、すぐさま俺達の姿に気が付いて声を掛けてくる。


「いらっしゃいませ、申し訳ございませんが、当店は条例により10時以降の…」


「お姉さん…」


 俺は憂いのあるキラキライケメンフェイスを装い、おばさんを『お姉さん』と呼んで、おばさんの言葉を遮る。


「えっ!? ちょっとなにっ?」


 自分でもおばさんである事を自覚しているのか、憂いのあるキラキライケメンフェイスの俺に『お姉さん』呼ばわりされたことに、頬を染めながら驚き動揺する。


「少し…困ったことがあるのですが… 私の話を聞いて貰えますか…お姉さん…」


 俺はさらに畳みかけるようにキラキラ度を増して、悩み事のある青年を装いおばさんに話しかける。


「………どうしたの… 言ってごらんなさい…」


 よっしゃぁぁぁ!!! 乗って来たぞ!!


「実は…私たち兄妹は両親の離婚により、それぞれの親に引き取られて離れ離れに暮らしていました…」


「…そうなの…?」


 おばさんは、俺の話を真剣に聞き始める。


「はい…だが、父に引き取られた妹はどうやらネグレクトを受けていたらしく、学校どころか外へも出してもらえず、ずっと家の中に閉じ込められていました…」


「まぁ…酷い…あんな小さな子を…」


 俺の話におばさんは眉を顰める。


「私も高校を出た後は幾つもバイトを掛け持っていましたが母から搾取されていました… しかし、私が二十歳になった事で、法的に保護者の必要が無くなり、自立できるようになったので、こっそりと溜め込んだお金で、こうして妹を助け出しに来たのです…」


「可哀相に…大変だったのね…」


 おばさんは俺の作り話に同情して涙ぐみ始める。


「父が飲みに行っている間に妹を連れ出したのは良いのですが、生憎ホテルに泊まるだけの余裕はなく、こうしてネットカフェにやってきたのです… 本来であればこんな時間に子供を店内に入れる事は許されないですが… どうぞお目こぼしを頂けないでしょうか… ちゃんとお金は払います」


 そう言って神に懇願するような顔をしておばさんの手を握り締める。


 すると、おばさんは少女漫画の恋する乙女みたいな顔で紅潮し始める。


「まぁ! こんな美青年が私に助けを求めて来るなんて…… いいわ、お姉さんが貴方たちを救ってあげるわ!!」


 まるで攻略対象に頼られる乙女ゲーのヒロインの様な顔をしておばさんは俺の要望を受け入れる。


 だが、そこへもう一人の店員が現れる。


「梅江さーん、ドリンクサーバーの補充終わりましたよ~ って、こんな時間に子供がきているじゃないですかっ!」


 いかにもチーズ牛丼を頼みそうな青年がやって来て声を上げる。


「ちょっと、ごろーちゃん!」


 おばさんはごろーちゃんと呼ばれた青年を捕まえると俺達に背を向けてひそひそ話をし始める。



(あの子たち、毒親から逃げ出してきたそうなのよ…)


(それ…本当なんですか?)


(本当よ! あの目が嘘を言ってるように見えるのっ!)


(いや、そんなの分かんないっすよ…)


(それにあんなに小さな子をこんな時間に叩き出すというの!? 見てみなさいよ! 今まで外に出してもらえず、あんなに色白なのよ…)



  二人は俺達に聞こえないようにひそひそ話をしているつもりだが、俺にもカローラにも丸聞こえだ。そこで、カローラの話題が出て、ごろーがカローラの姿を確認しようとした時に俺はカローラに合図を送る。



「お兄さん…わたし…怖い父さんの所に引き戻されてしまうの… 助けてくれないの?…」



 なんだかんだ言って超特級美少女のカローラである。そんなカローラから潤んだ瞳でお願いされて断る男なんていないであろう。ごろーはそんなカローラの姿を見てポッと頬を染める。



「ふっ…仕方がありませんね… この紳士な僕が彼女を守るナイトとなって、彼女を救って進ぜましょう…」



 ゴローが掛けなおす必要もないのにカチャリと眼鏡を掛けなおして気障っぽく答える。


 …おまえ、さっきまでそんなキャラじゃ無かっただろ…ってかお前の中でそれがカッコいい振舞いなのか?



「そういうわけで、私たちが貴方たち二人を匿ってあげるわ!」


「ありがとうございますっ! お姉さん!!」


「お兄さん!! ありがとうっ!!」


 俺とカローラはそれぞれおばさん、青年に感謝の言葉を告げる。


「では受付の記入と料金の支払いを致しますね、二人ともナイトパック12時間で4000円ですよね?」


「別にいいわよ、今の時間は私たち二人しか店にいないのだから」


「それはいけません! それではお姉さんにご迷惑をお掛けしてしまいます!」


 そう言って、再びキラキライケメンフェイスでおばさんを見つめる。


「うん、お兄さんにご迷惑はかけられない」


 カローラもキラキラ美少女フェイスでコローを見つめる。


「まぁ…なんていい子たちなの…分かったわ! 後から誰かに貴方たち二人の事を聞かれても絶対に話さないから安心して!」


「うんうん、僕が君の事を守り通すよ…ナイトの誇りにかけて…」


 どうやら二人とも完全に俺達に丸め込まれた様だ… これなら怪しまれずにいる事が出来るだろう…


「こちらが僕の身分証代わりの運転免許証です」


 俺は幻惑魔法を施した運転免許証をおばさんに渡す。


「あら…貴方、写真でもハンサムに写っているのね… はい、身分証の確認は終わったわ」


 おばさんはコピーを取らずにそのまま免許証を返してくれる。きっと、後から誰か来てもコピーを取り忘れたといって誤魔化してくれるつもりなのであろう。


「これで手続きは終わりですか?」


「えぇ、終わりよ、では後はうちの店を楽しんでいってね」


 こうして俺達二人は追い出されたり怪しまれたりすることなく、ネットカフェの入店を果たしたのであった。








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