第441話 現代日本でのお買い物

「ここが…目的の店なんですか?」


 俺に抱きかかえられたカローラが驚愕と憧憬の念で目を輝かせながら尋ねてくる。


「あぁ、ここが目的の店だ。とりあえず中に入るぞ」


 そう言って俺は扉を潜り店内に足を進める。店内に入ると同時に、軽快な音楽と共に異世界とは比べ物にならない明るさの照明と、天井近くまで所狭しと並べられている色々な品物が見える。



 ドン♪ ドン♪ ドン♪ 鈍器~♪ 鈍器~バール~♪ 何でもできちゃう素敵な道具~♪



 …異世界に行ってて現代日本は久しぶりであるが…ここの曲…こんな物騒な曲だったか?


「イチロー様! イチロー様! なんですかっ!なんですかっ! ここ! 物凄い量の品物ですよっ!」


 カローラが初めて遊園地に来た子供の様に鼻息を荒くして興奮する。


「あぁ、凄いだろ? ここは現地人でも驚く品ぞろえだからな」


「あれ! あれなんですかっ! あっちの物も私、凄く気になります!」


「こらこら、はしゃぐな暴れるな! 今度、改めて連れて来てやるから、今は目的の物を買いに行くぞ!」


 降ろした途端にあちこち走り出しそうなカローラにそう告げる。


「目的の買い物? それって私にも何か買ってもらえるんですか?」


 おもちゃを買ってもらえるような子供の目をして聞いてくる。


「カローラは裸足だからな先ずはお前の靴と、それと俺もお前もいつまでのこんな服着ていられないから、ちゃんとした服を買いそろえて、それとパンツを買わないとな…」


「えっ? 奪ってまで服を手に入れたのにすぐに着替えるんですか?」


「あぁ、あんな奴らの服、気持ち悪くて着てられないだろ?」


「やっぱり、イチロー様って変な所で潔癖症ですね…」


「そうか? 普通だと思うぞ」


 まぁ、異世界では一般人の服は古着が当たり前であったが、現代日本に帰って来た俺は現代日本の感覚を取り戻し始めていた。


「とりあえず、靴と服のコーナーに向かうぞ」


 そう言って、俺は更に店の奥へと足を進める。


「イチロー様! イチロー様! あれ!なんですか?」


「あれはお菓子だよ、ここでは食べ物は全部、袋や箱に入っているんだよ」


「イチロー様! ポーションがあんなに並んでますよっ!」


「いや、あれはただの飲み物だよ」


「イチロー様! あの金属製の家具はなんですか?」


「あれは家電だ。暖房器具だったり、食事をすぐに温めるレンジだったり…ってちょっとカローラ…」


 俺は周りの人の視線に気が付き、小声でカローラに話しかける。


「なんですか?」


 カローラは俺の方を見ずに辺りをキョロキョロと見回しながら答える。


「ちょっと…そのイチロー様っていうのは止めてくれないか?」


「えっ? どうしてです?」


 驚いたような顔をして、ようやくこちらに向き直る。


「こちらの世界では、名前に直に様付けなんて一般的じゃないんだよ…」


 しかも子供から大人の俺に様付けなんて、目立ちすぎる…


「では、なんとお呼びすればいいんですか?」


「うーん…そうだな…」


 さんとかちゃんでもいいような気もするが、それだと俺達二人の関係性が分からないから、児ポ法を疑われる危険性がある… では父親と子供の設定で呼び名を考えるかというと、俺とカローラでは年齢差が無さすぎる、何歳で作った子供なんだよって事になるな… という事は、兄と妹という設定の呼び名でいくか…


「俺とお前は兄妹という設定で行こう」


「私とイチロー様が兄妹? という事はイチロー兄さまとお呼びすればいいんですか?」


 イチロー兄さまか… 兄さま呼びもあまり一般的ではないけど、黙って座っていれば上品なカローラなら兄さま予備でもおかしくは無いだろう…まぁ、世の中のオタクたちに妬まれそうではあるが…


「じゃあ…そのイチロー兄さまでいいよ」


「では…イチロー兄さま、可愛い妹のカローラの為に、色々買って下さるのですね♪」


「…なんでそんなに切り替えが早いんだよ… まぁ、先ずは靴とか着替えとかが先決だけどな」


 そんなやり取りの後、俺達は靴のコーナーに辿り着く。


「ここの靴って変わったデザインですね…」


 カローラがスニーカーを見て感想を述べる。


「向こうで一般的な皮靴もあるが、子供にはこのスニーカーが一般的だからな」


「でも、ドレスに合いそうに無いですよ?」


「ここではドレスも一般的じゃないんだよ、他の客でもカローラがいつも着ている様なドレスを着ている人間なんていないだろ?」


「確かにそうですね、でも皆軽装ですがシルクっぽい服装してましたよ? ここのお客ってみな貴族なんですか?」


 どうやらカローラには化繊の服がシルクに見えるようだ。


「あれはシルクじゃなくてもっと安価な布なんだよ、だから貴族じゃなくて皆一般庶民だよ」


「そうなんですか、ここの技術は進んでいるんですね」


 カローラが納得すると俺とカローラの靴を選んで次は隣にあった下着のコーナーに向かう。


「イチロー兄さま、ドロワーズがありませんよ?」


「ここではドロワーズも一般的じゃないんだよ」


「へぇ~ そうなんですか、じゃあこれにしましょうかね、レースが凝っていますし」


 そう言って、カローラは大人向けの透け透けランジェリーに手を伸ばそうとする。


「いやいやいや、ここでは子供がそんなパンツを履くのも一般的じゃないんだ、そうだな…子供なら…」


 そう言って俺はキョロキョロと辺りを見回して、子供パンツのコーナーを見付ける。


「これだ! カローラ、お前みたいに小さな子はこんなパンツを履くのが一般的なんだよ」


「えぇ~ でも、それって綿じゃないですか? って! その模様は!!」


 最初は大人用のシルク製のレースの入った下着と比べて、安っぽい感じの子供用パンツに興味がなかったカローラであるが、ある事に気が付いて、手に取って食い入るように見る。


「これ! ポケットクリーチャーに出てきたサンダーマウスじゃないですか!! こっちの世界に伝わってきて人気なんですか!?」


「…いや、それは恐らくポケットクリーチャーはこちらが発祥で、俺みたいに異世界に流された誰かが向こうで流行らせたんだと思うぞ?」


 ノブツナ爺さんみたいに戦国時代から流れてきた転生者だけではなく、ハルヒさんや特別勇者のマサムネたちみたいな奴らもいたからな… 俺が出会ってないだけでもっと多くの人間が異世界に転生して日本文化を広め捲っているのだろう…


「私、これ! これにします!」


 カローラはそう言ってポケットクリーチャーのゲキガンガーの絵柄のパンツを握り締める。


「あぁ、構わんぞ、っていうか、着替えも必要だから、もっと選んでおけ」


「えっ! いいんですか!? じゃあこっちもこっちも!」


 そういってカローラは展示されていた全七種類のパンツを手に取る。俺も自分用のトランクスや俺とカローラの分の靴下を買い物かごの中に放り込む。その時に、ストッキングが目に留まる。


 カローラにどんな服装をさせるか決まってないけど、生足に直射日光が当たらないようにストッキングも履かせておいた方が良いかな?


 そう考えて、ストッキングも幾つか買い物かごの中に放り込む。そしてカローラの日光対策を考えた後、アレも使えるのではないかと思い、後で買っておこうと考えた。


 その後、服のコーナーに向かい、上に着るもの下に履く物を選んでいく。カローラはまたドレスは無いのかと言って来たが、そんなものは無いと伝え、適当に子供服を選んでいく。その時に、下に履かせるものをどうするかと考えたが、当然、足首近くまであるスカートなんてものはなく、子供用のものは膝上ぐらいのスカートばかりである。なので、大人しく長ズボンを選ぶことになった。


 その選んでいる最中に俺はカローラにおあつらえ向きの物を見付ける。



「カローラ、これなんかお前に似合うんじゃないか?」


「あっ! それポケットクリーチャーのゲキガンガーの上着じゃないですか! そんなのまであるんですねっ!」


 そう言って鼻息を荒くする。


「しかも頭にフードを被れるようになっているから、日光対策にもなるぞ」


「まるで私の為に作られたような商品ですね! 欲しいです!!」


「じゃあ、これも買っておくか!」


 他にもカバンや財布など小物を選んで品定めを終えた後、俺達はレジへと向かう。全部合わせて三万円程掛かった。DQNから巻き上げた金は全部で12万程…残りは9万となる。


 小遣いと考えれば結構あると言えるが、これから異世界に戻る為にどれぐらいの日数がかかるか分からない状況では少ないと言える。これは金を手に入れる事も考えないといかんな…まぁ、当てはあるけど…


「イチロー兄さま、それでこの後どうするんですか?」


 お釣りを財布の中に入れている俺にカローラが尋ねてくる。


「そうだな…とりあえず、トイレで着替えた後…」


 そこまで言いかけた所で、俺の腹がぎゅう~と鳴る。


「…腹減って来たし飯でも行くか」


「私、ここの食べ物がどんなのか楽しみですっ!」


 カローラは笑顔で答えた。


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