第440話 ここってどこなんですか?

 俺は人目に付かないように気を使いながら、カローラを抱えてビルの屋上を飛び移りながら、人気のない公演を見付けてそこに着地する。そして、抱えていたカローラを降ろしてやり、ベンチへと腰を降ろす。


「ふぅ…これだけ離れればいいな… 俺達の事は警察にも他の人にも見られていないようだし…」


「お疲れ様でした、イチロー様」


 そう言ってカローラが俺の隣にチョコンと座る。


「しかし…なんだな…」


 俺はそう言いながら、自分の手のひらを見る。


「さっき、飛翔魔法を使って気が付いたんだが… ここって、空気中のマナが殆どないよな…」


 異世界で普段魔法を使う時は、勿論自分の体内にあるマナを使うのだが、使った分のマナを周りの大気から吸収したり、無意識に周りのマナも使いながら魔法を使っているのだが、ここでは周りのマナからの補助が一切なかった。


 だから、先程の飛翔魔法も空を飛び続けるような使い方ではなく、ジャンプのような使い方しか出来なかったのだ。


「あれ? イチロー様、今頃、気が付いたんですか?」


「えっ!? カローラ、お前はもっと前に気が付いていたのか!?」


 俺はカローラに向き直る。


「はい、私はヴァンパイアですから、普通の人間と違って、霊的要因が大きいんですよ。だからすぐに気がつきましたよ」


「確かにそうだな… お前は魔素で身体を再構築できるんだから、マナには敏感だよな…」


 マナは純粋なエネルギー要素であるが、それを存在の構成要素としたのが魔素である。身体の大半を魔素で構成されたヴァンパイアのカローラならマナに敏感なのも頷ける。


「しかし、困ったな… 普段は無意識に大気中のマナを使って魔法を使っていたから、以前と同じように魔法を使うには訓練が必要だな… かといって訓練して体内のマナを使っても周りのマナから補充出来ないし…」


 俺は再び手のひらを眺める。今の状況は言うなれば、ガソリンスタンドが無い状態で車を使うようなものである。練習如きで軽々と魔法を使う事なんてできない。


「まぁ、私の場合は吸血すればある程度マナを補充することが出来ますから、マナの回復をする事はできますが、イチロー様は厳しそうですよね…」


「そうだな…荒事ならさっきのDQNで分かったように、基礎スペックだけで十分何とかなるが、いざという時に魔法が使えんのは厳しいな…あまり無駄遣いしないようにせんとな…」


 普段から意識しないと無意識に魔法を使ってしまいそうなので、気を付けないといけない…


「ところで、イチロー様」


「なんだ? カローラ」


 再びカローラに向き直ると、カローラは真剣な眼差しで俺を見ていた。


「先程は色々あって聞きそびれていたんですが… ここってどこなんですか?」


「!…」


 俺はカローラの言葉に喉が詰まる。


「そもそも、私たちに何が起きたのですか? 先程の野盗やその後の対応を見ている限り、普段のイチロー様とは違う対応をなさっていたようですし…それもここの状況を分かったような対応でした… イチロー様はここがどこなのかご存じではないのですか?」


 カローラはただ単に真剣に聞いているだけなのだが、未だここの事を敢えて説明していない俺にとっては非難している様に思えた。


 しかし、カローラが普段見せない真剣な表情で尋ねて来ており、また、ここに飛ばされた当初の脅えた表情を思い出すと、ここは俺自身も真面目に応えてやらなければならない。



「そうだな… 先ず、俺達に何が起きたのだが… 理由や原因はまだ何であるが分からないが… 俺達がいた世界から別の世界に飛ばされた… つまり異世界転移ってやつだな」


「あぁ、イチロー様もそうお考えだったんですね… この辺りはホラリスの環境というよりかは、私たちのいた大陸とは全く異なる環境ですからね、特にこんなマナが希薄な所なんて聞いた事が無いですよ」


 カローラは俺の言葉に同意するように小さく頷く。


「それでどこに飛ばされたかと言うとだな… ここは俺が元居た世界…つまりは俺は元はここの住民でカローラ、お前がいた世界に飛ばされた異世界人なんだよ…」


 今まで皆にこの事については問われて無かったし、俺自身も敢えて話していなかった俺が異世界人であることをカローラに告げる。だが、ただそれだけの事であるが、今まで異世界人である事を隠してきたような後ろめたさが俺に少し伸し掛かる。


「へぇ~ そうだったんですか~ 他にもそんな感じの人が多くいましたからイチロー様のそうだったんですね」


 だがカローラは、俺の重大な真実の告白に何でもない様な事の様にサラリと流す。


「それじゃあ、元の世界に帰る事も出来ますよね? イチロー様はこの世界から、私のいた世界に来ることが出来たんですから」


 俺が異世界人だったことをサラリと流してくれたのは良いものの、今度はここからきたんだから帰れるんでしょとサラリ簡単そうに言ってくる。


「…いや…それが俺もどうやってあっちの世界に行ったのか、方法が分からないんだ… 火事で焼け死んだと思ったら、向こうの世界にいたからな…」


「えっ!? じゃあ、帰り方が分からないって言うんですか!? それじゃあこれからどうするんですか!?」


 恐らく、カローラは先程のDQNとのやり取りから俺がここの人間であることを察していて、それで元の場所への帰り方が分かっているものと思っていたのだろう。だが、俺が帰り方が分からないと答えた事で、目を丸くして困惑して驚く。


「俺もどうしていくか悩んでいたんだけど… とりあえず、先程の奴らから、暫く生きていける活動資金を手に入れた… 暫くはその資金をやりくりして状況を見極めながら情報収集するしかないだろうな…」


「えぇぇ~ じゃあ、向こうに置いてきた折角引いたウルトラスーパーレアのカードはどうなるんですか!? 誰かが気を利かせてちゃんと保管しておいてくれるかしら…」


「おまっ… 帰られないかも知れないのにカードの心配かよ…」


「えっ!? そんな重大な状況なんですか!?」


 俺の言葉にカローラは更に目を丸くする。余計な一言を言ったかもしれない…


「最悪の場合だ… 俺が往復できたんだから、何らかの方法はあるはずだ…」


 俺は自分に言い聞かせるように答える。


「…それで、具体的にはこれからどうするんですか?」


「そうだな…」


 俺は改めてカローラの着ている服や自分自身の服を確認して、先程DQNから奪ったスマホを取り出す。


「えっと…パスコードはなんだっけな? イイヨ コイヨ イクイクのどれかだったよな…」


 俺はスマホの画面をポチポチと操作しながらパスコードを入力していく。


「よし! 開いたぞ! これでネットで検索して…」


 俺がスマホを操作していると、カローラが新しいおもちゃを見付けた子供の様に覗き込んでくる。


「なんですか!? それ!! 魔法の道具ですか!?」


「魔法って… いや科学の道具だよ… えっと… 現在地は…ってここ名古屋だったのかよ… で、探している店は…あった!」


「何があったんですか?」


 カローラが、俺とスマホに視線をキョロキョロさせながら聞いてくる。


「ちょっと買い物をする店だよ、なんでも揃っているぞ!」


 俺は明るい笑顔でカローラに答えた。



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