第436話 現代日本

 車の走行音に、人々の喧噪… 遠くから聞こえるピッポーピッポーと奏でる信号機のメロティー…


 俺のいる薄暗い裏道から見える表通りには、夜の街並みを照らす街灯や商店街の看板や店内の照明、ネオンが輝いて見える。


 その表通りをスマホを使いながら歩く若者たちからは、スマホから流れる音楽と、若者たちの話し声が聞こえてくる。


「ねぇねぇ、ネットで話題の新曲聞いた?」


「あぁ、あれでしょ? 若はげオールバックでしょ?」


「そそ! それそれっ! 『強風でオールバックになっているのではない! 私の速度に髪がついてこれないだけだっ!』ってやつ!」


「私の父さんがなんだかあの曲気に入っているのよねぇ~ 私も若ハゲではない! 私の歩みに髪がついてこれないだけだ!って言ってるのよ… どう見ても、ただ単に生え際が後退して若ハゲになっているだけなのにね…」


 学生服姿の女子高生たちが日本語を話しながら談笑している…


 日本語…日本語だ! 街の至る所に見える文字も、人々が話している言葉も、皆日本語だ!


 泡立つような感覚が背筋を駆け上がり、身体全身に鳥肌が立ってくる!!



 突然の事で頭が混乱しているが、今、俺が現代日本の街中にいる事だけは分かる。


 もしかして俺は、部屋でヘッドマウントディスプレイを付けている時に火事で焼け死んだと思っていたが、実は火事から逃げ延びて気を失って、その間に異世界転生をした夢か妄想を見ていただけなのか!?


 目、耳、肌、匂い、その他外界の刺激を受け取る俺の感覚器官が、俺の目の前に広がる現代日本の光景が夢や幻ではなく、リアルな現実であると告げている。


 だが、異世界で過ごした日々も間違いなくリアルな現実として感じていた…


 敵と戦い剣を通して肉を切り裂く感覚や逆に怪我を負った時の痛み… 女たちとの甘い致しの快楽の数々… 獲物を捕まえて自分で調理したものや店で食べた異世界の料理の味… 


 また、ロアンたちの冒険の日々や、領主になった事、子供が何人も生まれた記憶も刻銘にある… シュリやカローラ、ポチにカズオとの旅の日々の事も詳細に思い出せる…


 あれらの感覚や経験、記憶や思い出は全て夢・幻だったとでもいうのか?


 分からない…分からなさすぎる…


 なんだったけな… 何かで聞いた記憶があるが、自分が蝶の夢を見ているのか、蝶が自分の夢を見ているのか… どっちが現実でどっちが夢なのか分らなくなって頭が混乱してくる。


 俺にとってはどちらも現実にしか思えない…ここは現代日本なのに、異世界の仲間がいたり声を掛けて来ても違和感を感じられないだろう…



「イチロー…様…」



 ほら、こんな感じに… もうどっちがどっちなんだよ…



「イチロー様!」


「はっ!」



 俺は強めの呼びかけと共に手を引かれた事で、表通りに呆然と向けていた視線を手を引いて声を上げる方向へと向ける。



「えっ!? あっ? カ…カローラ?」



 そこには黒髪・赤目で色白の少女がいた。



「はい、そうですよ、イチロー様…」


「いや…なんでお前…裸なんだよ… 風呂場なら兎も角外で裸なんで一瞬分からなかったわ…」



 そこには紛れもなく俺の異世界での仲間、ヴァンパイアのカローラがいた。すぐに分からなかったのは、俺が混乱していたのと、薄暗い裏道でカローラがまっぱでちょこんと座っていたのが理由である。



「私も突然、何で裸なのかは分からないですけど、イチロー様も裸じゃないですか…」



 カローラも困惑しながら、長い髪で身体を隠しながら、俺を指差す。



「俺も…はだか?」



 カローラに言われて自分の身体を確認すると、確かに俺もまっぱで、股間には休眠状態のマイSONがぶら~んと垂れさがっているのが見えた。



「いやぁ~ん、まいっちんぐ!」



 俺にはカローラの様に身体を隠せるほどの長い髪はないので、どこぞの漫画の女教師の様なポーズで身体の大事な長いマイSONを隠す。


 その時、視線が一瞬表通りに向いた時、表通りを歩いていた女子高生と目が合う。



「はっ!」



 女子高生が信じられないものを見たような顔をして、呆然と俺を見る。そして、手に持っていたスマホをおもむろに持ち上げ始める。



「ちょ!おまっ! やべっ!!」



 現代日本に戻った事で困惑していた頭と、そんな中、異世界の中もカローラがいた事で、少し安堵して気が緩んでいた心が、冷や水を浴びせられたように一気に冷める。



「どうしたんで…えっ!?」



 何か話しかけようとしていたカローラを荷物でも持つように小脇に抱えると、俺はオリンピックの短距離ランナーの様なフォームで一気に駆け出す。



「ど、ど、ど、どう、どう、どうし、たん、ですか!? イチ、ロー様!!」



 俺のダッシュの揺れに、カローラがラップのようにどもりながら聞いてくる。



「どうでもいいから! 今は逃げんだよっ!」



 そう言って俺は、カローラを小脇に抱えながら暗い裏道を疾走する。途中、道の真ん中に転がるゴミバケツをフィギュアスケート選手の様な華麗なフォームでひらり♪と飛び越える。


 …しかし…あの女子高生…なんなんだよ…外に裸の男がいたら、普通、キャーとか言って悲鳴を上げるのが先だろ… なんで初手で写メ撮ろうとしてんだよ… 危うく俺の全裸姿を全世界に流されるところだったわ…


 俺はそんな事を考えながら、カローラを抱えて髪がオールバックになる速度で疾走し続け、建物裏手で囲まれた空き地に辿り着く。


 とりあえず、ここなら人通りも無さそうだし、人目にもつかないと思われるので一度立ち止まる。


 そして、胸に手を当てて安堵の溜息をつく。その時に少し指先が濡れていたので確認してみると、俺の掻いた汗で指先が濡れていた。


 また、小脇にはもぞもぞと動く、カローラの感触と重さを感じる。



「…やっぱり、ここは現実…現実の現代日本なのか…」



 そう言って、カローラを地面に降ろしてやり、俺は太ももの痛みを確認する。


 オリンピックの100mランナーのフォームで髪がオールバックになる速度で疾走したはいいものの、その度に左右に揺れるマイSONがビタンビタン!と両太ももを激しく打ち据えて、太ももが赤くなっていた。


 自慢の大きさのマイSONであるが、まっぱで全力疾走する時は、ちゃんとパンツを履かないとダメだな… やっぱ、パンツが無いと恥ずかしいし、不便だわ…



「ねぇ…イチロー様…」



 そんな俺にカローラが不安げな顔で声を掛けてくる。



「どうした? カローラ」



 俺は平静を装ってカローラに向き直る。



「一体…私たちに何があったんですか…? そして、ここはどこなんですか?」



 俺はその言葉にすぐに事は出来なかった…


第11回ネット小説大賞に私の作品「悪霊令嬢」が一次選考通過致しました!

https://kakuyomu.jp/works/16816927860277658217


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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