第7章最終回 第434話 承認式…そして…

「昨日の今日にやるって… 教会本部も無茶ぶりするなぁ~ しかも、昨日と同じ朝からなんて忙しなくて仕方が無い!」


 俺は急いで『麗し』の衣装に着替えながら、そうぼやく。


「そう言えば、アシュトレトの奴も参列させないといけないから、出しておかないとな…」


 俺はそう思って、アシュトレトを召喚する。すると、昨日言いつけておいたのに、三列の準備をしているどころか、まだ、布団にくるまって涎を垂らしながら寝ている状態であった。


「こら! アシュトレト! 昨日返送する時に、朝には参列の準備をしておけっていっただろ!」


「ほぇ?」


 アシュトレトは眠気眼を擦りながら起き上がる。


「お前…まさか忘れていたんじゃねぇだろうなっ! ちゃんとバカにつける薬はつかっているのかよ!」


「ちゃ、ちゃんと毎日食べてるわよっ!」


 寝ぐせを付けながら口ごたえしてくる。


「おまっ! バカにつける薬って名前があるだろ! 塗る為の薬なんだよ! なんで食ってんだよ!」


「えっ… でも、これ凄く美味しいわよ… 塗るよりも食べた方が効くんじゃないの?」


 そう言ってアシュトレトはバカにつける薬を取り出して美味そうにぺろりと一口舐める。


「えっ? マジで美味いのか?」


「マスターイチローも試してみる?」


 俺はゴクリと唾を呑む。


「ちょっと…試してみるか…」


 俺も差し出されたバカにつける薬を一口舐めてみる。


 すると、一瞬で濃厚なコクと、濃縮されたような旨味が口の中全体に広がる。


「うぉ! 信じられない!マジでうめぇ! これ、そのまま料理の調味料として使えるぞ!」


「でしょ?」


 アシュトレトがドヤ顔をする。


 このコクは…軟膏の代わりにバターを使っているな… そして、この凄まじい旨味… たしか、プリンクリンはキノコを使っているといってたが、あるキノコのうまみ成分は通常のうまみ成分の10倍以上あると聞いた事がある。もしかして、それがこの旨さを醸し出しているのか…?


「もう一口貰えるか…」


「いいわよ、マスターイチロー」


 これはハッピーターンの粉に匹敵するほどの中毒性のある旨味だ。病みつきになりそうだ。


「イチロー、準備は出来た~」


 次の瞬間、ミリーズがノックもせずに部屋の中に入ってくる。


「あっ」


「あっじゃないわよ、イチロー! まだ式典の準備が出来てないじゃないの! アシュトレトちゃんもまだ寝巻で寝ぐせが付いたままだし… 何をしているのよっ!」


「いや… ちょっと薬の味見をだな…」


「バカな事を言ってないで、早く式典の準備をして頂戴!」


 くっそ~ バカにつける薬のことでバカと言われて怒られてしまった…


 俺は二口目を諦めてしぶしぶ着替えに戻る。


「あぁ~ アシュトレトちゃんの寝ぐせが…今日は一人だから余裕がないのにぃ~」


 ミリーズが焦りながらアシュトレトの身支度を始める。


「ん? 今日はカローラはどうしたんだよ」


「カローラちゃんなら、昨日買い込んだカードパックを開封するのに、自分を育ててくれたカードに感謝するとか言い始めて、感謝のカード開封ってのを始めているのよ…」


「感謝のカード開封って…」


 カローラの奴…『気を整える→拝む→祈る→開封』の一連の流れでカードパックを開けてるのか… お前はどこの会長だよ… 仕舞いにはパン!という開封音が遅れて聞こえるようになるんじゃないだろうな…


 そんな所に新たに他の連中までやってくる。


「ミリーズ、手伝いに来たわよ」


「ネイシュ、手伝う」


「ダーリンの着付けは私が手伝うわね♪」


 アソシエ、ネイシュ、プリンクリンと何かを背負子で背負ったシュリが現れる。


「シュリ…お前、何背負ってんだよ?」


 俺はプリンクリンに着付けを手伝ってもらいながら尋ねる。


「あぁ…これか…これはじゃな…」


 そう言って、シュリは背中に背負っている物を見せるために振り返る。


「ささやき - えいしょう - いのり - ねんじろ!」


 パリッ!


「くぅ… やっぱり、スーパーレアが出ない… 次よ次…」


 シュリの背負子にはカローラが座っており、必死にカードパックを開封している。


「承認式に招待されておるカローラがこの有様じゃからのう… わらわが背負って会場に連れていくことになったのじゃ…」


「お、おぅ…そうか、済まないな…シュリ…」


 しかし、カローラの奴、会長のやり方ではなく、ささやき - えいしょう - いのり - ねんじろ!のどこぞの強欲寺院みたいな開封をしているのか…


「…ダメだわ…やはり、感謝の開封で行かないとダメね…」


 そう言って、カローラは気を整えて拝み始める。…そっちもやってんのか…


「しかし、こんなに急がなくてもマスターの承認式なんですから、主役が来ない事には始まらないから、急がなくても大丈夫じゃないの?」


 ミリーズに髪を解かれているアシュトレトが愚痴をこぼす。


「ダメよ! 300年ぶりの聖剣の勇者が現れたという事での承認式なんだから、歴史に残る承認式なのよ? その歴史書に『勇者は遅れて来て、そのしもべには寝ぐせがあった』って書かれて後世にまで語り継がれたくないでしょ」


「うっ… それは嫌ね… 寿命のあるマスターは兎も角、寿命の無い私は永遠に言われる事になるのね…」


「分かったのなら、今後は寝坊しないことね」


 確かにミリーズのいう通りだ… バカにつける薬なんて味わっている場合じゃなかったな…


 そう言う事で、俺とアシュトレトは速攻で支度を終わらせ、会場である大聖堂へと向かう。


「今日も昨日の関係者用の入口から入るのか?」


 早歩きで前を歩くミリーズに尋ねる。


「いえ、私たち関係者はそうだけど、イチローだけは合図と共に正面入り口から入場してもらう事になっているわ」


「えぇ~ 俺一人で入場するのかよ…」


「なに? イチロー、心細いの? なんなら私が手を握って一緒に入場してあげましょうか?」


 ミリーズが振り返って微笑みかけてくる。


「…いいよ、歴史書に書かれて後世に残るんだろ? 俺が心細くて聖女に手を握ってもらいながら入場したって書かれたくない…」


「なら、一人でも堂々として入場する事ね」


 そうして、皆は関係者入口に向かい、俺は正面玄関へと向かう。


「勇者イチロー様! 来られましたか!」


 正面玄関を警備する教会騎士が声を掛けてくる。


「すまん! 遅れたか?」


「いえ、時間丁度ですよ。到着して直ぐでございますが、入場してください」


 そう言って教会騎士は、大聖堂の大きな扉を押し開いていく。


「新たなる聖剣の勇者! アシヤ・イチロー様! ご入場!!」


 もう一人の教会騎士が高らかに声をあげると、先程の教会騎士が中に進むよう促してくる。


 俺はんんっと咳ばらいして気を取り直したあと、平静を装い、大聖堂の中に足を進める。


 大聖堂の中に進んだ瞬間、外と中の明るさの違いに一瞬、目が眩んだが、改めて大聖堂の中を見ると、昨日の様な神官の大観衆が集まっており、俺の為に祭壇へと続く道を用意していた。


 突然の衆目に晒されて緊張のピークに達した俺であるが、極めて平静とイケメン爽やかフェイスを装いながら、その中央の道を進んで祭壇のある段上へと進む。


 そして、階段を上がって段上へと上がると、昨日の枢機卿メンバーの他に俺の仲間たちの姿も見えた。


 …カローラの奴…こんな所でもカードパック開けているのかよ… 歴史に残るんだからやめてくれよ…



「アシヤ・イチローよ!」



 カローラの事を見ていると、祭壇前の教壇の所からふいに声を掛けられる。



「はい!」



 俺は教壇に向き直り答える。すると昨日のスタインバーガー枢機卿とは違う枢機卿の姿があった。…誰だったっけな?



「これより、聖剣取得の承認式を執り行う! アシヤ・イチローは魔法陣の中央へ!」



 そう指示をされて教壇前を見てみると、大きな魔法陣が描かれていた。えらい大層な儀式をやるんだな…


 俺はゆっくりと魔法陣の中央へ進み出る。そして、魔法陣の中央である事を確認すると立ち止まる。



「アシヤ・イチローよ! 新しき聖剣の勇者として、その姿を皆に見せるのだ!」



 俺は言われた通りに、会場側に向き直る。皆の憧れの眼差しが俺に集中する。そんな中、俺は、昨日ヒルデベルトがいた場所を見る。もちろん、ヒルデベルトがいる訳ではないが、俺は昨日の違和感を思い出す。



 やはり、あの時、ヒルデベルトが声を出さなかったのは何かおかしい…



「それでは、新しき聖剣の勇者の誕生に、皆で感謝の祈りを神に捧げ、祝福を賜る! 皆!神に祈りを!!」


 俺がそんな事を考えていると教壇の枢機卿が声を上げる。すると、皆が一斉に祈り始め、光の粒子が舞い始める。


 なんか凄い儀式魔法が始まるようだ。


 光の粒子が次々と舞いはじめ、そしてゆっくりと俺の方へ飛んでくる。



「おぉ~」



 なんだか、巨大な昆虫の暴走を止めた青い服の人の気持ちになる。


 そして、光の粒子は俺の周りを舞うと次々に魔法陣に吸い込まれて、魔法陣が輝きだす。



「皆の祈りが新しき聖剣の勇者に祝福をもたらすのだ!」



 後ろの教壇から声が響く。


 その時、俺は昨日の違和感についてようやく思い当たる。


 あれは俺が駐屯地に行く際に国境で交わした契約魔法だ!! 


 ヒルデベルトは誰かと契約魔法を交わしていたから声をあげられなかったのだ!


 では、ヒルデベルトは誰に声を掛けようとしていたのか…それは段上の上… すると相手は…



「あっ!!」


 

 その時、聞きなれた声の驚きが響く。俺は何事かと思い、即座に声の向きに視線を向ける。


「イチロー様!!! 出たっ! 出ましたよっ! スーパーレアが!!」


 カローラが一枚のカードを掲げて、喜びのあまり、俺に見せるためにこちらに駆けてくる。


「おい! カローラ! 今は儀式中だぞ!!」


「だって、ようやくスーパーレアが…しかもウルトラスーパーレアが出たんですよ!」


 そう言って、カローラが俺に飛びつく。


 その瞬間、魔法陣が眩い閃光を上げ、視界が白一色に染まる!


 そして、空気が揺らぎ、身体が一瞬浮遊感に囚われた!



………


……




 俺は何が起きたのか、全く分からなかった。


 俺は先程とは全く異なる景色にただ呆然としていた。


 そして、ふと目を上げると、何かの輝きが見える。




 パ…



 パ…


 

 パチンコ…



 それはパの字だけ壊れて点滅するパチンコ店のネオンであった。


 そして、俺の耳には以前よく聞きなれた都会の喧騒と車の走行音が聞こえてくる…



「へっ?」



 俺のいる裏道から表の道をスマホをいじりながら歩く人が見える。



「う、嘘だろ!? 俺…現代に戻ったのか!?」



 俺の声は薄暗い裏道に響いたのであった。



とりあえず、第七章終了です。

しばらく、プロットを練ってから再開します。


それまでに、ちょこちょこキャラ絵を描いていくつもりです。

現在、人気度No.1はクリスです(なんでや!)

アソシエとプリンクリンも描かないと…


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

新作『ニートシルキー ~僕とステラの不思議な生活~』も投稿致しました。

よろしければ、私の作品一覧からご覧ください。

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