第433話 剣の稽古

 ヒュッ! シュッ! ヒュンッ!!


 

 剣が風切り音を上げ空を切り、それと共に俺が流す汗の雫が宙を舞う。


 朝からずっと素振りをしているので、シャツが汗でべしょべしょであるが俺は構わず、剣を振って稽古を続ける。



「旦那ぁ~ 冷えたレモネード持ってきやしたよぉ~ 一休みどうでやすか?」


 レモネードが入ったピッチャーを持ったカズオが声を掛けてくる。


「そうだな…一杯汗を掻いたし一休みするか…」


 俺は聖剣の重量に重さを調整した剣を降ろして、皆とカズオがお茶をしているカフェテリアの様な場所へと向かう。


「すげー汗まで掻いて… キンキンに冷やしたレモネードをどうぞ」


「おっ 済まねぇな、カズオ…  んぐっ…んぐっ…んぐっ…ぷはぁ!! やっぱ汗かいた後のレモネードは最高だなぁ~!!」


 俺はカズオから差し出されたレモネードを一気に飲み干して、椅子に掛けていた手拭いで汗を拭う。


「しかし、旦那が一人で剣の稽古なんて珍しいでやすね… またどうして剣の稽古なんてはじめてたんでやすか?」


「そりゃ、聖剣を使うと今までの剣術ではまったく使い物にならねぇからだよ」


 俺は空になったグラスを差し出してお代わりを強請る。


「そんなに普通の剣と聖剣では違うんでやすか?」


 カズオは俺の差し出したグラスにレモネードを注ぐ。


「あぁ、全く違う…というか、使い方に気を付けないとこちらが危ない。例えて言うなら、魚や獲物を捌く時に骨ごと断つ時ってあるだろ?」


「へい、ありやすね」


「その時って力を込めて包丁を叩きつけると思うが、聖剣を使っていると、紙でも切るように切れて、勢い余ってまな板や自分の体まで切ってしまいそうになるんだよ」


 俺は注がれたレモネードを一口含んでグラスをテーブルに置く。


「あぁ…それは確かに扱い方に気を付けないと怖いでやすね…」


「だろ? 戦いの場合には、もっと気を付けないと勢いをつけすぎて転んだり、敵に隙を見せたり、切り落とした部位がこちらに飛んできたりと非常に危ない状態になる」


 そう言いながら、吹き出てくる汗を再び手拭いで拭う。


「ちょっと! 私をその辺の肉切り包丁と一緒にしないでよ! 由緒正しき聖剣なのよ!」


 先程まで本を読んでいた聖剣が文句を言ってくる。


「分かってるよ…だからお前を使う為の練習をしているんだろ」


 俺は冷えたグラスを額に当てて火照った頭を冷やす。


「旦那、なんで聖剣様ではなく、他の剣で練習しているんでやすか?」


「ん? それは、俺も一から手探りで聖剣を使う剣術を覚えるんじゃなくて、初代聖剣の勇者アルドが使っていた剣術を聖剣に教えてもらいながら練習していたんだよ、その為に先ずは全体を見て貰う為に、聖剣にはここにいて貰って、別の剣を使っていたんだよ」


 しかし、聖剣の扱いは本当に難しいな… 聖剣専用の剣術が固まってしまったら、普通の剣ではまともに戦えないようになってしまう… アルドが魔王を倒して聖剣をすぐ手放したのは、聖剣がストーカー気質だけが問題ではなく、剣術の事もあるかも知れんな…


 俺はレモネードがぬるくなる前に額から離して飲み干す。


「なるほど、そういうことでやしたか… でも、聖剣様は旦那を見ずに本を呼んでおられたようでやすが…」


 そういってカズオはチラリと聖剣を見る。


「私は聖剣なのよ! 本を読みながら、剣の稽古ぐらいみられるわよ! あんまり生意気いってると処すわよ…」


「ひぃっ! 御勘弁を!!」


 カズオは大きな体を小さなトレイを盾にして縮こまる。


「ふぅ…この本は読み終えたわ… 今も昔も恋愛でドロドロしている所は変わってないのね… 貴方たち、他に何か本はないの?」


 読み終えた本をテーブルに置いた聖剣は、同席しているアソシエとネイシュに尋ねる。


「えっと…聖剣様…本が読みたいのであれば…教会の図書館に行ってみれば如何でしょうか…?」


「ネイシュもそう思う」


 伝承の由緒正しき聖剣を前に、アソシエとネイシュは畏まって答える。


「教会の図書館なんかにある本の内容は、300年もいたから教会の人間から全て聞いているわよ、私はね辛気臭い歴史や伝承なんかの教会図書館にある本が読みたいんじゃなくて、教会の図書館にはない、今の世間の話に飢えているのよ、何かないの?」


 昨日の大聖堂の一件の後、聖剣が今の世情を知りたいという事で、カローラの蔵書を読ませていたのだが、眠る事の無い聖剣は昨日渡した分を全て読み切っていたのだ。


「何かと申されましても… 具体的にどの様なものがよろしいのですか?」


「そうね…この『とらみちゃん』と言うのはドロドロしすぎていてあまり好みではなかったわね… 好みでいうとこのハルヒって作者の書いた『初恋、はじめました』が良かったわね」


「それなら、聖剣様、シュリと気が合いそう…」


 ネイシュがポツリと答える。


「特にこの『小さなシュリのものがたり』なんて、はじめてあった時の私とアルド様みたいで、何だか自分の話でも読んでいる様だったわ!」


「それは…シュリに助走をつけて殴られそう…」


「とりあえず、何か見繕っておきますね…」


 再びネイシュがポツリと答え、アソシエが苦笑いをして答える。


 シュリも聖剣も今時の女の子のようにきゃぴきゃぴの性格ではないが、シュリがオカンタイプで、聖剣は…仕事場に昔からいるお局様タイプだからな…同列にはできない


「まぁ、いいわ、何だったら、街に買出しに出かけて書店で直接見て選ぶっていうのも良いわね」


「…それ…俺が金出さなきゃいけないのか…?」


 俺は汗を拭うのを止めて尋ねる。


「もちろんよ! 私は食費が掛からないのだから、それぐらい私の為にお金を使いなさいよっ!」


「20冊近くの本を一晩で読むのに、食費より安い訳ないだろっ! もっと一冊一冊味わって読めよっ!」


 その時、教会本部に事情聴取や捜査協力に出かけていたミリーズとカローラ、アシュトレトが戻ってくる。


「イチロー様、只今かえりました」


「只今です、マスターイチロー…」


「イチロー、今帰ったわよ」


「おぅ、帰ったか、それでどうだった?」


 俺がそう尋ねると、ミリーズとカローラの顔が曇る。


「イチロー様、それがダメでした…」


「カローラちゃんの力をもってしてもダメだったわ」


 二人が申し訳なさそうな顔をする。


「そうか、ヒルデベルトの死体から死霊魔法で情報を聞き出せたらと思っていたがダメだったか…」


「当り前よっ! 魂を残したらまた復活してしまう可能性があるじゃない! 私に切り殺された魔族は魂も消滅するのよっ!」


 魔族人化したヒルデベルトの死体にカローラの死霊魔法を使って情報を聞き出せないか試していたのだが、聖剣が叫んだ通りにその魂までもが消滅させられていて不可能だったようだ。


 しかし、何か引っかかるんだよな… ヒルデベルトがあの薬を飲んで魔族人と化す前に、何か言おうとしてたけど… どうして声に出さなかったんだ?


「うーん…今度情報を聞き出す時は、殺さない程度にしないとダメだな… まぁ、酸を吐かれるから気を付けないといけないけど… とりあえず、二人ともお疲れ」


 二人に労いの言葉を送る。


「イチロー、後、今回の事件の調査が終わった後、聖剣取得の正式を承認式を執り行うそうよ」


「わかった、それが終われば、イアピースに戻らないとな」


「イチロー様! 私、今回頑張ったので、神の思し召しがあると思うんですよ! カード買いに行きませんか! カード!」


 カローラが期待に満ちた目で俺に強請ってくる。


「そうだな、まだスーパーレアも手に入れてないし、街に繰り出すか!」


「それなら、私の本も買いなさいよ」


 聖剣も本を強請ってくる。


「まぁ…良いけど… 今度は良く味わってじっくり読めよ…」


 

 そうして、俺達は街へ繰り出す準備をしたのであった。

 

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