第431話 聖剣の実戦

 カシャーンッ!


 

 ヒルデベルトが飲み干した小瓶が床に落ちて砕ける。



「すぐに解毒魔法を掛けるのだ! 死んで罪から逃れることなど許しはせん!」



 スタインバーガー枢機卿が声を上げ、即座に周りの司教がヒルデベルトの元に駆け寄り、解毒魔法を掛けようとする。だが、誰も皆、魔法を発動させる前に手を止める。



「どうしたっ! 何故、解毒魔法を掛けない!」



 枢機卿が教壇から叫ぶ。



「そ、それがっ! 何やら様子が変ですので…」



 解毒魔法を掛けようと駆け寄った者が、困惑の顔で振り返る。



「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 ヒルデベルトが頭を抱えて絶叫を上げる! そして、頭を抱えてそのまま屈んだかと思うと、その背中が、もこもこと波打つように盛り上がり始める。



「な、なんだ!? これは!!」


 ピッシュ!!



 ヒルデベルトの背中が弾け、鮮血が飛び散る!



「ひぃっ!!」


 メキ…ピキピキ… グボォッ!


 そして、まるで蝉の羽化の様にヒルデベルトの背中から、どす黒い何かが飛び出してくる!



「皆、離れろ!! ヒルデベルトから離れるのだっ!」


「騎士よ! ヒルデベルトに警戒しろ! 何かが始まるぞ!!」


 

 人々が口々に叫ぶ。その間にもヒルデベルトの羽化は止まらずに続く。


 その様子を段上から見ていた俺は、ある事に気が付く。



「ちょっと待てよ… もしかして…アレは…」


 

 俺はヒルデベルトの背中から羽化しようするものに見覚えがあった。



「ヤバいっ!!! みんな離れろっ!! それは新型の魔族だっ!!」



 俺は声を上げ、皆に警戒を促す。しかし、その時にはヒルデベルトの羽化が終わり、甲殻を纏い、映画のエイリアンによく似たあの強敵だった魔族人が完全に姿を現したのであった!



 グォォォォォォォォォ!!!!!



 魔族人は生まれ出た産声のように、咆哮を上げる。



「ひぃぃ!!」



 側にいた者が、突然の魔族人の姿に悲鳴をあげる。すると、生まれ出た魔族人は悲鳴をあげた者を、まるで煩わしいハエでも払うかのように、その腕で薙ぎ払う。



 ざしゅっ!


「あっ」


 一瞬で、悲鳴をあげた者の首が飛び、残った身体が鮮血をまき散らしながら倒れる。


 その鮮血が会場の者たちの真っ白な法衣に飛び散った瞬間、皆が一斉にパニックを起こし、堰を切ったようにヒルデベルトの魔族人から蜘蛛の子を散らす様に、我先にと逃げ出し始める。



「何という事だっ! 服毒ではなく、まさか魔族に身をやつそうとは…!」



 スタインバーガー枢機卿が歯ぎしりして拳を教壇を叩きつける。すると、その音を聞きつけた魔族人は、逃げまどう人々よりも、自分がこの様な姿になる結果をもたらした枢機卿に向き直る。



「私にくるのかっ!?」



 スタインバーガー枢機卿は咄嗟に身構えるが、すぐに魔族人は段上の枢機卿に飛び掛かる。



「ヤバっ!!!」



 咄嗟に枢機卿の身を護ろうと考えたが、大聖堂に入る為に帯剣していない事に気が付く。



「フライングV!!!!」



 その声と共に俺の後ろからVの字の光が魔族人目掛けて飛んでいき、衝突と共に大きな閃光を放つ!



 キィィィィィ!!!



 閃光が収まると、スタインバーガー枢機卿は教壇の陰に隠れて無事で、魔族人の姿は教壇から離れた場所にあった。



「ちぃっ! なんて硬さじゃ!」


「まさか、ギブソン枢機卿のフライングVでも切り裂けんとは…」



 振り返って見ると、先程の魔法は、どうやらじいさん枢機卿が撃ち出した魔法の様である。普通の魔物なら、十分すぎるほどの威力であったが、やはり、魔族人は普通の手段では対抗できないようだ。



『ちょっと! 何ぼさっとしてんのよ!! 魔族がいるんでしょ!!』



 頭の中に聖剣の声が響く。



「おっと、そうだったよな… こういう時の為のお前だったよな…」


 俺はそう呟くと、利き手に意識を集中する。すると、始めからそこにあったかのように聖剣が出現する。



「あれはっ! 聖剣!? 本当に聖剣を取得したのか!?」


「聖剣の勇者は本当だったのか!!」



 聖剣を手にする俺の姿を見た人々から、驚きの声があがる。


 魔族人も聖剣を構えた俺を警戒し、目標をスタインバーガー枢機卿から俺へ替える。



「へぇ~ 最近の魔族って、あんな姿になっているのね」



 聖剣が久々に実家に帰って、変わった家の様子に感想を述べるような言い方で声を上げる。


「やれるか?」


 俺は聖剣を構えながら、聖剣に尋ねる。


「何言ってのよ、300年前は数を数えるのも嫌になる程の魔族を倒してきたのよ? たかが一匹の今時の魔族に遅れを取る訳がないでしょっ!」


 言い方が、なんとなく最近の若者はという、歳より臭さがあるが、その自信は感じられた。



「グォォォォォォォォォ!!!!」



 魔族人は咆哮をあげながら、爪を振り上げて俺に襲い掛かる。



「先ずは、お手並み拝見っ!!!」



 俺は敵の爪を剣で受け止める為に聖剣を切り上げる。



 スンッ


「えっ!?」



 俺は剣戟の衝撃が来るものだと思っていたが、まるで風を切るように、殆ど抵抗なく聖剣が切り上がる。



「ちょっと! 何やってのよっ!! 次行きなさい!! 次!!」



「!!!!!」



 聖剣が声を張り上げるが、俺は状況が掴め無いので、とりあえず一端後ろに飛び下がり距離を取る。



 ドサッ!



 そして、再び魔族人に向き直って聖剣を構えると、敵の魔族側も距離をとっており、俺とその魔族人の間に、ドサリと腕が落ちる。



「は? えっ?」


「戦いの最中だというのに、何ぼさっとしてんのよ!! だから、アルド様以外の男は信用できないのよっ!!」


 困惑する俺に聖剣が罵声を浴びせる。


「いや…ちょっとすまん…余りにも手応えが無かったもので、一瞬空振りしたのかと思ったんだよ…」


 先程の切り上げには殆ど手応えが無かった。だが、実際には魔族の腕が切り落とされて、俺の目の前に落ちている。


「そんなの一々打ち合ってられないでしょっ! たかが魔族一匹ぐらい、だぁー!って行って、ばっ!ってきっちゃえばいいのよっ!!」


 聖剣は大阪のおばちゃんの様な乗りで言ってくるが、俺としては改めて聖剣の凄さに驚愕しつつも、今までの体重を掛けたり回転して勢いをつけるやり方では、聖剣の性能に振り回される戦い方になるのを危惧していた。


 魔族人の方も魔族人で、俺を警戒しつつも、自分の片腕が無い事やその腕が再生しない事を確認している。どうやら向こう側も聖剣の性能に困惑している様だ。



「マジで聖剣での攻撃は再生できないようだな…」


「分かったでしょ!! じゃあ、ちゃちゃっと行きなさい! ちゃちゃっと!!」


 

 聖剣に急かされ、とりあえずケリをつけようと思った瞬間、魔族人が後ろに大きく飛びのく。



「あっ!」


「ほらっ! さっさと始末しないから逃げ出しちゃったじゃないのっ!」



 俺もすぐさま魔族人の後を追おうとするが、魔族人の逃げ出した先は、逃げ出した人々がひしめき合う正面入り口である。



「ひぃ!! こっち来るぞっ!!」


「た、助けて!! 母さんっ!!!」


「マズい! 一般人を巻き込むぞ!!」


 俺は必死に魔族人に追いすがり、横薙ぎに一気に切り倒そうとするが、俺の気配を察知した魔族人は、咄嗟に逃げまどう人々の一人の襟首を掴み、くるりと回ってその一般人の背後に回る。


「うっ! か、かあさんっ! た、助けて!!」


「くっ! 人質まで使うのかよ!!」


 まだ若い少年の神官を魔族人に盾にされて、俺は剣を止める。



「切って」



 だが、聖剣は冷淡に一言放つ。



「いや、人質が…」


「いいから切りなさい」



 俺は状況を告げるが、聖剣は被せるように冷酷に言い放つ。


 確かにここで魔族人を逃せば、後々、多くの被害が出るだろう… 300年前の魔族の戦いにも同じような状況はあったのだろう… だからこそ、迷いなく切れと言ってくるのだ。



「すまんっ!」



 俺は一言呟いて、人質ごと剣を薙ぐ。



 スンッ…



 少年はその一撃にぎゅっと目を閉じる。



「グ!?」



 すると、魔族人は一声漏らしたかと思うと、俺が剣を薙ぎ払った胸元辺りから、上半身だけがゆっくりと横に滑り始め、やがてドサリと床に落ちる。



「えっ?」



 人質にされていた少年は、魔族の拘束が解けた事にうっすらと目を開けていくと、自分を拘束していた魔族は倒れている。


 聖剣の一撃は人間に危害を加えることなく、魔族人だけを切り裂いたのだ!



「ぼ、僕は助かったのか!?」



 そう言って、少年が自分の身体を確かめると、俺が横薙ぎに切り払った高さから、ローブがバサリと下に落ちていき、少年の裸が露わになる。



「ひぃ! ちょっと! なんで!? どうして?」



 少年は必死に落ちたローブを拾い上げて身体を隠す。



「まぁ…300年ぶりだから、こんなものね…」



 聖剣の凄さに言葉も出ない俺に、聖剣はそう感想を漏らした。






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