第430話 切り札?

 俺はスタインバーガー枢機卿の言葉に、困惑と言うか怒りを覚える。


 折角、俺が犯人たちを生かして捕まえたのに、預かった教会側がむざむざ殺されるとはどういう事なんだよ! もしかして、教会全体で不祥事を隠蔽しようとしてんのか?


 俺は実行犯の事は大丈夫と言っていたミリーズに振り返るが、ミリーズも何も問題ない様な涼しい顔をしている。


 もしかして、殺されたと油断させといて、他に何か手段でもあるのか?


 だが、糾弾されているヒルデベルト司教当人は聖剣窃盗犯たちが暗殺され証言できない事に、勝利を確信して、ニヤリと笑う。


「その小娘の発言も私と関わった証言にはならず、聖剣の窃盗についてもその実行犯達が既に死んでいるのなら、証言は得られませんな… という事は、私は無罪という事でよろしいですかな? もし私の無罪が確定したのであれば、逆に私を告発した者に罪を問いたいのでね… しかし、先ずは無罪の私を告発した事について、両手をついて頭を地に擦り付けて詫びて貰いたいですなっ!」


 勝利を確信して調子の乗ったヒルデベルト司教は、饒舌にペラペラと喋り出す。


「ふむ、確かにヒルデベルト司教の言い分はその通りであるが、それは無罪が確定してからの話だ」


 スタインバーガー枢機卿はヒルデベルト司教の言葉にサラリと返す。


「なっ! まだ、他にも証拠があるとでも言うのですか?」


 他に証拠などある訳ないと言わんばかりに、ヒルデベルト司教は口角泡を飛ばす。すると、スタインバーガー枢機卿は急に俺達の方に振り返る。


「カローラ嬢」


「はい、スタインバーガー枢機卿」


 突然、スタインバーガー枢機卿がカローラに声を掛け、それに対してカローラが恭しく答える。


「こちらに来ていただけるかね?」


「はい、分かりました、スタインバーガー枢機卿」


 カローラは突然、スタインバーガー枢機卿に声を掛けられて、前に出るように言われたのに、なんら驚く事も臆する事もなく、さも当然の様な態度で前に進み出て、スタインバーガー枢機卿の横に並ぶ。


 スタインバーガー枢機卿はそれを確認すると再び会場に向き直る。


「皆もの! ここにいる少女は、その熱心な信仰心の篤さから、昨日、正式に修道女と認められたばかりのカローラ嬢だ!」


「えっ!?」


 俺は枢機卿の言葉に驚く。スーパーレアカードを引くために、足繁く礼拝堂に通っているとは思っていたが、マジで修道女の資格までとってたのかよ… ってか、ヴァンパイアが修道女の資格を得るって…


 会場の人々も、そんな少女をいきなり紹介されても意味が分からないという顔をしている。


「さて、このカローラ嬢であるが、彼女はただの敬虔な修道女ではなく、特殊な能力を持っている! なんだか分かるか?」


 いきなり知らない女の子を見せられて、その能力が分かるかと言われても殆どの者が分からないだろう… でも、先程のアシュトレトが小悪魔だと分かっていたと同様に、枢機卿たちもカローラがヴァンパイアと分かっているのか?


「彼女はズバリ、死霊魔法が使えるのだ!」


 スタインバーガー枢機卿の声が大聖堂に響く。


 その声に大聖堂内の人々が騒ぎ始める。


「死霊魔法だって!?」


「それは悪い魔法じゃないのか?」


「そんな奴が修道女になるなんて…」


「皆の者! 静まれ!」


 枢機卿が皆を一括する。


「確かに今まで、死霊魔法を使うものは悪人が多かったのは確かだ… しかし、それは悪人が刃物を使って犯罪をする事と同じで、悪人と刃物とは分けて考えねばならぬ! 料理人が刃物を使えば美味い料理をつくるのと同じだ!」


「…確かにその通り…分けて考えねばならないが…」


 会場から理解は出来るがまだ納得できないという声が漏れ聞こえてくる。


「死霊魔法が刃物であれば、それを使う彼女がどの様な人間であるかだが… 彼女は昼夜を問わず、一日中ただひたすらに神に祈りを捧げてきた… それも何日もだ… その姿を見たからこそ私は、彼女を正式な修道女と認めたのだ!! 彼女についてはこの私が保証しよう!!」


 スタインバーガー枢機卿は高らかにカローラの保証人になると宣言する。


「なん…だと!?」


「スタインバーガー枢機卿自ら一修道女の保証人になると!?」


「信じられない!! あのスタインバーガー枢機卿が保証人を買って出るなんで、初めての事だぞ!?」


 会場の人々の声を聞く限り、非常に珍しいとんでもない事のようだ… 大丈夫なのか?枢機卿… もっと他に推すべき人間はいなかったのか? それともそれ程までにカローラが熱心に祈りを捧げていたのか… カードの為に…


「さて…ヒルデベルト司教」


 枢機卿は僅かに口角を上げてヒルデベルト司教に向き直る。


「は、はい…」


「先程、説明したとおり、彼女は死霊魔法が使える… それがどういうことなのか理解できるか?」


「………」


 ヒルデベルト司教はなんとなく察しがついて、顔が青ざめ始める。


「死人に口なしとは言ったものだが、彼女はその死者と話すどころか、亡者としてだが蘇らすこともできる… これでも証拠がないと言えるのかね?」


 ヒルデベルト司教はガタガタと震え始め、ダラダラと冷や汗を流し始める。


「…どうやら証拠と認めたようだな… それでは、これよりヒルデベルト司教の教会と人類に対しての裏切り行為を確認する為の、審判の儀を執り行う!!!」


 恐らく審判の儀という奴はミリーズが言っていた念話で相手の考えを全て筒抜けにする魔法を使う事を言っているのだろう… これが使われたら、今までの罪だけではなく、協力者や関係者まで芋づる式にバレる事になるだろう。


 教会騎士がヒルデベルト司教のもとに近づく。


 ヒルデベルトは段上に向き直り、誰かに助けを呼ぼうと口を開くが、まるで、スピーカーの線を抜かれたように全く声が出ない。その自分の異変に気が付いたヒルデベルトは、困惑の表情を浮かべて自分の首を押さえる。


 そして、何かの覚悟を決めて、自分の懐をまさぐりはじめた。



「くっ!! かくなる上は!!」



 ようやく再び声が出たヒルデベルトは身柄を取り押さえられるまえに、懐から小瓶を取り出す。



「ヒルデベルト!! 自殺をするつもりか! 止めろ! カローラ嬢がいる限り死んでも逃れられんぞ!!」



 服毒自殺までするとは思わなかった枢機卿は、必死に言葉で制止し、教会騎士もその状況を見て、咄嗟に引き留めようとするが、ヒルデベルトはその制止の前に小瓶を飲み干した。


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