第429話 裏切り者の洗い出し

 スタインバーガー枢機卿の教会内部に裏切り者がいるとの発言が、大聖堂の中に響き渡った後、暫くしてから人々の騒めく事が湧き上がる。


「教会内部に裏切り者?」


「一体誰の事なんだ?」


「教会を裏切るといっても、教会を裏切ってどこにつこうというのだ? …まさかっ!?」


「静まれっ!! 静まれぇぇ!!!!」


 騒めく大聖堂内に再びスタインバーガー枢機卿の声が響き渡り、皆の不安な眼差しがスタインバーガー枢機卿に集まる。


「皆が疑問に思っている事は分かる… 誰が教会を裏切り、どこに付いたのかを… その疑問についてはこれから話していこう」


 皆の表情を見るだけで固唾を呑むゴクリと言う音が聞こえて来そうである。


「先ず、事の発端は… 皆も知っているとは思うが、300年ぶりに聖剣の担い手… 聖剣の勇者が現れた事にある!」


 前列の司教クラスの人々は、知っていて当然の様な表情をしているが、後ろの方から、『えっ?』と驚く声が少しだけ聞こえてくる。


 どこにでもいるんだな、自分の所属している組織の情報を全く知らない人間が…


「その聖剣の勇者が聖剣を手に入れる前に、街を散策していると、その勇者が聖剣を手に入れると所感していた教会の裏切り者の手先が、接触してきたそうだ… 我が軍門に下れと…」


 どこの軍門に下れと言って来たのかを知る為に皆の視線がスタインバーガー枢機卿に集中する。


「そう…その裏切り者の手先は魔族の軍門に下れと言って来たのだ!!!」


 スタインバーガー枢機卿は両手を広げ、声を張り上げて裏切り者の寝返り先を仰々しく告げる。


「なん…だど?…」


「まさか、魔族に寝返る輩がいるとは…」


「信じられない…」


 教会、そして人類を裏切り魔族につく存在がいる事に皆が困惑と驚愕をし始める。


「その者は魔族に勧誘するだけに足らず、勇者アシヤ・イチローが聖剣を手にすると、その聖剣の奪取まで企てて、明確に人類に対しての敵意を露わにした許されざる者だ!!」


「なんて奴だ!」


「まさか聖剣にまで手を出すとは!!」


「許せん! 許せんぞ!!」


 スタインバーガー枢機卿が先日の聖剣窃盗事件についても述べると、皆の反応が困惑から怒りへと変わっていく。


「皆の怒りも分かる。だが、安心して欲しい! 勇者イチローの活躍によって聖剣は守られ、そして裏切り者の見当もついた!」


 その言葉に皆は安堵の表情をつくり、そして次に、裏切り者が誰であるのか、聞き逃さないように押し黙って固唾を呑む。


「その者は…」


 スタインバーガー枢機卿はそこまで言って、会場の前列にいる一人の司教に視線を向ける。


「ヒルデベルト司教…なにか弁明はあるか…?」


 スタインバーガー枢機卿は鷹のように険しい視線を問題のヒルデベルト司教に向ける。その瞬間、ヒルデベルト司教の周りの人間が司教から距離を取って、一人ぽつりと取り残される状況になる。


「な、何をおっしゃるのですかっ! スタインバーガー枢機卿! これはきっと、次期枢機卿を目指す私への妨害工作にしか過ぎません!!」


 ヒルデベルト司教は平静を装って、自分の無実を弁明しようとしているが、動揺が見られる。しかし、それは急に裏切り者呼ばわりされたためか、それとも図星であるのかは、事情を知らぬものにとってはどちらか分からないであろう。


「証拠があると言ってもか?」


 スタインバーガー枢機卿がさらに言及する。


「しょっ、証拠などあろうはずがございませんっ!!」


「ならば、その証拠の一つを見せてやろう…」


 枢機卿はそう言うと、俺とアシュトレトに顔を向け、前に出て証言しろといわんばかりに顎をクイっと司教に促す。


「アシュトレト… 前に出るぞ」


「わ、分かりました…マスターイチロー…」


 俺とアシュトレトは前に司教に良く見える所まで前に進み出る。


「そこにいる少女は司教の指示を受け、勇者イチローを魔族に勧誘を行った者だ、今では勇者イチローの威光に触れ勇者イチローの僕となったのだ… さぁ、そのベールを脱いで、その男に顔を見せてやるがよい」


 枢機卿がアシュトレトの事を皆に説明し、ベールを脱いで司教に顔を見せるように言ってくる。


「アシュトレト、今までぞんざいに扱われて、最後は叩き出されたんだろ? その恨みを晴らす為に思う存分言ってやれ」


 そう言って、アシュトレトの背中を押してやる。


「分かったわ、マスターイチロー…」


 アシュトレトは、キッとした顔をしてベールを脱ぎ去り、前に進み出てヒルデベルト司教を見下ろす。


「貴方…ヒルデベルトって言うのね…良くも私を犬の様に捨ててくれたわねっ! このハゲでチビの癖にカツラと上げ底靴で誤魔化す小心者目っ!」


「なっ! なぜ…いや! 私はお前のような小悪魔など知らん!! 言いがかりだ!!」


 アシュトレトの言葉にヒルデベルト司教は唾を飛ばしながら反論する。


「ヒルデベルト司教、其方はカツラと上げ底靴を身に着けておるのか? 少女の証言通り改めてもよいか?」


 スタインバーガー枢機卿がニヤリとしながらヒルデベルト司教に問いかける。


 しかし、その時、会場の中列辺りの者が手を上げて発言する。


「すみません! 発言をお許しください! ヒルデベルト司教のカツラと上げ底靴を身に着けておられる事は、皆が知る公然の秘密でございます! なので、その少女の発言は証拠になりませんっ!」


 ヒルデベルト司教の援護の為の発言であるが、自分のカツラと上げ底靴が皆に知られていた事に気が付き、ヒルデベルト司教は顔を真っ赤にしながら羞恥に項垂れる。


「うむ、会場の皆の様子を見る限り、その発言は正しいようだな…」


 スタインバーガー枢機卿は先程の発言を納得するような顔をする。


「お、いや…私も発言してもよろしいでしょうか?」


 俺は思い当たることがあるので、手を上げて発言の許可を求める。


「勇者イチローか、言ってみなさい」


 枢機卿は俺の発言を許可する。俺はその許可を受け、一歩前に進み出てアシュトレトと並ぶ。


「さきほど、そこのヒルデベルト司教はアシュトレトの事を『小悪魔』といいました…この娘が棄民の少女に悪魔を憑依させたことは、私と…もと雇い主しか知らない情報のはずです!」


 俺は心の中ではしてやったりと思いつつも、顔では衝撃の真実を語るイケメンフェイスを装う。


「勇者イチロー…」


 ヒルデベルト司教から悔しがる反応が返ってくるかと思ったが、声を駆けてきたのは枢機卿であった。


「なんですか?枢機卿」


「その事は証拠にはならん…」


 枢機卿は困ったような顔をして言ってくる。


「どうしてですか?」


 マジでなんで証拠にならないのか分かんない…


「その娘が悪魔の関係者である事は、上位の神官であれば誰でも気が付く…」


「えっ!?」


「そうじゃよ、わしらも最初から分かっておったよ」


 そう付け加えるのはアシュトレトに飴玉を渡したギブソン枢機卿じいさんで、その仲間の爺さん達も同意するようにうんうんと頷く。


 えっ!? マジでみんな分かってたの? それに気づかず、俺は決定的な証拠だと思ってドヤ顔で言ってたのか… 俺もヒルデベルト司教の顔を真っ赤にして俯きたくなってきた。


「うむ、その娘の証言は以上だ。次の証拠であるが、聖剣窃盗に関わった者たちについてだが…」


 スタインバーガー枢機卿は善意なのか、俺の事に触れずに次の証拠について話し始める。


「勇者イチローやその仲間の活躍により、実行犯を殺さずに捕える事が出来たのだが… 半人たちを管理していたこちら側の不手際により… 実行犯達は獄中内で皆、暗殺されてしまったのだ…」


 スタインバーガー枢機卿は淡々とした表情でそう語った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る