第427話 爺さん枢機卿
俺の自室の扉がコンコンとノックされる。
「イチロー、起きてる?」
扉の向こうからミリーズの声が響く。
「あぁ、起きてるよ、入ってくれ」
俺は扉の向こうのミリーズに答える。
「じゃあ、入るわよ、イチロー… あら? もうイチロー起きて準備をしているのね」
正装で部屋に入ってきたミリーズは、俺が『麗し』の衣装に着替えている姿を見て、少し驚いている様だ。きっと、俺がまだ起きたばかりだと思っていたのだろう。
「あぁ、一時期、領地の農作業をやっていた時には日が昇る前に起きて作業に向かうのがあたりまえだったからな」
「そうだったわね、それでアシュトレトちゃんはどうしてるの?」
ミリーズは部屋の中を見渡してアシュトレトの姿が無いので聞いてくる。
「あぁ、あいつなら返送して今は魔界の方にいる。呼び出すか?」
「えぇ、一応証人だし、おかしな格好で大聖堂には連れていけないでしょ?」
確かに普段は小悪魔系ボンテージ衣装を来ているから、大聖堂でそんな恰好はさせられないわな…
「ちょっと待ってろよ… アシュトレト召喚!」
すると、俺の目の前に、だらしない姿で涎を垂らして眠るアシュトレトが現れる。
「…アシュトレトちゃん、起きて!」
ミリーズは屈んでアシュトレトに声をかける。
「ふぇ?」
アシュトレトはミリーズに声をかけられて眠気眼を開く。
「今日の査問に出席しなくちゃいけないから準備するわよ」
「ふわぁぁ~~~~~」
返事なのかただの欠伸なのか分からないが、アシュトレトは伸びをしながら大欠伸をする。
「うーん… 寝ぐせもついてるし、顔に涎の跡もあるから着替えさせるだけではダメね… イチロー、洗面所借りるわね」
「あぁ、良いぞ自由に使ってくれ」
俺は鏡の前で『麗し』の衣装の気付けに不備が無いか確認しながら答える。
「ちょっと、一人では時間が足りないわね… カローラちゃん、手伝ってくれる?」
ミリーズが部屋の外に呼びかけると、澄まし顔で修道服を来たカローラが入ってくる。
「仕方ありませんね… 修道女である私が、お手伝い致しますわ…」
そう言って、しなりしなりとアイリスの様に気取った素振りのカローラが部屋の中に入ってくる。
「カローラ、まだその修道女の恰好をやってるのかよ…」
「フフフ…イチロー様… 今日の私は今までの私とは違うのですよ…」
カローラは手を組んで祈りのポーズをとり始める。
「カローラちゃん、イチローの事はほっといて、こっちの手伝いをしてくれる? 私はアシュトレトちゃんの顔を洗うから、カローラちゃんは髪をとかして寝ぐせを直してくれる?」
「分かりましたわ、聖女ミリーズ様」
そう言ってカローラはスカートの裾をつまみながら洗面所へ向かいアシュトレトの髪を溶かし始める。
カローラ…ヴァンパイアのお前が、聖女につき従っていいのかよ… まぁ、俺の配下でもあるし仕方ないか…
そんな感じに、ミリーズとカローラの二人によって、アシュトレトの身支度が行われる。
「さぁ、これでいいかしら」
「どう? マスターイチロー…似合うかしら?」
ミリーズが身支度の終えたアシュトレトの共に俺の前へと進み出て、アシュトレトは少しはにかみながらメスガキ特有のセクシーポーズをとる。
「…ヴァンパイアの次は、悪魔っこに修道女の恰好をさせるのかよ… そんなにホイホイと着せても良い物なのか?」
カローラと同じような修道服姿のアシュトレトを見て、言葉を漏らす。
「別にいいんじゃないの? 服ぐらい、可愛いし似合ってるから」
聖女の権力闘争については頑ななのに、このあたりはかなりいい加減な事をいうな…
「聖女のミリーズがそう言うのなら、構わないんだろう…」
「それより、イチロー!支度で遅れちゃったから急がなくっちゃ」
ミリーズが突然、本来の目的を思い出し、俺達を急かし始める。
「分かった分かった、俺は大聖堂の場所が分かんないから、ミリーズが案内してくれ」
そんな訳で、ミリーズを先頭に俺達は早歩きで大聖堂に向かう。大聖堂に近づいてくると、多くの人が列を成し、体育館か競技場ぐらいの大きさがある大聖堂の中に入っていくのが見えた。
「うぁ、アレに並ばないといけないのか?」
「そんなことないわ、私たちは重要参考人だから、横の関係者用の入口から中に入るわよ」
ミリーズはそう言うと、多くの人が列を成す正面入り口の方ではなく、大聖堂の脇に向けて歩き出す。すると、正面玄関に列を成す下級神官とは異なり、少数の豪華な衣装を纏った上級神官たちが、脇の入口から大聖堂の中に入っていくのが見えた。
「あそこよ、イチロー」
「なんか、凄いお偉いさんばかりに見えるが、俺もこっちを使っていいのか?」
勇者や領主、男爵になったとはいえ、元々は一般人の俺は、枢機卿などの位の高そうな人を前では自分が場違いな場所にいるように思えてくる。
「大丈夫よ、イチロー、皆さん凄い恰好をしているけど、中身はただのおじいちゃんよ」
聖女のミリーズは気軽にそう述べる。
「おや? ミリーズちゃんじゃないか」
そんなミリーズに気が付いた一人の老人の枢機卿が声を掛けてくる。
「おぉ、本当にミリーズちゃんじゃないか~ べっぴんさんに育ったのぅ~」
「ほんに、ミリーズちゃんだ、小さな時と面影が変わっとらんのぅ~」
久々に実家に帰った女性に近所のおじいちゃんたちが話しかけるように声をかけ始める。
「ほんまにええおなごになったのぅ~ わしが後10年若ければ…枢機卿の肩書を捨ててでもわしの嫁にしたんじゃが…」
おいおい、じいさん…10年若ければって…10年若返ってもあんた80ぐらいじゃないのか? 嫁というか介護してもらうことしか出来んだろ…
「あら、ギブソン枢機卿、フェンダー枢機卿、ギルド枢機卿、グレッチ枢機卿、お久しぶりでございます。その節は色々お世話になりました」
そう言って、ミリーズはぺこりと頭を下げる。
「いやいや、かまわんよミリーズちゃんの為なら、それよりも飴ちゃん食べるかい?」
そういっておじいちゃん枢機卿の一人が飴玉を差し出す。
「いえいえ、私はもうそんな歳ではありませんので…」
「じー……」
ミリーズは差し出された飴玉を丁重に断るが、後ろで見ていたアシュトレトが涎を垂らしながら飴玉を凝視する。
「ん? そっちのエロ可愛の嬢ちゃんは飴玉欲しいのか?」
アシュトレトに気が付いたおじいちゃん枢機卿はアシュトレトに飴玉を差し出す。
「いいの?」
アシュトレトは飴玉とおじいちゃんを交互に見る。
「あぁ、構わんよ」
おじいちゃんは好々爺の表情で答えると、アシュトレトは差し出された手のひらから直接パクリと飴玉を頂く。そのアシュトレトの行動に俺はビクリとビビる。いくら見た目が好々爺に見えても相手は枢機卿だぞ? そんな相手になんてことをやらかすんだ…
「ん~ おひしぃ~♪」
「そうか、よかったのぅ~ 甘いものを食べて、ミリーズちゃんみたいに我儘ボディーにそだつんじゃぞ… 嬢ちゃんにはその素質がある」
「うんうん、確かに逸材じゃな…」
飴玉のじいちゃんに他のじいちゃんたちも同意する。
「まぁ、ギブソン枢機卿様ったら、うふふ」
そんなじいちゃんたちに、ミリーズは本当に近所のじいちゃん連中と接するようにかいわする。
「ミリーズちゃんよ、後ろの嬢ちゃんたちはミリーズちゃんの見習いだとして、その男は何者じゃ?」
じいちゃんたちの一人が俺を指差す。
「あぁ、ご紹介が遅れました、こちらはイアピース国アシヤ領領主、男爵位を持ち、この度聖剣の勇者となりましたアシヤ・イチローにございます。私の…その…夫ですわ」
ミリーズは少し照れながら俺をじいちゃんたちに紹介する。
「申し遅れました、私が紹介に預かりましたアシヤ・イチローと申します…以後お見知りおきを…」
一応、俺は貴族の作法に則ってじいちゃんたちに挨拶をする。
「おまぇか~っ!!!」
「おまえなのかっ~!!!」
すると、先程まで好々爺だったじいちゃんたちが鬼の様な形相で激高し始める。
「えっ?」
「聖職者ゆえに、舐め廻す様に見る事しか出来なかったミリーズちゃんを、実際に舐め廻した男というのはお前かぁぁぁ~~~!!!」
「ギギギッ!! 許さん…許さんぞぉっ!!」
「わしが…わしがもう10年若ければ…お前などにミリーズちゃんを私はしなかった物を…」
じいちゃんたちが獲物を狙う野獣の様な目で俺の睨み始める。
「い、いや…その…」
俺は複数の枢機卿の爺さん達に睨まれてタジタジになる。
「うふふ、皆さま、その辺りで御勘弁願えないでしょうか?」
そこでミリーズがクスクスと笑いながら、爺さん達に声を掛ける。
「しゃーないのぅ~」
「ミリーズちゃんが言うなら許してやるか…」
「10年前なら許しはしなかったが、わしももう歳じゃ…許してやろう…」
すると先程まで野獣の様であった爺さん達は、空気の抜けた風船のようにもとの爺さんたちにもどる。
「えぇ……」
俺は爺さん達の豹変ぶりに呆然とする。
「さて…そろそろ急がんといかんのぅ… そろそろ、始まる時間じゃ」
「わしはここ10年で身体が弱ってのぅ…ミリーズちゃんや、わしの手を引いてもらってよいか?」
「えぇ、良いですとも、グレッチ枢機卿」
「ほっほっほっ、ミリーズちゃんに手を握ってもらえたら、また10年若返るわい」
そう言ってミリーズはさっきから10年10年言っている、一番年寄の枢機卿の手を引いて大聖堂の中へと進んでいった。
一体、ここの枢機卿はどうなってんだよ…
俺はその後をトボトボとついていったのであった。
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