第426話 念話
「イチロー、準備が整ったそうよ」
聖剣窃盗未遂事件の翌日、夕食の時にミリーズがそう話しかけてきた。
「準備が整ったって、一体何をどうするんだ?」
食事を載せたトレイを持って俺の隣の席に座るミリーズに尋ねる。ミリーズは辺りをキョロキョロと見回した後、俺の手に触れて直接脳内に語り掛けてくる魔法を使う。
『教会内部に潜む、裏切り者の洗い出しよ』
普段柔和な表情をしているミリーズが口を閉じて真剣な面持ちで、念話で語り掛けてくる。
『で、実際にはいつどこでやるんだ?』
『明日の朝、朝食前の朝の礼拝の時間に、大聖堂で執り行う事になるわ』
結構、大がかりなやり方である。俺は現代警察みたいに犯人の部屋や家に直接乗り込むものだと考えていた。
『現代警察ってのは分からないけど… 把握しきれていない仲間がいる可能性があるから、この際、全部の膿を出し切るつもりなのよ』
『この念話って、独り言で考えている事まで伝わるのかよ…』
独り言で考えていたことまで、ミリーズに筒抜けだったので少し驚く。
『えぇ、この魔法は審判の神の力を借りた神聖魔法ですから、隠し事は出来ないのよ。これも明日の洗い出しの決め手に使うのよ』
『なら、最初からこの魔法を使って一人一人に人類を裏切って魔族についてないかって、問いかければ一発じゃないか』
俺は椅子の下でミリーズに片手を触れられながら、残る片手でパンをスープに付けて食べる。この魔法、話しながら食事が出来るのは便利だな。まぁ、片手しか使えないけど…
『こんな精神や思考を丸裸にするような魔法をほいほいと他人にかけられる訳ないじゃないの、特に上級神官にしようものならそれだけで犯罪行為にされるわ… 後、今こうして試しに使って見せているけど、本来、この魔法は上級神官でないと使う事が出来ないのよ… 司教の階級になる為の必須条件になっているわ。それだけ高等な神聖魔法なのよ、話しながら食事ができる便利な魔法だとは思わないで欲しいわ』
ミリーズはそう念話をしてぷくっと頬を膨らませた後、コクコクとミルクを飲み始める。…自分もやってんじゃん…
『まぁ、大体分かった、この魔法を使うだけの証拠や根拠がある時に限って、使用が認められるという事だな? 便利なのになかなか使う事が出来ないってのは、教会も面倒な事になってるな…』
『そうね、教会内部もそれだけ権力闘争が激しいって事よ、もし簡単に使えたのなら、魔法の使用者が嘘をついていくらでも冤罪を生み出せる状況になるし、上層部も簡単に自分たちに使われたくないから、厳格な使用方法を設けたのよ。それと、イチローもやっているんだから、私もミルクぐらい飲んでもいいでしょ?』
ミリーズが口元のミルクをぺろりと舐めながら微笑んでくる。
『それで、その厳格な使用法とは実際にどんな感じで行うんだ?』
『対象者の上級職を集めてその中からくじ引きで三名を選出して、その三名が対象者に行うのよ。今回の場合は司教が対象者だから魔法を使うのは枢機卿ね』
ミリーズもパンをスープに付けてモグモグと食べ始める。
『ってことは、明日の朝は枢機卿も集まって、教会本部にいる司教を査問していくわけか、ところで査問の対象者が枢機卿の場合はどうなるんだ? 上の立場の人間って教皇一人しかいないだろ? 聖女のミリーズも加わるとか?』
『それに関しても私は聖女で権力闘争に関わるから参加できないわね、その時は教皇一人で査問することになるわ』
教会本部も聖女と言う存在に相当気を使って、レヴェナントみたいな事が二度と起こらないようにしてるんだな… 確かに査問する人間が聖女しかいないのなら、聖女を殺せば査問から逃れられるかも知れないし… 教皇の場合は殺されてもまた選べばいいじゃんって考え方なのか?
『そうね、大体イチローの考えている通りよ、聖女は養成所があるといっても必ずそこで新たな聖女が生まれる訳ではない神からの賜りし者だから探すのが大変だし、教皇は、人間が勝手に選んだ存在だから、また人間で選べばいいしね』
おっと、思考が筒抜けなのを忘れてた。
『それで、俺は明日の査問ではどうしてたらいい? ここで寝てたらいいのか? それともミリーズと一緒に出席するのか?』
『イチローも昨日の聖剣窃盗未遂の件もあるから出席は強制よ、後、アシュトレトって子も証人として出席してもらうから、念のために、明日の出席までの間、あの子が加害されないように保護しておいてもらえるかしら? って、今、あの子はどこにいるの?』
ミリーズはそう言って不安そうに食堂の中を見渡す。
『あぁ、アシュトレトならシュリが農業と字の勉強を教えてるぞ、ポチの時もそうだったが、アイツは面倒見が良い所があるからな』
『あら、そうなの?』
『それよかアシュトレトより、昨日俺達が捕まえた窃盗犯達の心配をした方がいいんじゃないか? あの連中がその司教の差し金だったら、それこそ良い証拠になるだろ』
『それなら、大丈夫よ。どうせ殺されなくても聖剣窃盗の罪で死刑になるのだから』
ミリーズは窃盗犯の生死など意に介さないように、パンの最後の一欠けをパクリと口に放り込む。
『いやいやいや、例え死刑になるとしても証言する前に殺されては元も子もないだろ?』
『それなら大丈夫、犯人たちが殺されても…いえ、殺された方が有利に運ぶ理由があるから』
そう言って食事を終えたミリーズは俺に向き直りニッコリと微笑む。
「じゃあ、私は明日に備えて早めに休むわね、イチローも夜更かししないように気を付けてね」
そう言って、ミリーズは俺から手を離して食堂を後にする。
しかし、話に良く出てくる人命第一主義で人間の良心を信用しきっている聖女とかは面倒だが、ミリーズの様に悪人は別ときっちり区別をつけて人間の良心を信用してない聖女はちょっと怖いな…
俺はそんな事を考えながら、念話に夢中であまり進んでいなかった夕食を平らげはじめる。すると、先程、話題に上がっていたシュリに連れられたアシュトレトが食堂にやってくる。
「おぅ、シュリとアシュトレトか、今から食事なのか?」
「あぁ、あるじ様、ようやくアシュトレトの字の勉強が終わったのでな、あのバカにつける薬のお陰でなんとか今日の勉強を終わらすことができたわ」
「マスターイチロー! 私、頑張って字を全部覚えたのよ! 凄いでしょ!」
そう言って、アシュトレトは自慢げに胸を張る。そこで本当かどうかシュリに視線を向ける。
「確かに大陸共通語に使われる字は覚えたの…字だけは…」
「なるほど、スペルはまだなんだな…道は遠いな… ところでアシュトレト、飯食ったら、ちょっと事情があって、お前を明日の朝まで返送するからな、向こうで夜更かしすんなよ」
「えっ!? 返送するの?」
アシュトレトは露骨に嫌そうな顔をする。
「なんで嫌そうな顔をするんだよ、魔界はお前の故郷だろ?」
「だって…もうこっちの身体に受肉しちゃったし、向こうでは、温かい布団どころか住む家も無いし…」
一体、魔界の下級悪魔ってどんな生活してんだよ…
「わかった、返送する時に、毛布何枚かわたしてやるから、それでいいだろ?」
「枕も…」
「お前、我儘だな… まぁ、枕もつけてやんよ」
こうして、夕食を済ませた後、アシュトレトに毛布と枕を渡して返送したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます