第423話 教会の闇に気付く

「教会の人間が裏切っている? 一体、どういう事だ?」


 俺は取り乱しているミリーズに尋ねる。


「その子が… 自分の前の雇い主は…教会の人間だって言うから…」


 受け入れがたい情報にミリーズは苛立ちと動揺を現わしながら答える。


「それは本当なのか?」


 俺の後ろに隠れるアシュトレトに尋ねる。


「うん… 本当… だって、マスターがここに来た時の歓迎パーティーの時に、ターゲットはマスターだって教えられたから…」


「貴方…あの時のパーティーにいたの?」


 アシュトレトの言葉をミリーズが確認する。


「うん、部屋の外のテラスのところで、待機するように言われてて、あとから前の上司が来てターゲットは皆から神像を貰っているイチローマスターだって言われたから…」


 アシュトレトがあの時の状況を踏まえて説明したので、ミリーズはアシュトレトの言葉が信じるである事を受け入れざる得なくなる。


「本当に…教会の人間が人類を裏切っていたなんて…」


 ミリーズは肩を落とす。


「…教会のお偉いさんであろうが、人間だ… 脅されていたり、何か自身の欲望や思想を実現するためとか…色々な理由があって魔族につく奴も出るだろ… ミリーズがそんなに落ち込む必要はない…ってか、教会内でそんな人間が現れた事に責任を持つのはミリーズじゃなくて、教会のトップの人間だろ?」


 俺はそう言って、落ち込むミリーズを慰める。


「確かにイチローの言う通りだけど…私もこの教会で育って聖女として認められた人間、この様な状況を放ってはおけないのよ…」


 確かにミリーズの言い分も分かる。


「じゃあ、そんな人間が出た事を嘆くより、早々にその人物を見つけ出して教会から叩き出すのが先決だろ?」


「そうね、くよくよしてられないわね…早く教会を是正しないと…で…アシュトレトちゃん…さっきは大声を出してごめんなさいね…」


 情報を聞き出す為にミリーズは柔和な表情に変えて、俺の背中に隠れるアシュトレトに謝罪する。


「…もう、怒鳴らない?」


「えぇ、もう怒鳴らないわ… その代わり、誰が貴方を使って魔族に肩入れしていたのか分かる?」


 ミリーズは子供に接するように尋ねる。


「えらい立場の人だった…」


「えらい立場の人は一杯いるわ、名前は分かる?」


 すると、アシュトレトは首を横にふる。


「いつも、お互いに名前を呼ばなかったから、分かんない…」


「どうして、名前で呼び合わなかったのかしら…?」


 アシュトレトの返答にミリーズは困惑する。


「うーん、プリンクリン曰く、悪魔とのやり取りは名前を使って相手を縛ったり契約したりするみたいだから、そうなるのを恐れて自分の名を明かさなかったんじゃないのか?」


「なるほど…そういうことなのね… じゃあ、何か特徴はなかった? 癖とか体格とか…あとストラの紋様の色は何色だったか教えてくれる?」


「ストラの紋様の色ってのは? そもそもストラってなんだよ」


 ミリーズの言葉に俺が尋ねる。


「ストラというのは、教会関係者が首からかけているマフラーみたいなものよ、そして、ストラの紋様の色で階級が分かるのよ、上から金、銀、紫、青、白って感じにね」


「紋様の色…確か紫だったわっ!」


 ミリーズの説明にアシュトレトは思い出したかのように答える。


「紫!? では司教が貴方の元の上司だったわけ!? 大変な事だわ…」


 ミリーズは眉に深い皺を作る。


「俺、教会内部の役職の事は分かんないだけど…司教ってえらいのか?」


「教会の階級は上から順に教皇、枢機卿、司教、司祭、助祭、修道者、信徒となっているわ… だから上から三番目…権力的には、領地全体の教会を統括する権限を持っているわね… 教会本部の司教ならより大きな権力を持っているわ…」


「うーん、謂わば領地は持たないけど、国の中央で政治権限を持っている上級貴族のようなものか?」


 あまりぱっと来ないので、貴族を例に聞いてみる。


「そんなかんじね、教会内部での政治権限をもっているから、地方の司教より質が悪いわね… それで、他に何か覚えてないの?」


 ミリーズは対象を絞る為にアシュトレトにさらに情報を聞き出す。


「そうね… カツラを付けていたわ… あと身長を高く見せる為に上げ底靴をはいていたわね」


「…なるほど、分かったわ… ヒルデベルト司教だわ…」


 おいおい…カツラもシークレットシューズも本人が隠しているつもりでも、公然の秘密状態でみんな知っているのかよ…


「で、なんとかできそうな相手なのか?」


「厳しいわね… 次期枢機卿候補としてあげられている人物だから、生半可な証拠では、枢機卿争いの妨害として扱われるかもね…」


「聖女であるミリーズの名を使ってもか?」


 話を聞いていたら司教なんて領地の教会のトップぐらいの立場だから腐るほどいるだろうし、それを数十年に一人の聖女と比べたら権力の差なんて比べ物にならないであろう。


「聖女だからこそ、こういう政治権力の闘争に口出しできないのよ…」


 ミリーズは弱り声で答える。


「なんでだ?」


「レヴェナント様の一件があったから、聖女の保護の為に聖女は政治権力に口出しも出来ないしされない立場にされたのよ… だから、今回の件で私が直接口出しすることは許されないの…」


「なるほど…王の一存で聖女を罷免したり、逆に聖女の一言で誰かを罷免したり出来ないって事か…」


 この規則を破ったら、人類は再び聖女を失う恐れがあるって事か…


「じゃあ、どうするんだ?」


「そうね… ヒルデベルト司教に関わりの無い、信用のおける人に力を借りるしかないわね…」


「当てはあるのか?」


 不安げに眉を顰めるミリーズに尋ねる。


「幾つか当てはあるわ… でも、時間が掛かるかも知れないわね…」


「時間は掛かってもいいし、不安を感じるなら俺も協力する、何でも言ってくれ」

 

 俺がそう伝えると、ミリーズは表情を崩して、微笑を浮かべる。


「ありがとう…イチロー、そう言ってくれるだけでも心強いわ、とりあえず、明日の朝一…いや、今から信頼できる人の所へ行って相談してくるわ」


「大丈夫か? なんなら俺も付いて行こうか?」


 相手に気づかれれば、暗殺という手段を取って来るかも知れないので心配する。


「フフフ、大丈夫、すっごく安全な所だから」


 ミリーズは笑顔で答えた。




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