第422話 可愛げのあるメスガキ

 教会の宿泊施設に戻った俺は、メスガキのアシュトレトがまだ食べ足りないという事で、利用時間外であるが食堂に来て、余っていたスープを温め直してアシュトレトに与えていた。


 アシュトレトは相当お腹を減らしていたのか、躾のしていない犬の様にガツガツと食べ始める。最初に拾った時のポチの方が上品に食べてたな… こいつ…致しに関しては良いがそれ以外がさっぱりだ…躾と教育をしていかないとダメだな…


「お代わりが欲しい…」


 考え事をしていると空になった器を上目づかいで差し出してくる。


「やっぱ、スープだけでは腹が膨れんか… ちょっと待ってろ、腹にたまりそうなものを探してくる」


 アシュトレトにそう言って厨房に向かい、パンとレタス・ポテトサラダの作り置きを見つけて、適当にポテトサラダドッグを作ってやる。


「ほれ、腹に溜まりそうなもんを作って来てやったぞ」


 俺はポテトサラダドッグを差し出してやるが、アシュトレトは受け取るのではなく、身体を前のめりにして、差し出された俺の手からそのまま齧り付こうとする。


「あーん♪」


 その時、俺はプリンクリンが言っていた召喚と返送の事を思い出す。



 いっちょ、やってみるか…



 俺がアシュトレトがパンにガブリつく直前で返送を念じる。


 すると、目の前にいたアシュトレトが一瞬でふっと消える。


「うぉ! マジで消えた!」


 俺は実際に返送が出来たことに驚きの声を上げる。


「次は召喚をやってみるか…」


 俺はアシュトレトの名を念じながら召喚を行う。


 

 カチンッ!


 

 パンを齧り付くのに空振りしたアシュトレトの姿が現れる。


「おぉ!! 召喚も出来たぞ!!」


 アシュトレトの方はパンを齧り付くのに空振りして、状況がつかめずキョトンとした顔をしている。しかし、再びパンに齧り付こうと顔を前に伸ばしてくる。


 

 アシュトレト、返送!



 俺が念じると、パンに齧り付く前に再びアシュトレトの姿が消える。



 アシュトレト、召喚!



 俺が念じると、齧り付きに空振りしたアシュトレトの姿が現れる。



「おもしれぇ~!!」


 

 俺は検証の為に何度も召喚と返送を繰り返す。これは面白い事に利用できそうだ… 例えば、俺がマイSONを臨戦態勢にした状態でベッドの上で横たわって、そこでアシュトレトを召喚して、ずっぽしハマるかチャレンジしてみるのも面白いな… それでピストンの代わりもできるか試してみるのも良い…



「ちょっと、イチロー! 何をやっているの!」


 突然、食堂の入口から声が響く。何事かと思って視線を向けてみるとミリーズの姿があった。


「イチロー… その娘、涙目になっているじゃないの…可哀相だから止めて上げなさいよ…」


 ミリーズに言われてアシュトレトを見てみると、涙目になりながらプルプルと震えていた。


「…すまん、ちょっとやり過ぎたな…今度は直前で返送したりいないから…パン食うか?」


 俺がそう言うと、涙目になりながらチラリと上目遣いで見て来て、餌を前にだされた野生動物のように警戒しながら、顔を近づけてくる。


 

 ぱくっ!



 そして、そのまま俺の手から齧り付く。ってか、手で取らんのかーいっ!って突っ込みたくなった。



「おひしぃ~♪」


「そ、そうか…口に合って良かった…」


 先程までは涙目であったが、今はご機嫌で口をもごもごと動かしている。


「イチロー、あんまりいじめたらダメよ」


「そ、そうだな…ところでミリーズは何しに来たんだ?」


「私は、お酒の飲み過ぎで喉が渇いたから、お水を飲みに来たのよ」


 そういって、ふらついた足取りでこちらにやってくる。


「ちょっと、足元がふらついているな、俺が取って来るからミリーズは座ってろよ、あとアシュトレトにもさっきの詫びとしてジュースでも持ってきてやんよ」


「わーい♪」


 アシュトレトが子供の様に喜ぶ。まぁ、メスガキだから仕方ないか…


 俺は厨房でトレイにミリーズの水とアシュトレトのジュース、そして自分の分のアイスコヒーを準備して食堂に戻る。


「はい、ミリーズ、冷たい水だ。ほれ、アシュトレト、ジュースだぞ」


 それぞれに飲み物を渡して、俺も飲み物を手に取り椅子に腰を降ろす。


「うわ! これ、凄い美味しいわ! こんなの飲んだの初めてよっ!」


 こいつ…ホラリスで良く飲まれているリンゴジュースすら飲んだことが無いって、どんな扱いをされていたんだよ…


「ところでイチロー…」


「なんだ?ミリーズ」


「この子、拾って来たけど、どういう経緯で知り合ったの? 悪魔を融合させた人間なんでしょ?」


「あぁ、その事か、実は…」


 アシュトレトが余りにも小物で馬鹿馬鹿しい話だったから、ミリーズ達には伝えていなかったが、気分転換で街に繰り出した時の話をミリーズに告げる。


「イチロー! 貴方に魔族の軍門に下れって、この子が話してきたの!?」


「あぁ、そうだ、全く話にならなかったから断ったけどな」


「取引の内容よりも、ここ聖都ホラリスに魔族の手先が侵入していることが問題だわっ!」


 ミリーズは眉を曇らせる。


「まぁ、こいつは魔族の手先で悪魔と言ってもベースが人間だから、怪しまれずにホラリスに潜り込めたんだろう… って、お前の元々の雇い主というか上司は誰なんだよ? 魔王そのもの…って事は無いだろうな… どこかの魔人か?」


 俺はアイスコヒーを飲みながらアシュトレトに尋ねる。


「いいえ、人間よ」


 アシュトレトはリンゴジュースを飲んだ後の口周りをぺろりと舐める。


「それ! 本当なの!? 人類を裏切って魔族につく人間がいるなんてっ!!」


「えぇ、本当よ、私に指示していたのは間違いなく人間だったわ」


 アシュトレトはそう言って、空になったグラスを弄びながら、物欲しそうに俺を見る。


「…分かったよ、お代わりを入れてきてやんよ…」


「わーい♪ ありがとう~ マスター・イチロー様っ!」


「マスター・イチローって…まぁいいや」


 俺は空のグラスを掴むと、厨房へ向かいリンゴジュースを注いでやる。ついでに何かつまみが欲しくなったので、何かないかあら捜しをする。



「嘘よっ!!!! そんなのっ!!!!」



 突然、ミリーズの怒りを含んだ怒鳴り声が響く。


「ん?なんだ?」


 俺はあら捜しを止めてすぐさま食堂に戻ると、怒りと困惑の表情をしたミリーズが肩を震わせながら立ち上がり、そのミリーズに脅えたアシュトレトが俺の所にかけて来て、俺の後ろに隠れだす。


「おいおい、どうしたんだよミリーズ…そんなに取り乱して…」


 俺もミリーズの取り乱しっぷりに、困惑する。


「そんな…そんな…教会の人間が…人類を裏切っていたなんて…信じられないわっ!!」


 ミリーズの声が食堂に響いた。


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