第421話 小悪魔のメスガキ

「おい…シュリ…お前、時々、変なものを拾ってくるな…前回はミケだったし、今回はメスガキか… で、どこで拾ったんだ?


 まるで子猫でも摘まみ上げるようにメスガキの首根っこを掴んでいるシュリに尋ねる。


「外の出たすぐのところで見つけたのじゃ、先日の仕返しをしてやろうかと思ったが、『右や左の旦那様…何か恵んでくだせい・・』と言いながら、あまりにもみすぼらしく物乞いをしておったので、憐れに思ってこうして捕まえてきたのじゃ」


 確かにシュリのいう通り、前回のイキリメスガキ状態から、へなへなの状態になっている。


「お前…なんでそんな事になってんだよ…」


「アシヤ・イチロー…貴方たちを陥れる為の罠にお金を勝手に使い込んだから、契約を解除されて叩き出されたのよ… 貴方の所為よ」


 メスガキはべそ掻きながら言ってくる。


「俺の所為って… お前の単なる自爆じゃんか… ほら、あれだけの買い物に金を使い込んで失敗したら叩き出されるわな…」



 ぐぅぅぅぅぅぅ~



 突然、メスガキが盛大な腹の虫を泣かせ始める。


「うぅっ… あの後、戻ってからすぐに叩き出されたから、それ以来何も食べてないのよ…」


 丸二日ほど何も食ってない計算なのか…


 俺は皿に残っていた骨付きあばら肉を手に取り、野生動物にやるようにメスガキの前に差し出す。


「これ、欲しいか?」


「欲しいっ!」


 メスガキは涎を垂らしながら、俺の手の骨付きあばら肉をじっと見る。


「俺に完全服従するなら、この骨付きあばら肉をくれてやってもいいぞ?」


 このメスガキは頭は相当バカだが、感度も良いしアレの締まりもいいのでハーレム要員として置いておくのも悪くはない。


「い、良いわよ… べっ、別に貴方に服従したいんじゃなくて、ほ、骨付きあばら肉が欲しいだけなんだからねっ!」


「なんで、そこでツンデレなんだよ… まぁいいわ、食えよ…」


 俺がそう言って骨付きあばら肉をさらに突き出すと、メスガキはそのまま俺の手から骨付きあばら肉を口で食らいつく。


「いや、自分の手でとって食えばいいだろ…ってなんだ?」


 突然、メスガキが光り出す。


「イチロー、何? その子…」


「ダーリン、どうしたのよ?」


 後ろからやっと起きてきたアソシエとプリンクリンの声が掛かる。


「いや、先日、俺を罠に嵌めようとしたメスガキが乞食になってたんで食べ物を与えたら、急に光り出して…」


 二人に事情を説明すると今まで黙っていた聖剣まで喋り出す。


「イチロー…貴方、何てことしてるのよ…」


「お前まで、何だよ…」


「貴方、その悪魔の小娘と従魔の契約を交わしたのよ…」


「えっ!?」


 俺はメスガキに向き直る。すると先程まで、しなびた野菜の様だったメスガキの顔がまるで向きたての茹で卵のようにつるんつるんにツヤが出ている。


「なるほど… その子、悪魔っ娘だったのね… ダーリンの従魔になったって事は何処かに契約の紋章が描かれてない?」


 プリンクリンがメスガキに従魔の紋章がないか尋ねてくる。


「従魔の紋章? そんなもん、どこに現れたんだ? 顔には何もないな… 身体の方は… 露出度の高い服を来ているから分かりそうだが… あっ!」


「あったの? どこにあったの?」


 従魔の紋章はある事にはあった… しかし…場所と形が… かなりヤバい…


「… かなり珍しい場所に珍しい型の紋章が出来ているわね…」


 プリンクリンがメスガキの紋章を覗き込む。


「イチロー… その紋章って…」


 アソシエが怪訝な顔して俺を見る。


「言うな…アソシエ… 多分、この場にいる人間でその事をそう考えているのは俺とお前だけだ…」


 アソシエにそれ以上公言しないように口止めする。


 メスガキの下腹部にはハート型を基調としたピンク色の紋章が描かれている… どう見ても淫紋です…ありがとうございました状態である。


「はっ! なんだか力が溢れてきたわ! こんな事初めてよ! これが食事の効果なのね!」


 メスガキが我に返ってそんな事を言い出す。


「ちょっと、貴方、いいかしら?」


「誰です?」


 メスガキはプリンクリンに話しかけられて、プリンクリンに向き直る。


「私はダーリンのハニーのプリンクリンよ、それよりさっき、力が溢れてくるのは初めてって言ったけど、前の契約者の時にはそんな経験はなかったの?」


「無かったわね… 召喚されてすぐにこの身体に宿らされて、命令されただけだからね…」


「なるほどね…」


 プリンクリンは一人納得したように頷く。


「プリンクリン、一体どういう事なんだよ?」


 そんなプリンクリンに事情を説明するように促す。


「この娘、最初の召喚時にちゃんとした契約を結ばれて無かったのよ… だから、宿主になった人間の力しか使えなかったのね…」


「ん? 人間の力しかって事は、今は悪魔の力も使えるってことか?」


「そうよ、でも元々は下級悪魔だから大した力は使えないと思うけど… 基本的な事は、好きな時に召喚したりまた返したりすることね」


「えっ? どこでも好きな時に呼び出せて、また戻す事ができるのか? どうやってするんだ?」


 という事は、このメスガキを使って『どこでもオナホ~』(某猫型ロボット風)が出来るって事か… これはいいな…


「そうね召喚と返送を行うには、この子のちゃんとした名前を知っておく必要があるわ、それで、名前を呼びながら念じれば使えるようになるわね」


 俺はプリンクリンの言葉を聞いてメスガキに向き直る。


「おい、メスガキ、お前の正式な名前は何て言うんだ?」


「わ、私の悪魔としての名前はアッシュ、そしてこの身体の名前はトレトよ… 前のマスターには…お前って呼ばれていたわね…」


「じゃあ、お前の名前はこれから『アシュトレト』だ!」


 俺がそう言うとメスガキが再び発光する。


「また光った!」


「ダーリンって、ホント面白い事を次から次へとするわね…」


「ん? 何のことだ?」


 俺はプリンクリンに向き直る。


「普通、悪魔と契約をする時は名前を縛ってから、契約する流れなのに、ダーリンは順序が逆なんだもの…」


「…まぁ、コイツの場合、バカだから… 名前が知られる前に屈した方が良いって考えたんだろうな… しかし、プリンクリン、やけに悪魔の事について詳しいな」 


 そう言えば、聖剣がやけにプリンクリンを警戒してたな…魔の臭いがするって…


「だって、私の魔法の専門は元々、悪魔の使役に関して何だもの」


「そうなのか?」


「えぇ、そうよ、私が魔人と呼ばれていたのは、魔族に加担しただけではなくて、悪魔の力を取り込んだからそう呼ばれていたのよ」


 プリンクリンがサラリととんでもない事を言ってのける。


「おまっ! 悪魔の力を取り込んだって…一体どうやって?」


「契約する前に力を見せて欲しいと言って、様々なものに変化させ、最後は一口大のケーキに変身した時に食べて取り込んだのよ」


「…だから、貴方、あんな等価交換魔法って特殊な魔法が使えるようになったのね…」


 プリンクリンの説明にアソシエがドン引きしながら声を漏らす。確かにプリンクリンの等価交換魔法って奴を他の人間が使ったところを見たことが無いのはその為だったのか…


「そう言う事よ、それより、私、とても眠いわ… 早く宿泊施設に戻りましょうよ、ダーリン」


「あぁ…そうだな…メスガキの事については宿泊施設に戻ってから色々事情を聞いた方がよいな…」


 そんな訳で、俺はアシュトレトという悪魔っ娘を手に入れたのであった…



 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 とある司教の執務室に下級神官が駆けこんでくる。


「司教様!! 大変です! 大変でございますっ!」


 部屋の中の司教は長時間の会議から一時的にようやく休憩の為に解放されたところで、ストレスにより苛立ちを感じていた。


「何事だ! 騒々しい!!」


「しかし、大変が事が起きまして…」


 下級神官に怒鳴りつけたものの、何か異変が生じた時はいの一番で報告するように厳命していた事を思い出す。


「…言ってみろ…」


 司教は込みあがる苛立ちと怒りを抑えて命令する。


「は、はいっ!! あのアシヤ・イチローが街の中で勝手に聖剣取得の凱旋パレードを行いましたっ!!」


「なんだとっ!!!!」


 司教はその報告に座席からバネの様に立ち上がって驚愕する。


「街の中を何度も何度も周回し、街の者たちと酒を酌み交わして語らい、多くのものがアシヤ・イチローが聖剣を手に入れた事を確認したそうです… アシヤ・イチローが去った街では、未だに聖剣の勇者が現れた祭りを行っている様子です…」


 ダンッ!!!


 司教は渾身の怒りを込めて事務机を叩きつける。



「何という事だっ!!! それだけの人間に知られてしまっては、もはや内々に聖剣取得がなかった事には出来ないではないかっ!!!」


 司教は会議中、ずっと聖剣の取得がなかった事にする様々な陰謀を企てていたが、あくまでもそれは教会内部だけにその情報がとどめられていた場合の話である。


 多くの目撃者がいる現状で、聖剣取得を無かった事にすれば、教会はその信用を失い、その権威は地に落ちる事になるだろう… 魔族との紛争が発生している現在、聖剣の勇者を認めない行為は、人類に敵対する行為だ。


 今まで魔族側と取引し、陰に隠れて甘い汁を啜っている状態は都合が良かったが、人類の敵対者とやり玉に上がる事は絶対に避けたい。下手すれば、今まで魔族側と通じていた事すらバレてしまう可能性がある。


「一体どうすれば…どうすれば良いのだ… これ以上の失態を重ねてしまえば…私まで着られるではないか…」


 司教は机の上を爪を立てて掻き毟る。


「司教様、アシヤ・イチローは今、街で飲み明かして、教会の宿泊施設に戻っているそうです… きっと今頃は奴らは酔いつぶれているやもしれませぬ…」


「となると… 今夜が聖剣を取り戻すチャンスという事か…」


 下級神官の提案に司教の目に希望の光が灯る。


「はい! 聖剣の勇者と言えど人間…浮かれて酔いつぶれている所であれば…聖剣を奪い取ることなど容易い事でしょう…」


「分かった…使える人材は全て使って聖剣を奪取しろ…よいか? 失敗は許されぬぞ…」


「分かりました…」


 こうして教会に潜む闇が本格的に動き出した…






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