第419話 イチローの目覚め

「ん、ふわぁ… あぁ~!!!」


 俺は目を覚ますと、盛大に欠伸をしながら伸びをする。どれだけ眠ったのか分からないが、昨日の身体全身に伸し掛かっていた疲労感や脱力感がかなり緩和されていた。


「おっ、あるじ様、目を覚ましたのか」


 その声に視線を向けると、シュリが空の哺乳瓶を持ってベッドの側に立っていて、その後ろの向こう側では、プリンクリンがソファーをベッド代わりにして眠っている。


「…今、何時だ? どれだけ眠っていた? なんで向こうでプリンクリンが寝てるんだ? 最後に何でシュリは哺乳瓶なんて持っているんだ?」


 俺は思いついた疑問全てをシュリに投げかける。


「そんな一度に尋ねられても、わらわの口は一つしかないぞ」


「じゃあ、順番で話せばいいだろ」


「じゃあ、先ず、今何時であるじ様がどれぐらい寝ていたかじゃが…」


 そう言うと、シュリは窓際に行ってカーテンを開け放つ。すると眩しい朝日が部屋の中に差し込んでくる。


「あるじ様は丸一晩眠っていて、今は翌朝の朝飯前じゃ」


「えっ? たった一晩なのか? それにしては思った以上に疲労が取れてるな…」


 俺は聖剣を俺の波長に染め上げる為に、ほぼ全ての魔力やら気力やら体力やらをつぎ込んだはずである。普通、そんな事をすれば、丸々2・3日は動けなくなるはずであるが、今は致す事もできそうなぐらいに体力が回復している。


「それはこれじゃのう、あるじ様が疲労した時には、信頼と実績があるアルファーのロイヤルミルクを飲ませたからじゃ」


 そう言ってシュリは空になった哺乳瓶を掲げて見せる。


「…どうしてオッパイトゥマウスじゃなくて、哺乳瓶経由なんだよ…」


「アルファーはあるじ様の子供の世話もあるから、つきっきりと言う訳にはいかんのじゃ」


 くっ! 俺も子供に戻りたい…


「それと、プリンクリンの事じゃが、聖剣に本当に魔族側から人類側に寝返ったのか、一晩中事情聴取されていたようじゃのう… 先程、聴取が終わって寝始めた所じゃ」


「お、おぅ…そうなのか…」


「そうよ」


 すると、ソファーの近くに置かれていた聖剣が答える。


「私は疑わしきは処すスタイルだから、私が納得するまで弁明してもらったのよ」


「お前が納得するまでって…」


 俺ですら、あれだけ話して納得させることが出来なかったのに、しかも俺の場合は納得させられなかったら諦めたらいいだけだが、プリンクリンの場合は自分の命が掛かっているから必死だっただろうな…


「ついでに貴方の周りの人間関係も説明してもらったけど… やはり、私の睨んだ通り、貴方…狼…いや猿ね… どれだけの女と関係を持っているのよ、信じられないわっ! 汚らわしいっ!」


 寝起きに凄い暴言を吐かれる。


 俺はそんな聖剣を無視してシュリに向き直る。


「昨日の去り際にアイリスが慌ててどこか駆けていったけど、それで、教会側から何か連絡が入ったか?」


「いや、今のところは連絡は来てないようじゃ、今朝ミリーズ殿も問い合わせに向かったようだが、ずっと会議中だそうだ」


「よっぽど聖剣が誰かの手に渡るってのが想定外の事だった様だな、慌てっぷりが手に取るように分かるわ」


 今頃、お偉いさんが雁首揃えて、渡すだの渡さないだの、渡すと教会の権益が、渡さないと教会の権威が、と堂々巡りの議論を繰り広げているのだろう。その渦中で担当者の澄まし顔のアイリスがどんな顔をしているか見てみたいものでもある。


「それで、これからどうするのじゃ? あるじ様よ、教会側の結論が出るまで、ここで大人しく待っておるのか?」


「うーん…」


 俺は少し頭を捻って考える。いつ終わるか分からない教会の会議を待っているのも暇だし、寝ている間にアルファーのロイヤルミルクを飲ませてもらってと言えども、固形物は食べてないので腹は減ってるし、それと折角、聖剣を手に入れたのだから、何かお祝い事もしたい…


「街に繰り出して、何処かのレストランで盛大にお祝いパーティーでもするか…」


「えっ? 教会の連絡を待っておらんでよいのか?」


 宿泊施設で待たない事にシュリは目を丸くする。


「別に結果が出て、すぐに対応しなければならないって事はないと思う、それに俺達の馬車ではなく、ここの観光用の馬車で街に向かえば、俺達が聖剣持って逃げ出したとも思われんだろ」


「あぁ、そういうことなら、ここで待っておらんでもよいな、それに確かに聖剣取得の祝いもせんとな」


「じゃあ、早速出かける準備をするか」


 そう言って俺はベッドから立ち上がり、服装を整えはじめた。


「えっ? もう出かける準備をするのか?」


 シュリは更に目を丸くする。


「あぁ、俺は腹減ってんだよ… それにこの前街に出た時に御馳走を食べ損ねたからな」


「それはわらわの同じじゃな、ポチのようにもう道に落ちているものや、びしょびしょになったものは食えん…」


 シュリは完全に野生に戻れない状況になってるな…


「では、よいっしょっと… じゃあさっさと皆が朝飯を食う前に声を駆けて回るか」


「ちょっと待て、あるじ様よ、何故、プリンクリンを背負っておるのじゃ?」


 熟睡しているプリンクリンを背中に背負う俺に、シュリはまたまた目を丸くする。


「えっ? だって、皆でこれからお祝いの御馳走を食べに行くのに、一人だけ置いて行ったら可哀相だろ」


「でも、先程眠った所じゃぞ?」


「暫く休めむか、腹が減れば起きるだろ、ささっ皆に声を駆けに行くぞ!」


 こうして俺達一同全員で街にお祝いに御馳走を食べに行くことにしたのであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 イチローが目覚めるより半日前、教会本部の一画にて…



「枢機卿猊下!! 大変でございますっ!」



 一人の慌てて取り乱した司教がとある人物の元へと駆けつける。


「何事か…騒々しい… 私と接触する時は内密にと厳命しておろうが…」


 猊下と呼ばれた人物は、言葉の内容とは裏腹に、穏やかな口調、柔和な表情で答え、チラチラと辺りを見て、他に人がいない事を確認する。


「はい…申し訳ございません…しかし、大変な事態が生じたもので…」


「言ってみよ…」


 猊下は司祭に振り向かず、窓の外を眺めながら答える。


「先程…アシヤ・イチローなる人物が…聖剣を取得いたしました…」


 猊下と呼ばれた人物は、司祭にも分らぬように小さく歯ぎしりをする。


「…その様な事態にならぬよう、お前には魔族側との直接の繋がりが分らぬように、下級悪魔の授けたであろう… どうして止められなかったのだ…」


 今の所、この現世での敵対的種族である魔族と、別世界に存在する魔界の悪魔とは、直接的な同盟や共闘関係は確認されていない。だからこそ、猊下と呼ばれた人物は、手下として司祭に下級悪魔を授けたのだ。


「そ、それが…依り代として、足がつかぬように棄民を使いましたところ… 愚かで使いようにない存在となりまして…」


「それで失敗したのか… その下級悪魔の存在はあの男に知られてしまったのか?」


「はい…勝手にバカな作戦を実行しまして…」


 っち!


 猊下と呼ばれた人物は、後ろで跪く司祭にも聞こえる音で舌打ちをする。


「それで、その下級悪魔はどうしたのだ?」


「はっ… 手に負えず、追い出してやりました…」


 猊下と呼ばれた人物は、その言葉に思わず、怒声を上げそうになる。だか、そんな事をすれば目立ってしまい、この司祭と接触しているのが他の者にもバレてしまう。なので、ぐっと拳を握り締めて自分を落ち着かせる。


「…分かった…後で新たな手段を授けてやるので、今は下がるがよい…」


「ははっ! 承知いたしました…猊下…」


 報告を終えた司教は、猊下の纏う怒りの気配にそそくさとその場を立ち去る。


 司祭が去った後、猊下は一人頭の中で考える。



 バカな奴目… そうそうにその下級悪魔を処分せねば自分の足が付く事も分からんのか…

 そもそも、バカであるならバカなりに自爆テロにでも使えば良い物を…


 そのように愚かな判断しか出来ぬから…私に切られる事になるのも分らぬのだ…


 

 そう思索した猊下は次の準備をする為に自室へと戻ったのであった。


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