第417話 ファイナルコンタクト

「あっ、これはアシヤ・イチロー様、おはようございます」


 読書に熱中していて、俺がすぐ近くに来るまで気が付かなったアイリスは、本を畳み挨拶をしてくる。


「あぁ、おはよう、アイリス」


「おや? 今日は保護者の方を同伴なさっておられるのですね」


 アイリスは側にいるシュリに姿にも気が付いて声を掛けてくる。


「あぁ…だが今日はあるじ様の保護者としてではなく、同行者として参った」


 シュリはアイリスに対して反射的にピクリと動いて頭を下げようとしたが、ぐっと堪えて今回の来ている意味を伝える。


 シュリの事だから、『うちのイチローがいつもお世話を掛けております』とか言って頭を下げるつもりだったのであろうか… やめてくれよ…そんなかーちゃんみたいな事は…


「兎に角、さっさと聖剣の所まで案内してくれないか? こんな茶番、今日で最後にしたいんだよ」


「それは…聖剣様を諦めてお別れの挨拶に来られたという意味ですか?」


 いつもの様に無表情で聞いてくる。よくよく考えれば、アイリスも聖剣を担当しているだけあって結構毒舌だよな… いつかはその澄ました顔をよがらせてやりたくなってくる。


「…好きに考えろ、さぁ、案内してくれ」


 俺も真顔で答える。俺は今日で決めるつもりであるが、今日の作戦が失敗すれば、俺には聖剣を手に入れる手段がこれ以上は思いつかない… だから、失敗すれば今日が最後になる事には変わりない。


 俺の言葉に何も表情を変えずに、アイリスはいつもの歩調で聖剣がある保管室へ歩き始める。そして、保管室に辿り着きアイリスが部屋の中に入ると声を上げる。



「聖剣様、アイリスです。今日はアシヤ・イチロー様が最後のお別れの挨拶に来られたそうです」


「まぁ! ようやく私の事を諦めてくれたのね! 私もそろそろあの茶番に辟易していた所なのよ」


 聖剣とアイリスの二人そろって俺に対して毒を吐いているが、俺はそんな言葉を構わず、ツカツカと聖剣の所へ歩いていく。



「ちょっと、何よ、何か言いなさいよ」



 無言で突き進む俺に聖剣が声を上げる。だか、俺は構わず近づき続ける。



「なっ! 私、最初に言ったでしょ!! 近づかないでって!!」



 聖剣がピクリと反応する。


 やはり、動いたか!ならばっ!!



「ミストッ!!」



 俺は霧の魔法を発生させる。



「えっ!? なに!! 何をやってるのっ!」


 

 思いがけない俺の行動に聖剣は声を上げる。



「シュリ! 今だ! やれ!!」


「あいわかった!!」



 シュリは即座に答えると収納魔法の中から麻袋を取り出し、中身を捲き散らかす。



「何をするつもりなの!!! 最後の私に嫌がらせのつもりっ!?」



 何かが俺を叩き飛ばそうとする! だがっ!



 バシッ! パシッ!!


「やっぱり、俺の予想通りだ…」



 俺を叩き飛ばそうとした二本の物体を掴み取る。



「最初に近づいて弾き飛ばされそうになった時に気が付いたんだが…お前の近づけさせまいとする力はバリアの様なものではなく、透明な腕の様な物だと考えたんだがその通りだったな…でも湿らせて小麦粉を撒いてやればこの通り、種が丸わかりだ」



 俺は今、小麦粉がへばりついて丸見えとなった聖剣から伸びる二本の腕を取り押さえている。



「クッ! でも、私の腕を掴んでいる限り、私には近づけないわよっ!!!」



 聖剣が負け惜しみを言ってくる。だが、実際二本の腕は凄い力なので、このまま力比べをして聖剣に近づく事は困難だ… しかし…



「だが、そんな事も想定通りだ… 対策を考えているんだよ!」


「嘘よ! そんなの負け惜しみよっ!」



 聖剣が腕の力を増して声を上げる。



「シュリ!!!」


「あるじ様!!! わらわがその腕を掴んでおればいいのじゃな!?」


「わかってるじゃねぇかっ!!」


 シュリが俺の所に進み出て、二本の腕をガッチリと掴む!



「そんな小娘如きで…って! 何なのっ! そのバカ力はっ!!!」


「バカではない!! ドラゴン力じゃっ!!!」



 シュリがバカと言われたことで、二本の腕をギリギリと締め上げていく。



「さて…これでお前の腕に邪魔される事無く、お前の本体に触れる事が出来るな…」


 

 俺は口元にニヤリとした笑みを浮かべる。



「うっ嘘っ!? いやっ!! 近寄らないでっ!!!」



 だが、俺は肩で風を切りながら聖剣に近寄り、その柄に手を伸ばす!



「いやぁぁぁぁぁ!!!! 痴漢っ!! 痴漢よぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 聖剣は鼓膜が破れそうなぐらいの悲鳴を上げる。



「うるせぇぇぇぇ!!!! 黙って俺の物になりやがれぇぇぇぇ!!!!」



 俺も聖剣に負けないぐらいの声を大きさで叫び、柄を握り締める!!!



「くっ!!! 私を舐めないでっ!!! 私はホイホイと股を開くような安い女じゃないのよっ!!!」



 聖剣はそう言うと、刀身を蛇の様にうねうねさせ始め、剣を安置する石製の台座に絡みつく。



「ちょっ! おまっ!!! まだ、そんな隠し玉を持っていたのかよ!!!」



「フフフ、300年間操を守り通したこの私が、そんなに簡単に体を許すわけないでしょっ!!!」



 俺自身も台座の上に立っているので、台座ごと持ち上げるようなことは出来ない。ならば、ここは力任せに聖剣を引きはがすしかない!!!



「筋力強化!!!! 心肺機能向上!!! 筋力ブーストオンっ!!! お前に人工筋肉にも筋力強化だ!!!」


 

 俺は自身の体の強化と、万が一の為に着込んでいたディートの作ってくれた筋肉アシストオンにしてその上で強化魔法を掛ける!!!



 ギギギ…ミシミシミシ…


「ちょっと!!! 貴方! なんてバカ力をしてんのよっ!! このままでは私が千切れちゃうじゃないのっ!!!!」


「千切れたく無かったら、さっさと抵抗を諦めて、俺の物になりやがれっ!!!!」


 

 俺も今できるフルパワーで聖剣を引き抜こうとするが、聖剣も台座にしがみ付いて必死に抵抗する。



「くっ!!! ならば…最後の力よっ!!!!!」



 聖剣がそう言った途端、聖剣から波動が発せられ、俺を弾き飛ばそうとする。



「くっそ!!! なんだよこれっ!!!!」



 凄まじい波動が俺を襲う!!



「フフフ、聖剣は悪しき魔族に使われないように、波長の合わないものには使えないようになっているのよっ!!!」


「何だよっ!それっ!!! 俺、聞いてないぞっ!!!」



 聖剣の柄から手を放した瞬間、俺は天井まで弾き飛ばされそうなぐらいの波動を浴びる。



「早く諦めなさい!!! そうしないと弾き飛ばされてぺちゃんこになるわよっ!!!」


「ここまで来て諦められるかよっ!!! ならば逆にお前を俺の波長に染めてやるわっ!!!!」



 俺はそう声を上げると、俺の魔力や気力、精神力と言ったものを逆に聖剣の中に注ぎ込むっ!!!



「ちょっ!!! ちょっと!!!! 私に変なものを注ぎ込まないでよぉ!!! レイプ!!! レイプだわ!!!!」


「あぁ!!! 好きに言ってろよっ!!!! 例えどんな事を言われようとも、絶対に! お前を手に入れてやる!!!!」



 俺は御構い無くありったけの力を聖剣に注ぎ込む!!



「くっ!!! 例えこの身が穢されようとも!!!! 私の愛を捧げたアルド様の為に、心だけは屈しないわっ!!!!」


「知らねぇよっ!!! そんなもん!!!! そのアルドが守ったこの世界を!!再び守る為に!! お前の力が必要だっていってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



 俺は最後に残る渾身の力を振り絞って、聖剣を引き上げる!!!!



「!!!!!!」


 キィィィィィィィィィィン!!!!!!



 金属の甲高い音が保管室内に鳴り響く。



「あっ!!!!…」


 

 聖剣が小さく呟く。


 俺の手には台座から引き抜かれた聖剣があった。



「そ、そんな…信じられない… 300年間…誰も手にする事が出来なかった…聖剣様が…」


 普段、ずっと澄ました顔をしているアイリスも目を皿の様に見開いて驚愕する。



「くっそ… 手間を掛けさせやがって…この聖剣はよ…」


 こうして俺は聖剣を手にする事が出来たのであった。


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