第410話 真実の愛

 教会の第二保管棟の担当者アイリスは、いつもと同じ歩調で聖剣が納められている保管室へと向かう。


「聖剣様、アイリスでござます」


「あら? アイリス、今日は貴方一人なの?」


 聖剣はここ最近訪れる頭のおかしい連中の姿が見えないのでアイリスに尋ねる。


「はい、聖剣様、イチロー様は気分転換の為、今日はお休みになさるとご連絡が入ったので、そのご報告に参りました」


「気分転換…って事は、気持ちを持ちなおしたら、あの連中、また来るのね… 懲りない連中ね…」


 聖剣は安堵と呆れ交じりの口調で言葉を述べる。


「まぁ、あの方たちは今までの挑戦者と違って懲りない方々ですが、聖剣様も聖剣様で何というか…頑固ですよね」


「頑固? 私が? いいえ違うわよ」


 聖剣がアイリスの言葉を否定する。


「頑固ではないと仰るなら、聖剣様のそれは一体何なのですか?」


 アイリスは聖剣に問いかける。


「私は…一途…一途なのよ…」


「一途? 何に対しての一途なのですか?」


 アイリスはいつもの無表情のまま、少し首を傾げて尋ねる。


「それは愛…愛に決まっているじゃないの、私は愛に一途な女なのよ」


「愛? それは何に対しての愛なのですか?」


「それは勿論、300年前、共に魔王を倒した勇者アルド様に決まっているじゃないの!」


 聖剣は語気を強めて答えるが、勇者アルドの名前を述べる時だけは、何か特別な思いを込めてその名前を言う。


「300年前の勇者アルド様って、もう既に亡くなっていてこの世にはいないじゃないですか」


「それがなに?」


 アイリスの言葉に聖剣は即座に言い返す。


「いや、もうこの世にいない方を300年もの間、思い続けるなんて… それにアルド様以降にも、優れた勇者がおられたのでしょ? こんな地下の保管室にいるよりも、他の勇者の元で世界を渡り歩く方がいいんじゃないですか?」


「…アイリス…」


 聖剣は諭すような口調でアイリスの名を呼ぶ。


「はい、聖剣様」


「300年前、魔族との戦いで大怪我を追われて教会に運び込まれた、赤毛の勇者アルド様を見た時、私は一目見て彼を愛して、彼の為になる為に、神を降臨させて、アルド様に永遠の愛を捧げて、この身をアルド様だけの聖剣に変えたの…」


「存じております… そして、勇者アルド様と聖剣様の二人で魔王を倒した事も」


「改めて言うけど、私は永遠の愛を捧げたから聖剣になれたの、永遠の愛というものはね、相手が死んでいなくなったからと言って、他の人間に乗り換えるものではないのよ、死んだら終わりは永遠とは呼べない、私という存在があり続ける限り愛は不滅なのよ」


 聖剣は覚悟を示す様にアイリスに語る。


「でも、アルド様はこの世にいないのですよ? 存在しないのですよ? それでも愛し続けるんですか?」


「それは肉体だけの話じゃないの、アルド様の魂は消滅していないわ。貴方はアルド様の魂までもが死滅したとでもいうの?」


「いえ…そんことは…」


「でしょ? だから私は彼…アルド様を待ち続けているの… 今までの300年…そして、これからどれだけの月日が流れようとも… 再び生まれ変わったアルド様がこの私の目の前に現れるその日まで…」


 大切な思いを胸に抱き締めるように聖剣は語る。


「でも…300年ですよ? 300年… アルド様は既に生まれ変わった別の人生を送っておられるかも知れませんし、または、もっと先の未来や別の世界に生まれ変わって人生を謳歌されているかも知れないんですよ? それなのに、聖剣様はただ一人、こんな地下の保管室で待ち続けるのですか? なんの見返りもなしで…」


「アイリス、それは違うわ」


「何が違うのですが?」


「見返りを求めるのは愛ではないわ、それは利害関係… 愛とは無償で見返りを求めずに、尽くし施すから愛足りえるのよ。我が子に乳を飲ませて支払いを請求する母親なんていないでしょ?」


 聖剣の言葉をアイリスは理解出来たが、引っかかるところもあった。


「それはそうなのですが… 聖剣様…そこまでだと…なんというか…重すぎますよ…」


「私からすると皆が軽すぎるのよ」


「軽すぎ…ですか?」


「えぇ、そうよ、そもそも最初の話も、愛する人が先に亡くなったからといって、他の人と結婚するのは、私に言わせたら、片方の姿が見えない間に浮気するのと同じよ、寂しいから他の人を愛しました? バカじゃないの! そんな人の語る愛なんて、ただの肉欲よ! 肉欲! 愛じゃないわっ!」


 聖剣は自分とは違う愛の形を持つものを侮蔑するように言い放つ。


「でも、性交渉するだけはありませんし…」


 アイリスは聖剣が侮蔑する人を擁護するように言葉を漏らす。


「性交渉が無かったからって何? じゃあ、死んだ人はもう自分に利益やメリットもたらさないから、自分に利益やメリットをもたらしてくれる人に乗り換える? それこそ利害関係じゃないのっ!」


 聖剣の話は確かにその通りで筋が通っているので、アイリスは押し黙る。


「だから、改めて言うわ、真実の愛って言うのはね、永遠で見返りを求めない無償のものなの… だから、相手が死んだからって、肉体の事だけ重視して魂の存在を忘れて、他に移り気するものや、相手に愛情の対価を求めるような利害関係は愛とは飛べない… 私のアルド様への愛は見返りを求めず、期間限定でもない、永遠で無償のものなの… これこそが真実の愛…」


 聖剣は目の前にアルドがいるかのように愛しく語る。


「だから、私が誰のものにもならないのは、頑固ではなく、一途という事が分かってもらえたかしら?」


「…はい…聖剣様の重い…いや熱い思いは良く分かりました…」


「そう…分かってくれたのならいいわ… では、今日はもう下がっても良くてよ」


「はい、聖剣様、それでは失礼致します」


 アイリスは聖剣に一礼すると保管室を退出して、聖剣はただ一人残される。



「アルド様…私はいつまでもお待ちしております… 例え、幾万の月日が流れて、この身とこの魂が滅びようとも… その最後の瞬間までお待ちしております…」



 誰にも聞こえない聖剣の独り言は保管室の中に静かに響き渡った。


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