第404話 反省会

「はぁぁぁぁぁ~」


 俺は食堂のテーブルの上に両肘をつき、顔の前で手を組み合わせる所謂『ゲンドウ』のポーズを取りながらクソデカ溜息を漏らす。


 あの後、何時間にも渡って聖剣を説得し続けたが聖剣は話を聞く耳を持たなかった。


 何なんだよ…あの聖剣…滅茶苦茶色々と拗らせているな…俺がもっとも苦手にするタイプだ…


 苦手なタイプであっても、魔族に対する唯一の対抗手段なので、理知的に説明したり、泣き落としをしてみたり、時には脅したり、甘えたり、土下座をしてみても全ても、聖剣はギャオギャオと喚き散らすだけだった。


 ミリーズも一緒になって説得をしてくれたが、『そのオスの番の言葉なんて聞きたくない!』と聖女であるミリーズの言葉も受け付けなかった…


 ホントに何なんだよ…アイツ…


 そして、俺が途方に暮れていた所、担当の美少女アイリスが懐中時計を見て、



「そろそろ、定時ですのでお引き取り願います」



 とか言い出しやがった… お役所仕事かよ…


 そんな訳で、頭のおかしい聖剣とお役所仕事をする美少女のせいで、魔族の対抗手段が失われてしまった訳だ… 


 俺はこれからどうすればいいんだよ… やはりノブツナ爺さんが言ってた通り、山に籠って武者修行しなければならないのか? いや、そんな時間的余裕も、女のいない生活での俺の忍耐力も持たないだろ…



「はぁぁぁ~」



 俺は再びクソデカ溜息を着く。


「どうしたのじゃ、あるじ様、それに他の二人も…」


 食堂に来たシュリが俺に言葉を掛ける。


「ん? 他の二人?」


 シュリの言葉に俺は顔を上げると、俺の近くにカローラとミリーズの二人が、俺と同じ『ゲンドウ』ポーズを取りながら激しく落ち込んでいた。



「俺は…今日の聖剣チャレンジで…その…色々あったから何だけど… カローラはどうしたんだよ…」


 シュリに答えるついでにカローラに尋ねる。


「出なかったんですよ…」


 カローラが『ゲンドウ』ポーズのままポツリと呟くように答える。


「まさか…」


「えぇっ!! あれだけ開けていったのに、一枚もスーパーレアが出なかったんですよっ!!!」


 カローラが顔を上げ悲壮な叫びを上げる。


「マジかよ… ホラリス限定1弾目から現在最新の20弾目まで…しかも俺とお前の分、40ボックス分も開けてスーパーレアが一枚も出ないっておかしいだろ!!」


「でも事実として一枚も出なかったんですっ!!!」


 カローラは涙目になって訴える。


「もしかして、見落としているとか… そもそもホラリス限定カードにはスーパーレアが存在しないとか… その可能性は?」


「私もカード年鑑を見て、ホラリス限定にスーパーレアが存在している事は確認しているんですっ! ほら! イチロー様も見て下さいよっ! また、見落とししているかも知れないので、皆に確認作業まで手伝ってもらったんですよっ!」


 カローラは俺にカード年鑑を差し出す。シュリもカローラの言葉を肯定するようにうんうんと無言で頷く。


 俺は差し出されたカード年鑑をパラパラと捲り、ホラリス限定カードのページを見ると確かに1弾につき数枚のスーパーレアが存在している様だ。


 しかし、やらしいなと思ったのが、そのスーパーレアが、各宗派の神、神具や神器、最高司祭、有名信者などがあるが、そのカードは別々の弾に収録されている事である。これでは、欲しい宗派のカードを一つの弾で揃えることが出来ずに、他の弾も買い続けなくてはならない事である。


 俺も他の事ならカローラにアキラメロンと伝える所であるが、聖剣取得も失敗し、スーパーレアカードの取得も失敗したとあっては惨めすぎる。


「カローラ…もう一遍…いやスーパーレアが出る…いや揃うまで! カードを買いに行くぞ

!」


「本当ですかっ!! イチロー様!!」


 カローラはぱっと明るくなった顔を上げる。


「あぁ! 何も得られないまま引き下がれるものかっ! 絶対に手に入れてやるっ!」


 俺もぐっと拳を握り締めて宣言する。


「まぁ、それでカローラの気が済むのであればいくらでも買いに行けばいいじゃろ… ところでミリーズ殿の方は、何に落ち込んでいるのじゃ?」


 聖剣取得に失敗した事情を知らないシュリが、まだ一人落ち込んでいるミリーズに声を掛ける。


「…酷い事を言われたのよ…」


 ミリーズが『ゲンドウ』のポーズのままポツリと呟く。


「誰にじゃ?」


「…聖剣様に…」


「聖剣様? ほぅ、今日取りに行った聖剣が喋るのか? それで何と言われたのじゃ?」


 悩み事は全て吐き出さねば解決しないと考えているシュリは、ズバズバと聞いていく。


「………」


 しかし、ミリーズはすぐには答えず、暫し沈黙する。


「ほれ、言うてみぃ、何を言われたのか分からねば、解決しようがないじゃろ?」


 シュリが諭すように声を掛ける。


「…メス豚……聖剣様にメス豚って…言われたのよ…それも何度も何度も…」


 確かに俺に変わってミリーズが説得していた時に、聖剣がメス豚メス豚って連呼してたな… その時は毅然としていたがやっぱり気にしていたんだ…


「いや、ミリーズ殿は人間じゃし、太ってもおらぬから気にしなければいいじゃろ…」


「でも、私、冒険しなくなって体も動かさなくなったし… 子供も二人産んだし… それにイチローの所での食事も美味しいから一杯食べちゃうし…」


 ミリーズはミリーズで色々と思う所があるんだな…


「いやいやいや、ミリーズ殿はお世辞ではなく太っておらぬぞ、豚のように太っておると言うのなら、ほれ、あそこの…」


 そう言ってシュリは、食堂に来ている他の宿泊者を指差そうとする。


「おい!バカ!止めろ!!」


 俺は慌ててシュリの手を抑えて、指差されそうになった他のかなりふくよかな宿泊者に誤魔化す為の愛想笑いを作る。


 事情が分からないその宿泊者は厨房から食事のトレイを受け取ると、もりもりと食事を取り始める。


「シュリ…お前、バカな事を言うなよ…」


 俺はシュリに向き直り、反省を促す。


「バカな事を言うのなら、イチローも同じよ…」


「えっ? 俺も?」


 ミリーズの矛先が俺に向いてくる。


「そうよ…保管棟の入口で、変な妄想を垂れ流したでしょ… もうアレの噂が広まっているのよ… 私、ロクサーヌ様に『貴方の旦那様って、随分とおかしなことを仰るのね…』って憐れんだ目で見られたのよ… ロクサーヌ様に知られたという事は、私の知り合い全員に知れ渡ると同じことなのよ… もう私…恥ずかしくて恥ずかしくて… 外を歩けないわ…」


「マ、マジかよ…」


 あのロクサーヌっておばちゃん、スピーカーだったのかよ… おばちゃんスピーカーって、ある意味SNSより拡散力あるからな… しかも尾ひれ胸ひれ背びれまで付いてマグロの様な突進力と鰯の群れの様な数で広まっていくからな…とんでもない話になってそうだ…


「正直、すまんかった…」


 俺はミリーズに素直に頭を下げる。


「…まぁ良いわ…済んだことだし、ここに滞在する間だけ我慢すればいいだけの話だし…」


 ミリーズが『ゲンドウ』のポーズを解き、顔を上げる。


「それにそんな事よりも、明日の聖剣取得に向けて気持ちを切り替えないと行けないしね」


「えっ!? 明日も挑戦できるのっ!!」


 ミリーズの言葉に挑戦が終了したのではなく、続けられる事に俺は驚きの声をあげる。


「えぇ、もちろんよ、その為に昨日一日を使って教会で聖女の力を使い続けたんだから、それぐらいの忖度してもらって当然よ! あっでも、場所は祭儀上ではなく、あの保管室だけどね」


 そう言ってミリーズが微笑む。


「場所なんてどこでもいいっ!! この手に入るまで挑戦しつづけてやるぞ!!」


 俺は拳を天に突き上げた。



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