第401話 誰もが通る道

「じゃあ何か…アソシエは嗜む程度ではなく、ガッツリのめり込んでいた訳だな…」


「そうよ、私もアソシエから腐教活動されて腐レンズになったわけよ、ダーリン♪」


 宿泊施設への帰り道、プリリンに今回の一件の事情を聞いていたのだが、アソシエから皆にBL文化が広まったようだ。


 ちなみにアソシエが残していったBL本は、二人の男性が裸で肩を組み合い、ガッツ入り男掛け算のタイトルが入っていたので、恥ずかしいから裏返して持とうとしたら、裏側は表側のイラストの男性の後ろ姿になっており、ガッツリ男の生ケツが二つ並んでいたので、速攻で収納魔法の中に隠蔽した。


 また、BL文化が広まった経緯の他にも、アソシエが黄昏の腐女子だとか、プリリンは光の腐女子だとか、ミリーズが闇の腐女子だとか、肉メイドには夜明けの腐女子が多いとか、俺の今後の人生にとって、まったくもって不要と思われる知識を教え込まれた。


 ってか、光とか黄昏とか…なんだよそれ…


 ただ聞き捨てならなかったのが、腐の連鎖を引き起こして腐ァミリー化計画まで立てていたというのは、背筋に悪寒が走った。どうも娘たちに腐の英才教育をして、腐の血統を築くつもりだったようだ…


 そんな事を聞きながら宿泊施設に辿り着くと、ネイシュが困った心配顔で駆け寄ってきた。今回の一件では、ネイシュが子守をしていたので外で何があったのかは知らない。


「イチロー! アソシエが帰ってくるなり部屋に閉じこもった!」


 アソシエがちゃんと帰ってきていた事に安堵する反面、ややこしい事になったと頭が痛くなってくる。


 言われてアソシエの部屋の前に行ってみると、皆が心配そうな顔をして集まっており、部屋の扉は天照大御神の天岩戸のように固く閉ざされていた。


「あるじ様! 外でアソシエ殿に何があったのじゃ?」


 シュリが代表して事情を聞いてくる。しかし、この場で答えてしまうと、部屋の中に閉じこもっているアソシエにも聞かれてしまうので、俺は人払いをする。


「何でもない…何でもないから…皆、各々の部屋に戻ってくれ…」


「あぁ、事情を察しろという事ですね?」


 カローラが何か感づいた顔をする。その言葉に答えてしまうと何かあった事を肯定することになるので、俺はただ皆を人払いして追い立てていく。


「さぁさ、さっさと部屋に戻れ」


 俺の言葉に皆、怪訝な顔をしたり首を傾げたりしていたが、カローラだけはニヤついていた。


 しかし、アソシエも俺にBL本を買いに行かせたときは、まったく動揺していなかったのに、どうして今回だけはこんなに拗らせているんだ?


 こうして閉じこもったアソシエの部屋の前に立っていると、昔テレビで見た引き籠り少年の話を思い出す。ここで俺がそのテレビに出てきた母親のように『アソシエちゃん!扉を開けて!そして顔を見せて!!』なんて事をすると余計に拗れる事が分かっているので、俺はそんな事はしない。


 かと言って、ここで他の人間を呼んで来ようものなら、『アソシエちゃん!お友達や先生も来てくれたわよ! だから扉を開けて!』状態になって更に拗れる事になる。



 さて、どうするべきか…



 そう俺が悩んでいると、最後まで残っていたプリリンが、小声で話しかけて来て俺の一冊の本を手渡す。



「これ…アソシエから頼まれていた本だけど、ダーリンに託すわ…」


「!!!!」



 俺は手渡された本の表紙を見た時に全てを理解した。この本こそが地雷であり問題の根源だったのだ。


 プリリンから手渡された、BL本の『ショタ神様姫受け』の表紙イラストに描かれているショタ神様はディートにそっくりなのである。


 つまり、アソシエはディートにそっくりなBL本を買っていた事が俺に知られたと思った事が問題の始まりだったのである。


 しかし…俺には自分に似たBL本を買いに行かせてなんとも無かったのに、ディートの時だけこんな事になっている状態は、…なんかモヤるな…


 全てを察した俺は、手渡されたBL本をプリリンに返して、小声で話す。


「すまんがこの本の事は、俺は全く気付かなかった事にして、後でお前からこっそりとアソシエに渡してくれ…いいか絶対に俺がこの本の存在を知った事を言うなよ…」


「…ダーリン…それでいいの?」


「あぁ、構わない…その代わり、その本は誰にも気づかれず、こっそりとアソシエに渡すんだぞ…」


「分かったわ♪」


 プリリンは俺にウインクして自分の部屋に戻っていき、アソシエの部屋の前には俺一人となる。


 一人になった俺はアソシエの部屋の前に向き直り、穏やかな声で呼びかける。



「アソシエ…聞いているか?」



 すると中からガタリと物音が響く。返事は無いが、ちゃんとアソシエが俺の話を聞いているのは分かる。



「アソシエは俺にBL本を買いに行っている事を見られて恥ずかしがっているのだと思うが…そんな事は気にするな」


 本当はあのショタ神様本が原因だと分かっているが、あえて俺が事情を間違って理解している様に告げる。



「俺だって昔、家に帰ったら、ベッドの下に隠してあったエロ本が机の上に置いてあったって事があるんだ… これは誰もが通る道なんだよ…」


 オカンの奴…どこに隠しても速攻で見つけ出すんだよな… まぁ、自分の恥ずかしい事も告げればアソシエも気が和らぐだろ…


「今すぐ出て来いとは言わん…でも、落ち着いたら…俺に顔を見せてくれ…」


 アソシエが扉の近くまで来ている気配を感じる。でも今すぐには顔を出しにくいはずだ…


「後で夕食を持ってくるから食べてくれ…」


 

 そして、俺は食堂に向かい、食堂のおばちゃんに体調がすぐれない者がいるから、部屋に持っていく夕食を準備してくれと言うと、快く引き受けてくれてトレイにアソシエの夕食を用意してくれた。


 俺はそのトレイを受け取って再びアソシエの部屋の前に向かう。



「アソシエ、夕食を貰って来たぞ、部屋の前に置いておくから、後で食べてくれ」


 部屋の中のアソシエにそう告げて、わざとカチャリと音を立てて、夕食の乗ったトレイを置く。これで部屋を開けさせるための嘘ではなく、ちゃんと夕食を持って来たことが伝わるだろう。


「後…お前があの時、落としていった本もここに置いておくから…」


 そう言って、俺は収納魔法からアソシエの落としていったBL本を取り出す。男掛け算のタイトルが見える表紙を上側に置くのはマズいと考えて裏返すが、裏表紙には表紙に描かれた男性二人の後姿の生尻が並んで見える。



 この裏表紙考えたの誰だよ…マジで勘弁してほしい…



 そして、俺はわざと足音を立ててアソシエの部屋の前から立ち去り、角を曲がったところでこっそりと顔だけ出してアソシエの部屋の様子を伺う。


 しばらくじっと部屋の様子を伺っていたが、扉の前にやってくるアソシエの気配を感じ取る。そして、扉の下からすっと手が伸びて、俺の置いたBL本が吸い込まれるように取り込まれる。



 先ず、そっちから回収するのかよ…



 しかし、食い気より色気に走るアソシエに安心して俺は様子を伺うのを止めて立ち去った。


  

 次の日の朝、気まずそうな顔をしていたが、食堂にちゃんとアソシエの姿があった。



「イ、イチロー…昨日はごめんなさい… 私、パニックを起こしちゃって…」


 アソシエが頬を赤らめながら俺に謝罪してくる。その後ろではプリリンがウインクのアイコンタクトをしてくる。どうやら、こっそりとあの『ショタ神様姫受け』本を渡せたようだな…


「いいよ、気にすんな…昨日も行ったが、誰もが通る道だし、俺もそうだった」


 こうして、BL本事件は幕を閉じたのである。

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