第400話 闇と欲望の信仰場

 カードの買出しが終わった後、シュリと皆の希望だった書店へと向かう。シュリは言っていた農業関連の本を探しに行き、カズオは料理、カローラはラノベ、プリリンは魔術関連、ネイシュは他の子供たちを連れて絵本コーナーに行く。アソシエはさっと店内を回って興味なさげにしている。


 俺はチラチラとコーナーの看板を見ていたが、どうもここの書店には成人向けの書籍は置いてないようだ。残念ではあるが、まぁ一応、聖都といって差支えないホラリスだから仕方が無いか…


 なので、適当に新刊をぺらぺらと見ていると、ネイシュと肉メイドのハナが子供たちを子供たちを連れて俺の所にやってくる。


「イチロー、そろそろ子供たちがお昼寝の時間だから、お眠になってきている」


 そういうネイシュとハナが抱きかかえる子供たちを見てみると、うつらうつらしている子や、もうすでに眠り込んでいる子供がいる。


「じゃあ、そろそろ宿に戻って子供たちを寝かしつけるか」


「うん、お願い」


 俺は店内の皆に向けて声を上げる。


「おーい、子供たちが昼寝の時間になったから、宿に戻るぞ! みんな、さっさと欲しい本を決めて会計を済ませろ!」


 すると、皆それぞれの手に欲しい本を抱えて会計の場所にやってくる。


「旦那ぁ… あっしの希望の本は三冊になるんでやすがよろしいでやすか? どれもこの地方でしかない料理のレシピが記載されているもんで…」


 カズオが三冊の本を持って申し訳なさそうな顔でやってくる。


「あぁ、料理のメニューが増えるなら構わんよ」


「わらわは一冊じゃ」


 シュリが一冊だけ持って現れる。


「ん? 一冊でいいのか?」


「基本的なものは、どこも同じじゃからのぅ、この地方の植物だけを記載した本を選んだのじゃ」


 次にプリリンがニコニコしたご機嫌顔で二冊の本を抱えてやってくる。


「なんだかご機嫌だな、いい本でも見つかったのか?」


「えぇ、ダリーン、私の知らなかった神聖魔法の本があったから♪」


 ご機嫌なプリリンとは対照的に、カローラは不機嫌な顔でやってくる。


「どうした、カローラ、お前は不機嫌な顔をしてるな」


「『とらみちゃん』とか『消える初恋』とかの新刊が出ているはずなのに、ここはどうも規制されいるのか、ドロドロした内容の本は置いてないんですよ…」


「お、おぅ… そうか…」


 カローラはドロドロしたのが好きだったな… しかし、規制されているのか…


 次にアソシエだが、本を選ばず皆が会計を済ませるのを会計の横で待っていた。


「アソシエはいいのか?」


「えっ? 私? えぇ、ちょっと欲しい本が無かったから」


「そうか、それは残念だったな、じゃあ、宿に戻ろうか」


 そうして俺達一行は教会本部の宿泊施設に戻る。宿泊施設に到着するとシュリは早速、本を読み始め、カズオは施設の係員に話をして厨房へと向かう。ネイシュは子供たちを寝かしつけて、カローラはカードパックを開封し始めた。


 皆、それぞれ買い物した物を呼んだり調べたりや、子供の世話で忙しそうだ… これなら俺に対する注意も薄くなって、単独行動が取りやすくなるぞ…

 

 そう考えて行動しようとした時にカローラが声を掛けてくる。


「イチロー様はカード開封しないんですか?」


 確かにカードパックの中身は滅茶苦茶気になるところではあるが、そんなことはいつでも出来る。だが、あの『闇と欲望の信仰場』に向かうチャンスは今しかない!


「お、俺はこれから申請結果を見てこようと思うから…後にしようと考えたんだ…」


「そうなんですか、ではいってっらっしゃい、レアが出たら報告しますよ」


 カローラはなんら疑問を持たず、カードパックの開封作業に戻る。



 そして、俺は目立たないようにしながら、こっそりと宿泊施設からでて『闇と欲望の信仰場』に向かう。案内地図を暗記して、先程の観光で下地調べはしているので、『闇と欲望の信仰場』までの道筋はバッチリだ。


 俺は普段あまり使う事のない、フードを頭に掛けて気配を消して道を歩く。この皆に隠れてこっそりと怪しい所に向かう事に、なんだか子供の頃に、親に隠れてこっそりとエッチな深夜番組を録画して、早朝にその記録を隠していた、あの背徳感と期待感に塗れたぞくぞくするような感覚を思い出す。



 『あの角を右か…』



 『闇と欲望の信仰場』という割には、裏道の細い路地を通るのではなく、普通の道を進んでいく。その事に『闇と欲望の信仰場』と言っているが大したことはないのでは?と思う所もあった。だが、現代日本の事を考えると、普通に表通りに個室ビデオやアダルトグッズなどをしている店舗がデカデカとした看板を掲げていた事を思い出し、淡くない期待を持ちつつ歩き続ける。


 すると、『闇と欲望の信仰場』の区画がはじまる道にデカデカとアーケードが掛かり、そこには凝った字体で『闇と欲望の信仰場』と表示してある。


 俺はその光景にゴクリと唾を飲む。



 『これは期待できるかも知れない…』



 そう思いながらアーケードを潜って中の商店街に進んでいく。そこで先ずアーケードの入口付近の店を見る。そこには『欲望の神像販売店』と看板が掲げられている。


 

 『ん? 普通に神像を売っている店か?』



 そう思いながらショーウインドーに展示されている神像を見る。



「なっ!!」



 俺は思わず声を漏らす。確かにショーウインドーに展示されているのは、先日の会食会で俺が貰った神像と同じようなものであるが、その神像は普通の神像ではなく、元の製作者とは違う者の手で改造が施されて、裸にされていたりエロいポーズにされている、いわゆる『魔改造』された神像であったのだ!



「マジかよ!! ここでこんなものが売られているのか!? しかもあの女神… スジが掘ってあるじゃねぇか!!」



 会食の場で下から覗き込んだらエロそうだなと思っていた女神の神像は、両手で花束を持つポーズから、両手でスカートの裾を持ち上げるポーズに変更されており、しかもノーパンでスジが見えるように魔改造されている。


 俺はショーウインドーからアーケードの連なる店舗に視線を移す。



「もしかして… ここに並ぶ店全部がこんな店ばっかりなのかよ…」



 他の店舗の看板には『闇と欲望の聖典販売所』とか『夜の修道服』とか、酷い物になると、『修道女の花びら大回転』とか『乙女と二人きりの懺悔室』とかまである。


 いくらエロ好きな俺でも『これはあかんやろ…』と思う程の光景だ。信仰も行き詰って拗れた方向へ行くとこんなことになるのかとも考えた。まぁ、ここ異世界で信仰される神は、古代神話の神も勿論いるが、多くは過去に偉大な功績を残して個人崇拝や現人神になったものも多くいるので、神と言えども元々人間が多い。


 だからそう言う対象になっても仕方が無いと言えるが、これはやり過ぎだ…


 しかし、そこで俺の魂(ゴースト)が囁く。



 『仕事に貴賤が無いように、エロにも人・神の区別はない… 目の前に掴めるエロがあるのなら手を伸ばすべき…』



 そうだ…俺は何の為に来たのだ…求めるエロがあるからここ居るんだ…


 

 そう覚悟を決めると、先ずは『闇と欲望の聖典販売所』に足早に店の入り口へと向かう。



 ドンッ!



「あっ!」



 そこで、俺は店から出てきた女性と出会い頭にぶつかってしまい、女性がバサリと抱えていた本を落としてしまう。



「す、すみませんっ!」



 俺は慌てて女性が落とした本を拾おうと手を伸ばす。だが、拾い上げた本の表紙には、二人の男性が肩を寄せ合うイラストが掛かれており、男掛け算された神のタイトルがついていた。



「えっ!? やだ!」



 女性は驚きの声を上げ、俺の手からBL本を奪い返す。



「こ、これは重ね重ねすみませ… えっ!?」



 俺は謝罪しようして女性の顔を見た時に、驚くというか固まる。



「えっ!? なんでイチローが!!」



 そこには俺の正体を知って驚くアソシエの姿があった。



「アソシエ…お前こそ…なんで…」


「い、いや…その…城のメイド達に頼まれて…」



 アソシエがパニック寸前になりながら、しどろもどろでそう言いかけた時、後ろから何冊もの本を抱えたプリリンまで姿を現す。


「アソシエ~ ミリーズに頼まれていた『リバ』本と、貴方が欲しがっていた『ショタ神様姫受け』本もあったわよ~!」


 そのプリリンの言葉にアソシエの顔は瞬間湯沸かし器の様に一気に真っ赤になっていく。



「あれ? ダーリンじゃないの! もう~ ダーリンったら♪ こんな本にも興味があったの?」


「えぇ? もしかして…ここってBL本がメインの場所なのか?」


「そうよ、ホラリスに来る前から皆と一緒に来ようと思っていた所なのよ。ねっアソシエ♪」


 プリリンはBL本の事について、あっけらかんと包み隠さずそう述べる。その言葉に湯気が出そうなぐらいに顔を真っ赤にしてわなわなと震えていたアソシエが、急に本を投げ出して声を上げて走り出す。



「いやぁぁぁ!!! こんな私を見ないでぇ~!!」


「いや、見ないでって…おいっ! アソシエ! どこにいくつもりなんだよっ!!」


 呼び止める俺の声を聞かずにアソシエは何処かに走り去ってしまい、ただ、呆然と立ち尽くし、俺とプリリンと、そして地面に落ちたBL本だけが取り残された。


「これ…どうすんの…」


 俺は地面に落ちたBL本を見つめてそう呟いた。


 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「やつめ…こんな所に…これは利用できるかも知れないっすね…」


 離れた場所からイチローを伺う小柄な陰はほくそ笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る