第395話 オタク的信仰

 俺達の馬車は魔族侵攻を受けたカイラウルを抜け、その隣国のホラリス聖王国の国境に到達する。先日の侵攻もあってか堅牢な防衛体制が敷かれており、装備の整った正規兵による国境警備が執り行われていた。


「何か身分や立場を示すものはあるか?」


 国境の門の前で馬車を止めると、警備兵が声を掛けてくる。


「えっと、認定勇者の証と、イアピース国の男爵位の証でいいか?」


 俺は警備兵にそれを掲示する。


「後、私のこの証も掲示するわね」


 ミリーズが胸元にぶら下げていた紋章の入ったペンダントを警備兵に掲示する。ミリーズは国境に差し掛かるに当たり、一応念の為に前を走る俺の馬車の方に乗り込んで貰っていたのだ。


「こっこれは! 聖女ミリーズ様っ!」


 警備兵はペンダントの紋章を確認する前に、ミリーズの顔を見て声を上げる。


「あら、私の顔も覚えて貰えていたのね」


「勿論です! そうですか! 聖女様御一行でございましたか! 失礼いたしました。どうぞお進みください!」


 警備兵が以外にも礼儀作法に則った一礼をした後、国境の門が開閉される。俺は馬車を進ませて国境を通り抜ける。その時に聖女ミリーズの存在に気が付いたものが表に出て来て、皆ミリーズに見送りの手を振り始め、ミリーズもそれに答えるようににこやかな顔で手を振り返す。


「人気者だな、ミリーズ」


 国境を通り過ぎた後、ポツリとミリーズに声を掛ける。


「ウフフ、私はこれでも聖女ですからな」


 ミリーズは微笑んで答える。


「しかし、ここホラリスの兵士は、国境の兵士ですら、なんだがお行儀の良い感じだな、他の国では、なんだかだらだらした連中が多いのに」


「魔族の侵攻の後だから正規兵が出向いているのもあるけど、基本的になんらかの神を侵攻する信者たちが兵役に就いているから、自主性が高いのよ」


「なるほど、自分たちが信仰する国や教会を守るって自負があるんだな」


 信仰を守る為の教会騎士とか聖騎士みたいな感じなのであろう。


「そうね、昔はちょっと問題もあったようだけどそんな感じね」


「問題? どんな問題があったんだ?」


 俺がそう尋ねると、ミリーズは少し困り顔をしながら答える。


「教会と言っても、他大陸の様な一神教ではなくて、この大陸の教会は多神教の神全てを束ねるものでしょ?」


「おぅ、そうだな」


 この大陸の教会は現代のキリスト教のような一神教ではなく、古代ギリシャの様な人間に近い又は、現人神を祭る多神教である。勿論、単一の神を祭った教会もあるが、多くの教会は主要な神々を祭っている。


 以前、蟻族と戦ったべアールのハニバルは戦いの神発祥の地なので、ハニバルの祭る教会があったり、元々遊牧民の国ウリクリでは牧畜の神を祭る教会が多いなどその地域ごとに特色があるが、基本どこの国、どこの町に行っても全ての神を祭る教会はある。


「それで、以前特にある神を信仰する者と他の神を信仰する者が、同じ場所で一緒に任務に就いていたんだけど、お互いの神の事で喧嘩を始めちゃったことがあるのよ… それ以来、一つの場所では同じ神を信仰する者同士を任務に就けるようになったわね」


 ミリーズは少し困り顔をしながら説明する。


「あぁ、アシヤ領生誕祭の時のマリスティーヌの演説の時に起きた戦いの神と愛の神を信仰する者二人が喧嘩し始めた感じか…」


「そんな高尚な物じゃなくて、もっと低俗なものよ…」


 ミリーズは更に困り顔をする。


「いや、あれもそんな高尚なものじゃなかっただろ… 一体、どんな喧嘩を始めたんだよ…」


「どちらの女神の方が可愛いとか…胸が大きいとか… ホント、くだらない…」


「えぇぇぇぇ~」


 先程の、信仰の為に准じる教会騎士とか聖騎士のイメージから、推し活するファン同士の喧嘩にイメージが変わっていく。


「他にも、私が幼いころは聖女候補という事で、護衛の女性騎士が二人ついていたんだけど… その二人も良く言い争っていたのよ… どちらの神が前になるか後ろになるかって…」


「それってまさか…」


 予想がついて顔が強張る。


「えぇ… 先日の食堂の一件でようやく私も意味を理解したんだど… どちらが『攻め』でどちらが『受け』かを言い争っていたのね…」


「ひでぇ… 信仰する神をネタにするのも大概だけど、その上でどちらが『攻め』でどちらが『受け』かを、教会内部で教会の騎士…その上女性が話してたんだろ? しかも、任務が教会で重要人物である聖女の候補の… マジ大丈夫か? 教会…」


 いわゆる一般的な政治腐敗ではなく、オタク的な腐敗が進行している教会を心配する。


「そうよね… 教会外部の人間であるイチローから見ても普通ではないわよね… ホント、愚かだわ… どちらが『攻め』とか『受け』とか、そんな争いはせず、素直に『リバ』を受け入れればいいのに…」


「ぶっ!」


 ミリーズの奴、『リバ』なんて言い出しやがった… いつの間にミリーズまでそこまで腐敗が進んでんだよ… ちなみに『リバ』とは『攻め』と『受け』が入れ替わる奴だけど… 恐ろしいな… 男掛け算… 


「人は大いなる愛を求めて、神に縋りつき、信仰を求める… 真の愛とは全てを受け入れる事… ならばどちらが『攻め』でどちらが『受け』なんかで争わず、真実の愛の為に『リバ』を受け入れるべきでしょう… イチローもそう思わい?」


「知らねーよ… ってか俺に聞くな…聞いてくれるな…」


 瞳を輝かせて尋ねてくるミリーズに俺は素っ気なく返す。聖女までこの様では…教会の腐敗は行くところまで行きついているな… オタク的な意味で…


 ってか、これまで敬虔に神を信仰して祈りを捧げていると思っていたが、頭の中では神を使った妄想をしている様に思うようになってきた…


 また、教会に祭る神の神像も、神聖な者から、オタクの等身大フィギュアのように思えてくる… 確かに現人神も信仰しているから、親近感は他の神を信仰するよりも強いとは思うが敬意が無さすぎだろ…


 俺の中の信仰という概念が頭の中で大きな音を立てて崩れていく…


 これから宗教国ホラリス聖王国の首都ホラリスの教会本部に向かうというのに、俺の中の教会やその司祭、信者に対する敬意は現在ストップ安になっていた。

 


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