第394話 罪滅ぼし
「なんじゃ、あれは…屋敷のような物がこちらに走って来るぞ」
ある一人の村人が声を上げる。するとその村人の声に復興作業に勤しんでいた者たちがその作業の手を止めて、声を上げた村人の指差す方向を見る。
「ホントじゃ! 屋敷じゃ! 屋敷の様な馬鹿でかい馬車がこちらに向かって走って来るぞ!」
「何者なんじゃ?」
「カイラウルの国の者が支援に来てくれたのか?」
「いや、あの方角はカイラウルの首都ではなく、イアピースの方角じゃぞ?」
「では、商人か何かが?」
村人の老人たちが唖然として見守る中、二台の馬車は村人の前で静かに停車していく。
「とまったぞ?」
「何をするつもりじゃ?」
「もしかして、商売でも始めるつもりなのであろうか?」
すると先頭を走っていた馬車の扉が開き、中から颯爽と麗しい貴族…いや王族のような衣装を纏った貴公子が姿を現す。
「村の人々よ! 私は隣国イアピースの男爵、アシヤ・イチローだ!」
その貴公子はキラキラとした爽やかな顔で、良く通る凛とした声で名乗りを上げる。
「隣国イアピース?」
「男爵のお貴族様がなんのようじゃ?」
村人たちは突然の隣国イアピースの男爵の登場に首を傾げながら状況を伺う。
「突然の隣国の者の登場に皆も困惑しているとは思う。だが安心して欲しい!」
貴公子はバサリとマントをはためかせ、貴公子然とした仕草で声をあげる。
「私は先日の魔族襲撃で被災した者たちの事を憂い、こうして救援に駆けつけたのだ!」
その貴公子の言葉から物見遊山で来たわけではなく、自分たちの救援に駆けつけた事を知り、村人たちの表情が明るく開いていく。
「なんと! 隣国のイアピースが!?」
「本国の連中ですら、わしらの事をほったらかしにしておるというのにか?」
「なんとありがたい事じゃ… しかもこんな色男の貴公子様が駆けつけてくれるとは…」
村人たちが歓喜の声を上げていく。
「畑を荒らされ、住む家を破壊された皆は、身も心も疲労困憊し疲れ切っているであろう… そんな人々の為に、私はこれより滋養のある炊き出しを行うつもりだ!」
その貴公子が高らかに声を上げると、二台の馬車の中から、一人を除き、見目麗しい乙女たちが姿を現していく。
「おぉ! 色男の貴公子様に続いて、麗しい天女様や天子様まで姿を現したぞ!」
「生きておるうちに、この様な物を見れるとは…」
「ありがたや…ありがたや…」
見た事のない様な麗しい姿の美女や美少女を前に、村人の中には拝みだすものまで現れる。
「魔獣の襲撃で、手足を失う大きな負傷を追われた方は私に申し出て下さい。失った手足を再生してみせますわ」
オリーブ色の長髪をした美女が、村人の中の片足を失った老人の元へ行き、その足に手を触れる。すると、まるで夢か幻のように、失った膝から下の足が生えてくる。
「なんと! 魔獣の襲撃以前に失ったわしの足がっ!」
「まさか、失った足を再生するとはっ!」
「奇跡じゃ!! 奇跡じゃ!!」
「もしかして、聖女様なのか!? 貴公子様がわしらの為に聖女様までつれてきてくださったのか!?」
目の前で起きる聖女の再生の奇跡に、村人たちは驚きのあまり目を見開き、唖然として声を漏らす。
「細かい傷や怪我は私の所に来てください! 癒しの術を施します!」
「疲労している方や、薬が必要な方は私の所へきてくれるかしら?」
「私も、指圧やもみほぐしが出来る」
赤毛の乙女やピンクの乙女、年端のいかない少女が次々と声を上げて、村人の癒しを申し出る。
「ありがてぇ…ありがてぇ…」
「本国の連中から見捨てられたわしたちにここまでしてくれるなんて…」
「なんという立派な御方なんじゃ!」
本国からの救援が来ず、見捨てられたと思っていた村人たちは、貴公子の施しに涙する。
「カズ…コ…早く炊き出しを用意してくれ!」
「へ…いや、はい、わかりました!」
貴公子が指示を出して、大柄な女性が、大きな寸胴鍋を抱えて姿を現す。
「シュリ、カローラ、アルファー! 三人は炊き出しをよそって村人に手渡してくれ!」
貴公子の言葉に、黒髪、銀髪、メイドの美幼女、美少女、美メイドの三人が進み出て、寸胴鍋から炊き出しのスープをよそい、村人に手渡していく。
「おぉ! こんな見目麗しい乙女が自らの手で、わしらのような農民に食べ物を手渡してくれるとは!」
「しかも、こんな旨そうなスープ見たことがねぇ!」
「ありがたや! ありがたや!」
そんな中、銀髪の巨乳の少女が、一人の老婆の前に進み出て柔和な笑顔で炊き出しの巣^プの入った器を差し出す。
「おばば様… これでも食べて元気をだすのじゃ」
「こんな私にまで慈悲を掛けて下さるのか… ありがたい…ありがたい…」
そう言って老婆は器を受け取った後、じっと銀髪の少女の顔を見つめる。
「ん? どうしたのじゃ? おばば様、わらわの顔に何か付いておるのか?」
「…いや…ほんに…めんこい娘さんじゃなと思って…」
「ははは…」
銀髪の少女は褒められることに慣れていないのか、少し強張った顔ではにかむ。
「だが…娘さんよ…気を付けなされ…」
「なにをじゃ?」
銀髪の少女はキョトンとした顔で首を傾げる。
「娘さんのようにめんこいおなごは人目につく…もし悪人に目をつけられたら…」
老女はそこまで言って、忌まわしい記憶を思い出したのか、悲壮な表情をして顔を伏せ、嗚咽の声を漏らし始める。
「ハニィィー!! 大丈夫か!! ハニィィー!」
「ダーリンっ!」
老女は駆けつけた老人の胸に顔を埋める。
「どうかなされたのですか?」
そこに貴公子が姿を現す。
「いえ…私のハニーが昔の忌まわしい記憶を思い出したようで…」
「忌まわしい記憶?」
「はい…二年程前、邪悪なドラゴンと緑の巨人をつれた魔族の悪人がこの村を襲撃して、その時、村一番の美老女であった私の妻を…皆の前で辱めたのです…」
老人は涙を流す老女を抱きかかえながら、憤りに拳を強く握りしめ、悔しそうに歯を食いしばる。
「そ、その様な事が…」
老人の話を聞いてその魔族の悪辣な行いに、貴公子も銀髪の少女も大柄な女性も顔を強張らせる。
「…はい…しかし、あの悪人は辱めを行うだけで、人死にが出ない事だけは幸いでした…」
死者が出なかったとはいえ、悪辣な行為が行われた事には変わりないので、貴公子たちの顔は強張ったままだ。
「…んっ…ん… ところで少しお伺いしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「はい! なんでしょう! 貴公子様!」
村人の為に救援を行う貴公子に、老人は明るい表情で答える。
「ここまで見てきた村々は誰一人として生存者がいませんでしたが、どうしてこの村だけが、ほぼ全員、あの襲撃を生き延びることができたのですか?」
「あぁ、その事ですね? それはあの悪辣な悪人の襲撃以降、村人の防災意識が高まりまして、各々の家の地下に避難豪を作るようになりまして、それであの魔獣の襲撃をやり過ごしたんですよ。襲撃時間が朝の畑に行く前だったのも助かりました」
その後、炊き出しと村人の治療を終えた貴公子たち一向は、いつまでも村人たちに見送られながらこの村を後にしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…俺達、ゆるされたんじゃね? 俺達が襲撃したお陰であの村人たちは生き延びる事ができたんだろ? だったら逆に褒められるべきことなんじゃね?」
イチローが『麗し』の衣装を脱ぎながらそう述べる。
「あるじ様よ…かといっても、わらわたちがやりましたとは言えんじゃろ…」
シュリが眉を顰めながらそう返す。
「そうでやすね… この秘密ははあっしら三人が墓場まで持っていかなくてはなりませんね…」
カズオが強張った顔でそう漏らした。
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