第393話 黒歴史の村

 色々とあったが旅は順調に進んでいる。アソシエ達の酒宴もあの最初の一度きりで二回目はしていないようだ。


 それというのも、酒を飲んだ後の人間には二つのタイプがあって、一つは酔った時の記憶を覚えていないタイプと、覚えているタイプの人間だ。


 アソシエもミリーズの二人とも後者の覚えているタイプの人間だったようで、アソシエは酒場の質の悪いおっさんのように俺に絡んだ事を覚えており、ミリーズは幼児のマルティナに人生相談をしたことを覚えていた。


 なので、暫くは酒を見たくないそうだ…


 

 目的地、ホラリス聖王国にある教会本部への行程は、以前警戒網を張っていた国境線を超え、マサムネたちがいた駐屯地に行く道も通り過ぎたであろう。何故、通りつ過ぎたであろうと不確かな事を言うと、どうやら、前回マサムネたちは安易に駐屯地に辿り着けないように、偽装工作をしていたらしく、街道の景色が今とは違って見えていたからである。


 俺はそんな所まで偽装工作をしていたのかと思いつつも、今現在、その偽装工作がされていない所をみると、もうあの駐屯地には誰もいないのであろうと考える。


 そこで、ふと魔族領の方向を見る。すると遠くの方に霞んで見えながら魔族領を覆う障壁が目に映る。


 こうして魔族を魔族領に封じ込める事が出来たんだ…あの障壁は死んでしまったマサムネたちの功績を称える墓標の代わりになるだろうな…


「あれを改めて見るとスゲーでやすね… 旦那ぁ、あんなことが出来る相手に戦ってよく勝てやしたね…」


 カズオが魔族領の障壁を眺めながら感心してそうもらす。


「幸運に幸運が重なって、勝てて生き残れただけだ…もう一度やれって言われても、ノブツナ爺さんもロアンもいない、そしてアレも無い今じゃ万に一つも勝てねぇよ…」


 自分でそう言いながら、今この瞬間、魔族領の障壁が解かれてあの魔族人が現れたら?という仮定の事を考える。そうなった場合、恐らく誰一人として生き残る者はいないだろう…そう考えると今回の旅がいかに危険な事をしているのか認識する。


 マグナブリルが万が一の時の跡継ぎの話を持ち出したのも、そんな事態を想定してのことであろう、それ程危険な行為なのだ。かと言って現在唯一と言って良い魔族に対する対抗手段である聖剣を見逃すわけにはいかない…



 その後、俺達一向は国境を隔てる森や山を抜け、カイラウルの人里がある地域に差し掛かる。襲われてボロボロになり人影が一切ない村々…


「村人の姿がありませんね… 何処かに落ち伸びているんでしょうか…」


 カズオがその光景を見て口に漏らす。


「…いや…恐らく違うな…」


 確かにボロボロになった村であるが、至る所に血糊が黒ずんで残っている。これが野盗に襲われたものであるなら死体が残っているはずだが、この村に死体は何一つ残っていない。


「あの魔獣に襲撃されたんだろ? なら、遺体はみんなやつらに食われたんだよ…」


「じゃあ、今まで通り過ぎた村々も一緒でやすかい!? そりゃ…気の毒な事で…」


 そう言って、カズオも眉を顰める。


 そんな村々を幾つも通り過ぎた所で、ある一つの村に差し掛かった時の事である。


「あれ? 旦那ぁ~!!」


 御者台のカズオから声が掛かる。


「どうした?カズオ!!」


 俺は馬車の中から答える。


「ちょっとこの先の村でやすが…人影らしきものが見えるんですが…」


「それは本当か!?」


 俺はカズオの言葉に驚く。あの魔獣の襲撃で生き延びた村があったなんて驚きである。俺は即座に御者台に向かう。


「どこだ!?」


「へい! あそこです」


 カズオはすっと指差す。カズオの指差す方向の村には確かに人影が見える。しかも、一人や二人などの少数ではなく、結構な数の村人の姿が見える。


「良くあの魔獣の襲撃をあれだけの人数を生き延びたな… まぁ、畑は荒らされ建物は壊されているが大したものだ! 一体、どんな村人が生き残っているんだ?」


 俺はそんな疑問を感じ、みょんみょんと望遠魔法を使って、村人の姿を確認する。



「あっ」



「どうしやした? 旦那?」



 俺は青ざめた顔をしてカズオに向き直る。そして、すぐに馬車に向かって声を上げる。



「アルファーっ! ちょっと、出てきてくれ! そしてカズオと御者を代わってくれ!!」


「なにごとですか? キング・イチロー様」


 アルファーはすぐに連絡口から顔を覗かせる。


「何でもいいから、すぐにカズオと御者を代わってくれ! それとカズオはすぐに馬車の中に入れ!!」


「だ、旦那ぁ! 何ですか急に!?」


 カズオも突然の事で目を丸くする。


「何でもいいから、馬車の中に入れ!」


 俺はカズオの手を引いて馬車の中に入り込む。そして、馬車の中に入るや否や、今着ている服を脱ぎ始める。


「だ、旦那ぁ! そんな…突然急に… 身体の準備は出来てやすが…心の準備が…」


 そんな俺をカズオは頬を赤らめてはにかむ。


「ちげえよっ! 気持ち悪い事を言うな! しかも体の準備って…さらりとキモくて恐ろしい事を言うなよ… それよか、カズオも女装でもなんでもいいからすぐに着替えろっ!」


 俺の言動にカズオもシュリもカローラも意味が分からずキョトンとし始める。


「あるじ様よ…一体、何があったのじゃ?」


 そんな中、シュリが俺に聞いてくる。


「…あの村だ…」


 俺はポツリと一言答える。


「イチロー様、あの村って?」


 ソファーに座っていたカローラが首を傾げながら聞いてくる。


「カローラは仲間になる前の事だから知らなくて当然だな… 俺とシュリ、カズオに取って黒歴史の村なんだよ…」


「カローラが知らなくて、わらわとあるじ様、そしてカズオにとって黒歴史の村… あっ!!」


 シュリは何かを思い出したかのように声を上げる。


「わらわが老女の股を見せ続けられたあの村かっ!!」


「そうだ…シュリ、ようやく思い出したか…」


「記憶の奥底に押し込んで忘れ去ろうとしておったからなのぅ… 今、思い出しても情けなくて涙が出てくるわ…」


 シュリは涙目になりながらスカートの裾を握り締める。


「その村の老人たちがどういう訳か、あの魔獣の襲撃に生き残っていたんだよっ!! しかも、どうやら元々の村人全員だけでなく、周囲の村人も集まっている様だ… 平時であればさっさと逃げるように通り過ぎたいところだが、この被災後に見過ごすわけにもいかん…」


 俺は収納魔法からティーナから貰った『麗し』の衣装を取り出して、着替え始める。


「じゃあ、立ち止まって炊き出しでもするんでやすかい?」


 カズオも事情が分かって、女装しながら聞いてくる。やはり、カズオは躊躇いもなく女装をしはじめたのか…


「あぁ! そうだ!!」


「あの時の…罪滅ぼしというわけじゃな?」


 シュリがはぁ~と溜息をつきながらそう漏らした。

 

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