第390話 出発
俺がバス馬車を降りる時に、入れ違いにバス馬車に乗り込もうとするアソシエ達に出くわす。
「おっ、アソシエ達はもうバス馬車に乗り込むのか?」
「バス馬車? 私たちの馬車のこと?」
先頭のアソシエが子供を抱きながら答える。
「あぁ、そうだ、しかし、えらい豪勢に作らせたな… まるで動く談話室みたいな感じじゃねぇか」
「人間ね…一度、楽や裕福な生活を覚えると、元には戻れなくなるのよ…」
アソシエは遠い目をしながら、運命や定めのような自然の摂理のように答える。
「いや、確かにそうだけど…」
「イチローだって、いつも使っている馬車を使うのをやめて、昔のように徒歩で移動して、大地を床に野宿なんてもう出来ないでしょ?」
俺に責められていると思ったアソシエは頬を膨らませながら反論してくる。
「うっ… それを言われると確かにそうだな… まぁ、まだ野宿ぐらいは我慢できるが、旅の間中ずっと、臭い塩漬け肉やカチカチの保存パンを食うのだけは我慢できん…」
「そうでしょ!! 私も最初はちょっと心のなかで嫌々ながらオークのカズオの作る食事を食べていたけど、今ではカズオ料理無しでは生きていけないわ」
アソシエは今度は趣味友でも見つけたかのように、声を弾ませて俺の言葉に同意する。
「お、おぅ…そうか…」
「そうよっ! 特に食後のデザートなんて、私が実家にいた時でもあんなの食べた事がなかったわよ」
アソシエは悦に浸ってそう語る。アソシエは元々貴族令嬢だったけど、肥え太った貴族に嫁に出されるのが嫌で、貴族の身分を捨てて冒険者になった人間だからな、実家にいた頃はさぞかし美味い物を食っていた事だろう。
そのアソシエの舌を唸らせるとはカズオの料理も大したもんだ。それこそ、現代日本に生まれていたら、東京の高層ビルの一階全部使った高級レストランのシェフをしていたかもしれないな…
「そ、そうか… まぁ、少しぐらいは昔の旅を思い出しながら楽しんでくれ…」
そう言って、アソシエと別れて自分の準備に入ろうとすると、今度はプリンクリンがやってくる。
「ダーリン♪ 素敵な旅のプレゼントをありがとう~♪」
そう言って俺に抱きついてくる。
「いや、俺は旅のプレゼントをした覚えがないのだが…」
「もう、ダーリンったら、そんな事言っちゃって、ホントは私と新婚旅行したかったんでしょ?」
「新婚旅行… 式は上げてないが俺の嫁になって初めての一緒の旅行だが… これを新婚旅行といっていいのか?」
プリンクリンの言葉に俺の新婚旅行という言葉の概念が揺らぎ始める。
「もー 難しい事は考えなくていいから、楽しめばいいのよっ、ねっ? ダーリン♪」
プリンクリンはニッコニコの笑顔を作って、俺のほっぺにちゅっ♪と軽いキッスをしてバス馬車の中に入っていく。
そんなプリンクリンの後に現れたのが、ネイシュに付き添われたミリーズである。ミリーズはなんだか酷く気落ちしている様で、今にも泣き出しそうな顔をして、ネイシュに手を引かれている。
「おいおい、ミリーズ…どうしたんだ? もっ、もしかして…もう三人目を宿したのか!?」
「イチロー…ちがう、ミリーズ、悲しい事があった…」
ミリーズではなく、付き添いのネイシュが答える。
「悲しい事? 一体、何があったんだよ…ミリーズ」
ネイシュの言葉を聞いてミリーズに尋ねる。
「今さっきね…最後にルイーズちゃんに一緒に行かない?って聞いてきたんだけど…やっぱりやだって言われて… 一番かわいい盛りの子供がもう親離れするなんて… 悲しすぎると思わない? イチロー…」
そう言って、ミリーズは俺に縋りついて鼻をすすり始める。そのミリーズとネイシュの後ろから、当の本人であるルイーズを負ぶったディートが申し訳なさそうな顔で姿を現し、マリスティーヌも苦笑いしながら姿を現す。
ルイーズは俺の数多くいる子供の一人で、懐いている相手も俺の弟分のディートだから、あまり気にしていなかったが、ミリーズにとっては自分の産んだ子供なので、酷く寂しさを感じるのであろう…
「おっぱいママ…泣かないで…」
そんなミリーズにネイシュの子供のローシュが声を掛ける。
「なんでローシュがミリーズの事をおっぱいママって言うんだ?」
ネイシュに問いかける。
「ネイシュ、胸がぺたんこだから、おっぱいはミリーズにもらっていたの… だから、ローシュにとってはミリーズはもう一人のママなの」
「そう! おっぱいママとぺたんこママっ!」
ローシュがそう言って元気に声を上げる。子供って無邪気に残酷だよな… まぁ、ネイシュ自身はあまり気にしていないようだけど…
「ミリーズさん、気を落とさないでください、私が毎日、ルイーズちゃんの様子を連絡しますから」
そう言って、マリスティーヌがミリーズを励ます。
「本当!? 本当なのねっ! マリスティーヌちゃん! ちゃんと朝昼晩食べたか、お昼寝はしたか、私の事を話していなかったかを教えてよねっ!」
ミリーズはマリスティーヌの言葉に、その手を掴んで前のめりの姿勢でお願いする。そんなミリーズにマリスティーヌはチラリとディートの方を振り返る。その姿にディートは苦笑いしながら無言で首を縦に振って答える。
「わ、分かりました! ミリーズさん! ちゃんと送りますからっ!」
その言葉に納得したミリーズは再度、ルイーズに向き直り、大きく手を振りながら声を掛ける。
「じゃあ、ルイーズちゃん! 行ってくるわね!」
「バイバイ」
そんなミリーズにルイーズは素っ気なく答える。
「くぅ~!!!」
どうやら、ミリーズは最後のどんでん返しで、『やっぱり、ママ! 私も連れてって!』と言ってもらえると思っていたようで、その当てが外れて再び涙目になり始める。
「ミリーズ…」
そんなミリーズの肩に手を添える。
「イチロー…」
ミリーズは涙目になって振り返る。
「子供はいつの日か必ず親離れするものだ…ルイーズは少し…いやかなり早かっただけの事だ… 快く親離れを見送ってやろう…」
「レーベちゃんはずっと私の側にいてよね…」
そう言ってミリーズは二女のレーベを抱き締めながらバス馬車の中に入っていく。
こりゃ、レーベも苦労するだろうな…
バス馬車に同行する四人が入るのを確認すると、俺は当初の目的を思い出して、自分の馬車へと向かう。
「あるじ様っ! 何をやっておったのじゃ! 遅いぞ!」
馬車の入口からシュリがひょっこり顔を出して声を掛けてくる。
「すまんすまん、色々あったんだよ」
馬車に駆けつけると、見送りの為か、城の主だった者が集まっている。
「キング・イチロー様、出発の準備の確認はこちらでしておきました。これが確認リストでございます」
アルファーが確認リストを渡してくる。
「あぁ、済まないなアルファー」
俺はアルファーからリストを受け取り、チラリと目を通し、御者台に昇っていく。
「イチロー様、主要人物が一堂に介しておりますので、くれぐれも荒事を避け、君主危うきに近寄らずのお守り下され」
マグナブリルが文官たちを背に声を掛けてくる。
「あぁ、分かっているよ、子供もいるからな」
次は俺のいない城を守るエイミーが蟻族を代表して声を掛けてくる。
「キング・イチロー様、この城は私の命に代えましてもお守りいたしますので、ご安心を」
「お前も身重なんだから無理はするなよ?」
「ありがたきお言葉っ!」
エイミーは大げさに頭を下げる。
俺は他にも集まったメンバーを見回して声を掛ける。
「じゃあ、行ってくるぞ! みんなのお土産を買ってくるからなぁ!」
すると、見送りの為の声援なのかお土産が嬉しいのか、皆から一斉に声が上がる。
「旦那、ではいきやすぜ」
「おぉ、頼むぞカズオ!」
こうして俺達一向は教会本部へと旅立ったのであった。
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