第391話 出て早々

※近況ノートに『クリス』のイラストを投稿しました。

よろしければご覧ください。


 俺は見送りの皆の姿が見えなくなってから、再度確認リストを捲ってチェックする。


「えっと…戸棚のチェックは…よし! 大丈夫だな!」


 俺は戸棚の確認にチェックマークがしてあることに、喜びの声をあげる。


「旦那、なんで戸棚のチェックなんかで喜んでいるんでやすか?」


 カズオが怪訝な顔で聞いてくる。


「そりゃお前…またクリスがいたら困るだろ…」


「あぁ、なるほど…それはそうですね…」


 カズオは納得した顔で答える。


「話は変わりやすが、旦那ぁ、この馬車、なんかすげぇでやすね!」


 カズオが感嘆した声をあげる。


「おっ! カズオ! お前、分かるのか!?」


「へい! もちろんでやさぁ! 以前と比べて滑り出しが軽やかで、なんていうか、空の荷馬車でも引いている様な感じでやすっ! 御者台にこんな設備をつけて重くなっているはずなのに、すげーでやすねっ!」


 カズオが御者台についた天井と全面ガラスに喜びながら声をあげる。


「そりゃこの馬車にもベアリングを取り付けてもらったからな、車輪が驚くほど軽やかに回るはずだ! 後、屋根と風防は以前から雨風に晒されて気の毒だったからな、こっちの馬車にもつけてもらったんだよ」


「そりゃありがていですっ、後ここに飲み物を置いておく所も作っていただいて、これも便利でやすね、いつでも好きな時に飲み物に手を伸ばす事が出来やすよ」


 その件は聞いていなかったので、覗いてみてみるとドリンクホルダーが取り付けられていた。


「これは俺も知らなかったが、あるとめっちゃ便利だな、以前、カローラが俺にコヒーを飲ませようとして、盛大に零されたことがあるからな…」


「あぁ、シュリの姉さんが、旦那がコヒーの飲み過ぎでコヒー色の小便を漏らしたと言っていた時の話ですね」


 カズオがクスリと笑いながら言う。


「そうだ、その時の話だ… シュリの奴は笑い話にしていたんだけど、俺にとっては大事なマイSONが火傷しかかった話だからな…」


「それで、旦那ぁ、もう一度確認しやすが、教会本部の方角はこちらの方向でいいんでやすね?」


 カズオが話を切り替えて進行方向について確認してくる。


「あぁ、こっちの方角でいい、教会本部は隣国カイラウルの向こう側の国、ホラリス聖王国にあるからな、途中までは前回の遠征と同じルートだ」


「ってことは、途中、前回の魔族の侵攻で陥落したカイラウルを通るんでやすね…」


 カズオは少し眉を顰める。


「そう言う事になるな…まぁ、実際カイラウルがどれ程の被害を受けているか、自分の目で確認するいい機会になるだろう…」


 気軽にそう答えるが、実際の所、アシヤ領生誕祭の時のような魔獣の襲撃をカイラウルが受けていたとすれば、かなり悲惨な事になっていると想像できる。


 俺達の場合は、途中でエイミーが合流したから良かったものの、一般人や一般兵であの魔獣を相手にするのは荷が重すぎる… 堅牢な城に籠って、優秀な勇者パーティーが多数存在すれば、なんとか凌ぐ事は可能だと思われるが、既に陥落したという結果が伝えられているので、そんな事は無かったのであろう…


 人間同士の戦争とは異なり、魔獣の侵攻となると捕虜をとったり市民には手を出さないといった事がないと思われるので、かなり気の毒な事になっているはずだ。


 出来るだけ多くの人が逃げ延びていればいいのだが… くっそ! 魔獣の奴ら目…将来俺のハーレム要員もいたかもしれないのに…


 俺は怒りにぐっと歯を食いしばる。


「…旦那でも、多くの死者が出た事に、怒りを覚えておられるでやすね…」


 そんな俺を見てカズオが一言こぼす。


「あぁ…俺も人類の勇者の端くれだからな…」


 内心、女の事しか心配していなかったが、建前だけはそう答えておく。カイラウルの人々は確かに気の毒とは思うが、俺はそこまでの人格者や聖人ではない。俺は自分の周りの者を守るので精いっぱいだ。俺の手は無限の距離に届く訳ではない。


「それじゃあ、俺は中に入るから、済まないが後は運転を頼むぞ」


 長々と話していると本心がバレそうなので、カズオに任せて中に入ろうとする。


「へい、おまかせくだせい」


 カズオの返事を聞くと、俺は連絡口の扉を開く。すると、こちらの御者台に来ようとしたシュリと鉢合わせになる。


「おっ、どうした? シュリ」


「あるじ様、後ろの馬車からあるじ様を呼び出せと連絡が入ったのでのぅ、呼びに来たのじゃ」


「そうか、今行く」


 そう答えて馬車の中に進み、後ろの馬車と連絡するための装置があるいつものテーブルセットの所へ向かう。


「あっイチロー様、後ろの馬車から連絡が入ってますよ」


 ソファーに座ってカードを眺めていたカローラも言ってくる。


「あぁ、シュリから聞いたよ、ちょっと今連絡するから」


 そう言って俺はカローラの迎えのソファーに腰を降ろす。



 前回、ディートがつけてくれた通信魔道具の隣に、紙コップの様な物がぶら下っている。ただの紙コップと違う所は、絵柄のように魔法陣が記されている所と糸が繋がっている所だ。


 つまり、これは何かというと一言で言えば『糸電話』だ。ただ普通の糸電話と違う所が、魔法で機能を強化している所だ。まったくローテクなのかハイテクなのか分からない代物だ。


 俺はその紙コップを手に取り、繋がっている糸をピンと伸ばす様にして、紙コップに話しかける。


「イチローだ! 何か用か!?」


 まだ走行中に使った事が無かったので、大きな声で話しかけた。そして、返事を待つ為、紙コップを耳につける。


「聞こえているわよっ!イチローっ! そんなに大きな声で話さなくていいでしょっ!」


 なんだか仕返しと言わんばかりに、アソシエが大声で返してくる。


 

 きーん…



「うわっ マジ声でっかっ! 思った以上に魔法で増幅されているな…」


「そんな感じでアソシエが煩かったからあるじ様を呼びに行ったのじゃ」


 アソシエの大声をモロに喰らって、耳がキンキンしている俺に、シュリが腕組みしながら言ってくる。


「なるほど… こんな風にキャンキャン叫ばれたら、どうにかしたくなるよな…」


「聞こえているわよっ! イチローっ!」


 シュリの言葉に、俺が返した言葉が、糸電話を通じて向こうに聞こえていたらしく、再びアソシエの怒りの声が聞こえてくる。


「すまんすまん、この魔道具の設定が上手くいってないから、そう言う風にいっただけで、アソシエの事を言った訳じゃねぇよ… それで何の様なんだ?」


 俺は上手く誤魔化しながら、呼び出した要件を尋ねる。


「ちょっと、暇だから、イチローこっちに遊びに来なさいよ」


「おまっ、出発して早々なんだよそれ… しかも馬車は走ってんだぞ?」


「イチローなら飛行魔法で飛んでこれるでしょ?」


「いや、確かに飛行魔法で飛んで移動できるけど…」


 そう答えている俺の横では、シュリが行ってこいとのジェスチャーをする。恐らく断れば、何度もアソシエからキャンキャン声での連絡が来るからだ。


「…分かったよ…そちらに行けばいいんだろ?」


「うん、待っているわ、すぐにいらっしゃい」


 そんな訳で、俺は走っている馬車同士を飛び移る事が決定した。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る