第388話 宿敵と書いて友と読む
今日の俺は久しぶりに執務室にいる。前回の遠征をする前は、執務室でマグナブリルやその文官たちと様々な領内の政治や経営、城の運営などの話をしていたのだが、遠征前に予め色々と決めていたので、殆どがその結果報告となる。
その報告書に目を通していたのだが、流石マグナブリルの選んだ文官たちだけあって、卒なく予定通りに物事を進めている。
その中の報告書であるものが目に留まる。
「あっ… やっぱり、犠牲者が出たのか…」
殺人事件の報告に俺は声を上げる。
「はい、その者は、肥沃な土地を押さえていて、領民に編入して税を納める事を拒んだので、襲撃を知らせる魔道具を渡す事や、蟻族の巡回ルートから外しておりました。これも領民にならない自由を行使した結果でございます」
マグナブリルが淡々と無表情にそう返す。
「こちらから手を出してないだろうな?」
一応、警戒して俺の配下の者がやったのではないかと尋ねる。
「いえ、こちらが手を出して手を汚すまでもなく、野盗の類がやってくれましたな。まぁ、確かにその野盗のお陰で領民になる事を渋っていたものが編入するようになり、野盗に感謝の褒美をやりたくなって、捕えて極刑をくれてやりましたな。一応、犯人の経歴書や、骨になっておりますが遺体もありますが、検分なされますかな?」
そう言ってマグナブリルは書類の束から犯人の経歴書を探し出す。
「いや、良い… マグナブリルを信じよう」
ここにはヴァンパイアであるカローラもいるので、骨メイドのようにアンデット化させて事情を聞き出せば、本当に犯人かどうかなんてすぐに分かる事だ。その上で犯人の遺体を残しているという事は、本当にあった事件なのであろう。
「信じて頂きましてありがとうございます、しかし、本当に口封じが必要な者がいる時にはお声がけください」
マグナブリルはサラリと言ってのける。恐ろしいな…マグナブリル… でも、魔族の工作員や、魔族戦役終結後、他国の妨害工作員が侵入して、法の穴をついて悪事を働く事もあるだろうから、そう言う事も必要になる時があるんだろうな…
「俺が遠征に言っている間の報告書は以上か?」
「はい、以上でございます」
「じゃあ、度々で申し訳ないが、今度は俺が教会本部に向かう前に決めなければならない案件はあるか?」
教会本部に行っている間、再びこの領地をマグナブリルに任せなくてはならないので、その間に必要な事について尋ねる。
「あぁ、教会本部に聖剣を貰い受けに行く話でしたな、ところで…新たな馬車を作っておられるようですが、ご同行される方が今までより増えるのですか?」
マグナブリルが質問に質問を返してくる。ロレンスの工房前で大がかりに作っているからな… あれを見たんだろう。
「最初は教会に顔の効く、聖女のミリーズだけを同行させようと考えていたんだが、アソシエとプリンクリンが同行したいって騒ぎ出してな…その二人もなるとネイシュも連れて行ってやらないといけない事になって…その子供たちも…」
俺はそう答えると、マグナブリルの眉間の皺がどんどん深くなっていく。
「イチロー様…私を信用なさってくださるのは嬉しい事ですが、それは信用され過ぎですぞ…」
「済まない…マグナブリルばかりに仕事を押し付けてしまって…」
そんなマグナブリルに謝罪の言葉を送る。
「いや、そういう意味で言っているのではなく、イチロー様だけではなく、この城で主要な立場の御夫人たちまで、城を開けるのであれば、権限を持ったものがいない空白となってしまいます。もし、私に反意があれば城を乗っ取られてしまいますぞ」
違う意味で理解していた俺を、マグナブリルが正す。
「立場を持った夫人ということなら、一応ハバナはマセレタの王女だぞ?」
「イチロー様…それは本気で言っておられるのですか…」
言い訳交じりに、俺がハバナの事を言うと、マグナブリルは目を見開いて、俺に顔を近づけてくる。
まぁ、ハバナはマセレタの王女だし、俺の子も産んでいるが、俺の夫人というよりは、この城のみんなのペット、この城のマスコット的な存在だからな… 確かに、何かあった時に、決断なんて出来るような人物ではないな…
「まぁ…ハバナの事は冗談として、蟻の女王のエイミーもいるし、何か連絡が必要な時には、前回の遠征で使った遠距離通信魔道具があるから大丈夫だよ」
「兵権を握っていると言って差支えの無いエイミー殿がおられれば、確かに大丈夫ではありますな。ですが、通信の準備は、私だけではなく、エイミー殿や、私や他の者が思いつかない人物にも使えるようにしておいてください」
「どうしてだ?」
「情報の伝達手段が一本では、その者が反意を抱いていた場合や、誤情報が送られた時に、正確な判断が出来なくなります」
「なるほど…」
確かにマグナブリルが反意を起こすような事は無いが、操られる場合もあるし、他にもマグナブリルは自分がいなくなって他の人間に変わってからの事も案じてそう提言してきているのであろう。
「とりあえず、イチロー様御一行が教会本部に向かわれている間、城の最高権限者はエイミー殿でよろしいですかな?」
「あぁ、大丈夫だ。エイミーは俺に対する服従心を魂レベルで刻み込んでいるから反意を起こすような事はないし、重大な決定についても十分下せるだけの能力はある」
「ほほう…そこまでとは… 一体どのような…いや、聞かない方がよろしいでしょう…」
マグナブリルは俺がどうやって魂レベルでエイミーを服従させたか聞きたかったようだが、凡その察しはついたようで取り下げる。
まぁ、実際はマグナブリルの想像以上の事をやってのけたんだがな… まさか、俺のマイSONが魔王のように何本も伸びて、凌辱し続けたとは、口が裂けても言えまい…あれは俺の黒歴史の一つだ…
「あともう一つ、聞きづらい話があるのですが…」
「なんだ?」
「もし、仮に旅先で御一行が一度にお亡くなりになるような事があれば、どなたを跡継ぎになされますか?」
なるほど、貴族や領主のように立場が高くなると、そんな事も考えなくてはならないんだな…
「その事に関しては、ミリーズの長女のルイーズが城に残るから、聖女の娘という事で、一応世間体は保たれるだろ」
「ルイーズ殿がのこられるのですか、それなら大丈夫ですな」
最初はルイーズも連れて行こうとしたのだが、ミリーズがルイーズに『いや』の一言で断られてしまったらしい。どうもルイーズはディートと一緒が良いようだ。あの時だけはミリーズが泣きそうな顔をしていた…
「他に何か決めておくことはあるか?」
「いえ、以上でございますな。後は些末なものででございます、急ぎの物はありませぬ」
面倒な取り決めが終わって、俺はほっと溜息をつく。
「みなさん、そろそろ、お茶の時間ですよ…」
そんな時、今までずっと本を読んでいた自称秘書のカローラがお茶の時間を告げる。
「ほぅ…お茶の時間ですか…」
マグナブリルがそう答えて、ギラリとした目でカローラを見る。
すると、カローラが収納魔法の中から、先日俺が買ってきた新しいカードゲームを取り出してニヤリと笑う。
「おや? それは新作ですかな?」
「えぇ、そうですよ…この新作カードゲームで今度こそ、貴方をぎゃふんと言わせてあげるわ…」
「ふふふ、面白い…受けて立ちましょう…」
えぇ~ いつからこの二人は宿敵のライバル同士みたいになってんだよ…
その後、俺達三人はお茶をしながら新しいカードゲームで楽しんだ。
ちなみに…ぎゃふんといったのはカローラの方であった…
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