第385話 amazonの箱はニヤついている様に見える

 鍛冶場での一件の後、俺は城内に向かい、他の買出し依頼物を渡していくことにする。その途中、正面玄関の前の噴水の所で、クリスが豚の様な悲鳴を上げながら、蟻メイド達にデッキブラシと噴水の水で体を洗われていたが、俺は素知らぬ顔を通して通り過ぎた。


 一見、酷い扱いに見えるが、あんなクリスでも見捨てず矯正しようとするところが、マグナブリルなりの優しさであろう…


 その様子を目にしたロアンにあれは何をしているのか問われたが、俺は返す言葉を知らなかった。…まぁ、武士の情けだ…食い逃げで捕まって臭いから風呂を使わせてもらえないとは言えない… 言いたくない…



 あれ…うちの騎士団長なんだぜ… 言えるかっ!



 俺は城内に入るととりあえず、カズオに頼まれた調味料を渡す為、食堂を目指す。


「カズオ~ 調味料買って来たぞ!」


「あっ! 旦那ぁ! ありがとうごぜいやすっ!」


 俺の声にカズオが厨房から顔をのぞかせる。


「頼まれたものはこれでいいのか?」


 そう言って収納魔法から調味料を取り出す。


「へい! これでやす!」


 カズオは調味料に瞳を輝かせる。


「この調味料を使って何を作るんだ?」


「今、前にお試し分で買った物を使って、試作品を作っているんでやすが味見してみやすか?」


「頂こう」


 なんだか、ロアンみたいな返し方で答えてしまう。移ってしまったのかな?


 すると、カズオが小皿に赤いスープの様な物を持ってきて手渡す。


「どうぞ」


「ん、おっ! これいいなっ! 辛みと酸味と旨味の丁度良いバランスで、トムヤムクンみたいだな!」


「へい、シュリの姉さんが辛旨な物が食べたいと仰っていて、それで試してみたんですよ」


「これでラーメンを作っても美味そうだな」


 俺とカズオがそんな会話を交わしていると、話題に出てきたシュリも食堂に姿を現す。


「あっ、あるじ様、もう帰って来ておったのか」


「おっシュリか、お前の頼まれ物も買って来たぞ」


 そう言って、再び収納魔法からシュリの頼まれものを取り出す。


「ほれ、色々な種と…言われた通り買ってきた苔玉だけど… これは何に使うんだ?」


 俺はシュリに頼まれて買ってきた、苔で作ったソフトボールの様な物をマジマジと見る。


「あぁ、それはのう、その中に何か植物の苗をさして、吊るして育てるんじゃよ」


 シュリはそう答えると、自分も収納魔法の中から、苗を取り出して、苔玉に定植して、網の様な物の中に入れる。


「ほれ、カズオ、ミントを差し込んだぞ、厨房の邪魔にならんところへぶら下げておけ」


「ありがとうごぜいやす、シュリの姉さん」


「あっ! なるほど、そう言う感じに使うものなのか」


 ミントを植えた苔玉を厨房にぶら下げておけば、使いたいときにすぐに新鮮なハーブが使えるようになる。


「本当は蔓系の植物がよいのじゃが、まぁ、ミントでも使えるじゃろ、あるじ様に買ってきてもらった種は、全て生で使うハーブじゃ」


 シュリはそう説明すると、食堂に来た本来の目的である喉の渇きを癒す為、レモネードをコクコクと飲み始める。


「ぷはぁ~ それでは、貰った苔玉に色々なハーブを植えてくるので、わらわは温室にもどるぞ」


「おぅ、頑張ってこい」

 

 シュリは食堂を出て温室へ戻り、カズオも食事の仕込みをする為に厨房の奥に引っ込んだ。


 残された俺は、他の人物の頼まれものを渡す為に、恐らくカローラがいるであろう談話室へと向かう。


「おーい、カローラ~ いるか~ って、みんなここにいたのか?」


 なんとなく、カローラの名を呼びながら談話室に入ると、目的のカローラだけではなく、アソシエやミリーズ、ネイシュの三人も固まって何か本を読んでいた。

 

 そんな中、ミリーズが俺の存在に気が付いて、手を上げて声を掛けてくる。


「あら、イチローお帰りなさいっ!」


「ミリーズ…お前…お帰りなさいじゃねぇよ… なんてものを頼むんだよ…」


 俺はそう返しながら、収納魔法から、ミリーズから頼まれたBL本を取り出し、投げて渡す。


「あらっ! 本当に買ってきてくれたの? イチロー」


 ミリーズは自分で頼んでおいて、俺が買ってきたことに、目を丸くして驚く。


「いや、買いたくなかったけど… 今回ばっかしは、俺の治療をしてくれたミリーズの頼みだからな… 仕方なく買って来たんだよ… お陰で一生もののトラウマが出来たよ…」


 俺はあの時のご腐人方の舌なめずりするような目を思い出し、身震いをする。


 俺も女を眺める時があるけど、あんな目をしているのかな? 注意しないと折角の女が逃げちまう…


 そんな事を考えながら、カローラに頼まれていたカードも収納魔法から取り出す。


「ねっ? 私のいった通りだったでしょ?」


 本を読んでいたカローラが、本を口元に降ろして、三人固まって俺が買ってきたBL本を見るミリーズ達に声を掛ける。


「本当ね…私、絶対に買ってこないと思っていたから…」


 アソシエが信じられない物でも見るような目でBL本を眺める。


「ネイシュはイチローを信じてたから…」


 ネイシュもアソシエとミリーズの間に顔を突っ込む。


「一体、何の話だよ?」


 会話の意味が掴めないので、俺はアソシエに問いかける。


「いえ、カローラが、ミリーズの名前を出せばBL本をイチローが買ってきてくれるって言ってたから、それがその通りで驚いているのよ」


「あ? え? それ…もしかして、ミリーズが読みたかったんだじゃなくてアソシエがよみたかったのか?」


 アソシエの言葉に俺は目を点にしながら尋ねる。


「えっ!? その…あの… ロアンとイチローがあんな事があったから… そんな内容の本も読んでみたくなったのよ…」


 アソシエは恥じらい気味に頬を染めて、俺から目を逸らす。


「ちょっと待てっ! じゃあなんだ!? 俺はとりあえず買うのに必死で本のタイトルしか確認してなかったんだけど… 中身の内容は、俺とロアンの様な登場人物がチョメチョメする内容だったのかよっ!」


 そら、あの時、ご腐人方か、あんな舌なめずりをするような目で俺を見るはずだ… ってか… 俺…次にどんな顔をしてあの本屋にいけばいいんだよ… 今頃、あの本屋ではご腐人達の間で、『麗し』のBL貴公子とか噂されているはずだよ… もう二度といけねぇ…


 俺は頭を抱えてBL本を買ってきたことを後悔する。


「うふふ、イチロー、アソシエを責めないであげて…私も興味を惹かれて読んでみたくなったのは確かなんだから… カローラちゃんもちょっとしたいたずら心をだしただけだし…」


 ミリーズは『ほほほ』と笑いながらそう告げてくる。カローラはマズいと思ったのか、本で顔を隠している。


「…まぁいいよ…俺も、自分で買わずにアルファー達に任せる事を失念していたからな…」


「えっ!? イチロー様、直々にあの本を手に取って買ったんですか!?」


 俺の言葉に、諸悪の根源であるカローラが本から顔を上げて驚いた声を出す。


「…お前はどういうつもりでアソシエに助言したんだよ…」


 俺はカローラを睨みながら尋ねる。


「いや…アルファー達に買わせて、後でイチロー様が中身を確認して、どんな反応をするかが楽しみだったんですが… 私は、イチロー様を辱めるつもりは無かったんですよ…」


 カローラは口元を本で隠しながら、顔の上半分、眼とか眉は申し訳なさそうな顔をしてそう弁明する。



 ぱしっ



 そんなカローラが口元を隠している本を俺は無言で叩き落とす。



 ニヤ…



「おまっ! 言葉や眼では申し訳なさそうな顔をしていたが、やっぱし、本で隠していただけで、口元はニヤついて俺の事を笑っていやがったな!!」


「い、いや! こ、これは!」


 笑っていた事がばれたカローラは、マズいと思ったのか、あたふたとし始める。



「…お前…お仕置きとして…一週間、レバー尽くしな…」


「ひぃぃぃ!! 勘弁してくださいよっ! イチロー様っ! 私がレバー苦手なのは分かっているでしょ?」


「いや、勘弁ならん… 俺もBL本なんて買いに行かされて恥をかいたんだ… カローラにもそれなりの詫びをしてもらわなならん… お前たちもいいな?」


 俺がカローラの世話をする肉メイドに向けて告げると、肉メイド達も素直にコクリと頷く。


「えぇぇ!? なんでぇ~!! なんで貴方たちまでイチロー様の味方をするのよっ!」


 カローラは俺が勘弁しない事よりも、肉メイド達がカローラの味方ではなく、俺の味方をするので驚きを隠せないようだ。


 カローラは肉メイド達に必死に縋るが、肉メイド達は申し訳なさそうな顔をしてカローラから目を逸らす。



「じゃあ、俺はちょっと獣臭さを落とす為に風呂行ってくるわ…」



 そうして、俺は談話室を後にした。




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