第384話 騎士団長

 どういう訳か、鍛冶場の出入口で、クリスが地面に頭を擦り付け、手をついて詫びていて、所謂土下座をしている。その状況に俺はハンター×3のゴソが猫娘に土下座された時のように困惑する。


「クリス… お前…何やってんの…?」


 どういう意味でクリスが土下座しているのか分からず、とりあえずそう尋ねる。


「イチロー殿…いや、イチロー様にお願いがあって、こうして参りました…」


 クリスは地に頭を伏したままそう答える。


「えぇ… 何だよ… お前が俺に対して、そんな低頭な姿勢で頼み事なんてしてくるんだよ…」


「実は…私を…その…正式な騎士団長に任命して頂きたいのです…」


「はぁ!?」


 俺はクリスのお願いに思わず驚きの声を上げる。


「お前、そもそも騎士団なんてものが存在しないのに、お前を騎士団長に任命しなくちゃならないんだよっ! それをやるなら騎士団を作るところからだろ!?」


 そこで、クリスがピクリと動いて、恐る恐るゆっくりと顔を上げていく。その顔は酷く動揺してキョドっており、俺の顔を直視できないのか、スマホのマナーモードの様にブルブルと瞳が揺れて泳いで、だらだらと冷や汗を流している。


「…いや…それじゃ…間に合わないんですよ…」


 俺から目を逸らしながらクリスはそう述べる。


「何が間に合わないんだよ… もしかして、魔族の襲撃の事を言っているのか? それとも、領内の治安の事に付いて行っているのか? それなら、今は蟻族の連中に任せているだろ?」


 もしかして、クリスが領内の治安の事について懸念を抱いているなら、褒められる事だがクリスに限ってそんな事を考えているようには思えない。


「…いや…その…なんていうか…」


 クリスは自分の目の前で両手の指をつんつんと合わせながら、言いづらそうに言葉を濁す。


「…今、城にロアン殿が滞在しておられるでしょ?」


「…あぁ、しているな…」


 そういえば、ロアンとクリスの二人は駐屯地で『イチロー被害者の会』とか作っていたな… それが関係しているのか?


「私… 駐屯地でロアン殿にカッコつけて『騎士団長』を任されていると言ってしまったので…」


 クリスは恥ずかしそうに顔を伏せながらそう述べる。


「あぁ!! あの時の話しかっ!!」


 確か、ドヤ顔でロアンに自慢していたクリスの姿を思い出す。


「今までは、他の人に頼んで、私は領内を巡回中という事にしてもらって、私自身は山に籠って獣を捕えてなんとか過ごしていたのですが… ロアン殿も目覚められましたし… そろそろ、城の仕事もしないとマグナブリル様のお怒りが御座いますので…」


 クリスは再び頭を地に着けて、手をついて土下座をしながらそう述べる。


「全部、身から出た錆びじゃねぇか! なんで、俺がお前の尻ぬぐいをしなくてはならないんだよっ!」


「そこをなんとかお願いしますっ! なんでもしますからっ!」


 クリスは更に頭を地面に擦り付けて声を上げる。


「いや…お前になんでもしますって言われても…前にもあったように、獣臭いからすぐに風呂に行ってこいとしか、思い浮かばないんだよな…」


 俺がクリスの言葉にそう返すと、後ろと俺とクリスの様子を伺っていたディート、ビアン、ロレンスの三人から、ぷっと吹き出す声が聞こえてくる。


「そこをなんとかっ! なんとかお願いしますっ! イチロー様っ!」


 クリスは顔を上げて這いずってきて、俺の足に縋りつく。


「うわっ!」


 俺はまるでうんこでも踏んだ様な声をあげる。


「そう言えば先程、蟻族の治安維持部隊の事を仰ってましたよねっ!? この際、そこの治安部隊でいいですから、私を騎士団長に任命してくださいっ!」


「おまっ! 何がこの際だよっ! アイツらは領内のみんなから憧れられている名実ともにエリートな存在なんだぞっ! それをそこでいいですからって… いくら何でも厚かましすぎるだろっ!」


 実際に、アシヤ領生誕祭の時に領民を救った蟻族たちは、領民からは憧れと羨望の的で、あの表情を崩さない凛とした振る舞いや、整った顔やプロポーションが熱い支持を受けている。領民の女の子の中には将来、蟻族の部隊に入りたいと言っている人物までいるぐらいだ。


 なので、この際とか、そこでいいですからとかの、クリスの発言はあんまりだ。


「じゃあ…この際、この前連れ帰ってきた牛や豚・ニワトリの家畜の騎士団長で良いです… 一応、整列して行進したり出来るようですから…」


 クリスは身も心も、もはや五体投地のようにプライドを投げ捨てて俺にお願いしてくる。確かことわざで、『鶏口になろうとも牛後になるなかれ』だっけ? 本当に鶏や牛のリーダーに成りたい奴が出てくるとは…


「…いや、クリス… あれはカローラが魔眼を使っていたからできた事で、魔眼の使えないお前が家畜の前に立っても何もする事は出来んぞ?」


 ここまでプライドを捨てるクリスに俺は気の毒になってきて、諭すようにそう告げる。


「じゃあ! 私はどうすればいいんですかぁ!!!!」


 クリスはそう言って、顔を上げて俺に泣き縋ってくる。


「知らんがな!! 俺の方こそどうすればいいんだよっ!!!」


 クリスに縋られる俺は、臭いを吸わないように口で息をしながらそう返す。


 あぁ…ディートに解析を頼んでいる、特別勇者が使っていた血管に直接酸素を送る道具を使っていたら、こんな苦労をせずに済んだのに… 本来の使い方じゃないけど…


 おんおんと泣いて俺に縋るクリスに困っていると、今まで俺とクリスの様子を伺っていたビアンが声を掛けてくる。


「イチロー様…この際、一人騎士団を設立して、クリスちゃんをそこの騎士団長にしてあげたら?」


 ビアンが憐憫の目でクリスを見ながら、そんな提案をしてくる。


「…確かにそれなら、問題ないな… クリスの為に狩猟騎士団を設立して、そこの騎士団長にしてやるか…」


 これ以上、クリスに纏わりつかれたら、呼吸困難になりそうなので、俺は観念してそう漏らす。


「本当ですかっ! イチロー様っ!」


 その言葉を聞いたクリスは、先程までの涙は嘘のように、ぱっと明るい表情で頭を上げる。


「あぁ! 本当だからっ! お前を騎士団長にしてやるからっ!! 俺からすぐに離れてくれっ!!」


 俺は、喜びのあまり俺に抱きつこうとしていたクリスにそう言い放つ。すると、抱きつく先を見失ったクリスの視線は、一人騎士団を提案してきたビアンに向けられる。


「ビアンさんっ! ありがとうございますっ! 貴方の提案のお陰で、私は騎士団長になれましたっ!」


 そう言ってクリスはビアンに喜びの抱擁をしようとする。



「触らないでっ!!」



 しかし、ビアンは大声を上げクリスを拒絶する。その声にクリスの動きがピタリと止まる。



「クリスちゃん…貴方、臭すぎるのよっ! そんな体で抱きつかれたら、折角香水をつけているのに台無しになっちゃわっ!!」


「えぇぇぇ~………」



 その様子を見ていて、今まで肩をプルプルと震わせてずっと笑いを堪えていたディートが、呼吸困難やひきつけを起こしかけている。いや…ディート…お前は子供だから笑ってもいいんだぞ?


 ロレンスの方もポーカフェイスを装っているが、そろそろ頬の筋肉が限界のようで痙攣を起こしている。


「おい、クリス…もういいだろ? お前の望みは叶ったんだからさ… だから、さっさと騎士団長の任務を果して来いよ…」


 俺はディートやロレンスの身を案じて、クリスに退出するように促す。


「…分かりました! この狩猟騎士団、騎士団長クリス・ロル・ゾンコミク! 職務を遂行しますっ!」


 先程までみっともなく、地面に這いずりべそをかいていたクリスが、すくっと背筋を伸ばして立ち上がり、キリっとイキリ顔をしてそう述べる。


 そのイキリ顔… はらたつわぁ~


 そうして、クリスがくるっと踵を返して出入口に向き直ると、そこには、ゴゴゴという字を背中にまとったような、怒り顔のマグナブリルの姿があった。



「クリス・ロル・ゾンコミク… ようやく…見つけたぞ…」


「ひぃっ!! マグナブリル様っ!!」



 まるで地響きのような怒りを湛えるマグナブリルの声に、クリスはビクビクと体を震わせ短い悲鳴を上げる。



「壮行会での摘み食いから逃げ出し… 私に怒られる事を恐れて、帰ってからも姿を消していたお主がこんなところで、騎士団長などと厚かましい願いを申していたとは…」



 マグナブリルの眉間には今にも弾けそうなぐらいにピキピキと青筋が立っている。



「マ…マグナブリル様… こ…これには訳が…」



 クリスは震える唇で言い訳をし始める。



「問答無用! すぐにこの者をひっ捕らえよ! この根性、叩き直してくれるわっ!!」



 だが、マグナブリルはクリスの言葉に耳を持たず、捕縛することを声にすると、マグナブリルの後ろから、蟻族の連中が進み出て、あっという間にクリスを捕縛する。



「ひぎぃぃぃぃぃぃ!!!」



 俺やビアン、ディート、ロレンスの四人は、豚のような悲鳴を上げるクリスが引きずられていく姿を呆然と見守ったのであった。


 人間、あんな風にはなりたくねぇな…

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