第383話 買出しとお土産

 カミラル王子から紹介状を貰った後、ティーナとたわいない会話をしつつ、聖剣チャレンジの日程や、その後に控えているティーナとの挙式の事について話をした。


 先程の、俺を心配していたカミラル王子の顔は義兄の顔であったが、挙式の話については王族の顔になっていた。つまり、三ツ星勇者で対魔族連合が手を焼いた敵を倒し、聖剣の勇者(予定)との挙式はイアピースが対外的に優位に立てるイベントなので、必ずや実施をして成功させたいようだ。


 その後、城を出た俺は、アルファーとDVDを引きつれ、イアピースの街で買い物をする。買い物と言っても俺が欲しい物を買うのではなく、ほぼ買出しを頼まれたものばかりだ。


 ディートやシュリに頼まれた錬金術の薬品や、様々な種の買出しは問題なく行えた。ビアンやロレンスに頼まれた工具も特に問題ない。カズオに頼まれた様々な調味料も、ティーナと面会するために『麗し』の衣装を纏って貴族の様ないでたちをしているが、食道楽と思われて怪訝な目で見られることは無かった。


 カローラに頼まれていたカードの買出しも、自分でも購入予定のあるカードもあるので特に人目を気にしなかった。


 問題は本屋である。ディートに頼まれたカーバルの学術本の新刊や、シュリに頼まれた農業関係の本、後、子供たちの為の絵本などは特に問題ない。しかし…誰だよ…BL本なんて注文したのは!!


 『麗し』の衣装を纏っている男の俺になんてものを頼んでんだよっ!


 普段であれば、そんな依頼は無視して、注文した本人に怒鳴り散らしている所であるが、その本の依頼主がミリーズだったので、問題はややこしくなる。


 一応ではなく真実に俺の命の恩人であるわけだし、無下に断る事なんてできない。目立たないようにさっとBL本コーナーに行って、さっと手に取ろうとしても、『麗し』の衣装が目立ってそんな事は出来ない。しかも、先に来ていたご腐人の方々がBL本を手に取りながら、楽し気に談笑なさっているので、中々、さっと取りに行く隙が生まれない。


 さらに一人帰ったかと思った、新たなご腐人が現れて、BLコーナーを護衛する衛兵の様に隙を作らないローテーションを組んでいる様であった。


 いつまでもその警護が解かれるのを待っていられなかった俺は、覚悟を決めてBLコーナーに突貫して、ミリーズのご希望の本を探し出し、さっとマントを翻して立ち去る。


 俺はその時の舌なめずりをするようなご腐人達の奇異な目を一生忘れる事は無いだろう…ってか、一生もんのトラウマになった…


 そうして、俺は本屋で社会的な生命を掛けた冒険をこなして、外に出ると、外で待機させていたアルファーとDVDが声を掛けてくる。


「お買い物、お疲れ様でした、キング・イチロー様、顔色が悪いようですが、中で何かあったのですか?」


 顔色の悪い俺に気づかってアルファーが声を掛けてくる。その時、俺ははっと気が付く。


 BL本の買出しは、アルファー達に頼めばよかったと…


 でも、アルファー達が変な性癖に目覚めても困るな…


 俺はそう考えると、アルファー達になんでもない、とだけで告げて帰路に着いた。




 城の前まで戻ると、フィッツが城門の所に土嚢や、藁で作った標的人形を使って、ノブツナ爺さんに教わった槍の練習をしていたが、俺達の姿が見えると練習を止めて、門番の仕事に戻る。


「おぅ、フィッツ、ご苦労さん、精が出るな」


「イチロー様っ! お帰りなさいませっ!」


 フィッツはにこやかな笑顔で答える。俺は収納魔法でフィッツに買ってきたお土産を取り出し、フィッツに手渡す。


「フィッツ、土産だ。フィッツに合いそうな皮手袋を買って来たら、それを着けていれば、手が豆だらけにならずにすむだろう」


 俺の土産を受け取ったフィッツの手は豆だらけで、それでも手に包帯を巻いて、ずっと槍の練習をしていたのだ。俺は出かける前にその事を見て、お土産として皮手袋を買って来たのだ。


「ありがとうございますっ! イチロー様!! 一生大事にしますっ!」


 フィッツは嬉しさに瞳を潤ませながら答える。


「いや、消耗品だから、また定期的に買ってくるよ、でも、そう言って貰えると嬉しいな」


 そんな言葉をフィッツに返して、城門を抜けて城壁の中へと進んでいく。


「キング・イチロー様、馬は私が厩に回しておきますので、キング・イチロー様は、旅の汗でもながされますか?」


 俺が乗っていた馬の手綱を引きながらDVDが尋ねてくる。


「いや、先に鍛冶場の方に用事があるからそちらに行ってくる」


 俺はDVDにそう告げて俺は鍛冶場へと歩いて向かう。


「おーい、ビアンいるか?」


 俺は声を掛けて鍛冶場の中に入る。


「あれ? イチロー兄さん、もう戻られたのですか?」


「お帰りなさいませ、イチロー様」


「あら、おかえりなさいませ♪ イチロー様♪」


 鍛冶場の中にいたこのカローラ城の技術屋三人衆のディート、ロレンス、ビアンがいて、挨拶を返してくる。


「あぁ、先程戻った所だ、それより皆に頼まれていたものを買って来たぞ」


 そう言って、三人に頼まれていたものを収納魔法から取り出し、テーブルの上に並べていく。


「ありがとうございますっ! イチロー兄さんっ! 助かりますっ!」


「おぅ、俺の方が用事を頼んでいる立場だからな、気にするな、それよりも例の物の解析はどうだ?」


 俺がそう尋ねると頼んでいたものが手に入り喜んでいたディートの顔が曇る。


「あまり…というか全く進んでいませんね… あれほど高度なものは見たことがありません… 魔法で動作している部分は、なんとか解析でき掛けているのですが、魔法回路が細かすぎて目視出来ないんですよ… だから、ビアンさんに拡大鏡を作ってもらっているところなんです」


 ディートがそう答える。俺はディートにあの駐屯地でニノミヤの遺体から手に入れた装置の解析を依頼していたのである。あまり、特別勇者たちの現代技術を使った道具の解析するのは良くないとは思うが、今後の魔族の対応の事を考えると、背に腹は変えられない状況である。


「そうか… じゃあ、次にビアン、お前に頼まれていたものだが…鋼材や鉱物、砥石が色々に、軟膏をいろいろ買ってきたが…」


「ありがとん♪ イチロー様っ! これで、フィッツちゃんの十字槍の研ぐ事もできるし、拡大鏡もなんとかつくれるわん♪」


「砥石で槍を研ぐのは分かるけど、拡大鏡はどうつかうんだ?」


「あぁ、拡大鏡ね、見ててイチロー様っ♪」


 ビアンはそう言うと、俺が買ってきた軟膏の中身を取り出して、その粘度を見極めてから、何やら粉を混ぜていく。それを布につけて適当な金属道具を擦っていく。


「あぁ、なるほど、ペースト状の研磨材として使うのか」


「そうよん♪ レンズの作成にガラス表面を磨かないといけなかったから必要だったの」


 俺の知らない所で、色々と技術革新が行われている様だな。


「で、次はロレンスに頼まれたものだが… これもレンズに磨きに使うのか?」


 俺はロレンスに頼まれていたニスや塗料の他、サンドペーパーの様な物を取り出す。


「いえ、最近は建築の大工仕事が落ち着きましたから、家具の作成をする為におねがいしたのですよ、ここの豚が育って、膠が作れるようになれば、自前で準備できるのですが、まだと殺するのは先の様ですからね」


「あぁ、今は食う分に回すだけだからな、豚を繁殖させて、余裕ができないと膠にする余裕も生まれないか」


 買出しの依頼品も渡し終えて、その用途も聞き出した俺は、城に戻る為に振り返ると、何故か、鍛冶場の入口に、土下座をしているクリスの姿を見つけたのであった。


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