第382話 家族

「向こうで何が起きたのか話すの? でも…」


 俺はカミラル王子の言葉に肩に寄り掛かるティーナをチラリと見る。俺が即答しないのは国境で対魔族連合と躱した契約魔法の為だ。


 すると、カミラル王子は俺に何やら装飾品を投げて渡す。


「サークレットだ、とりあえず、それを額につけろ」


 そう言ってカミラル王子自身もサークレットをつけ始めるので、俺もそれを見習って素直にサークレットを着ける。



『これで他の者を気にせず話をする事ができる』



 突然、脳内にカミラル王子の声が響く。



『ファミチキ!?』


『ファミチキとは何の事だ?』


『ケフンケフン…いや、なんでも無いです…』



 この魔道具は着けた者同士で、頭の中で強く思った事を会話できる道具のようだ。



『とりあえず、この魔道具があれば、人払いをせずに内密の話が出来る』


 

 そう言って、カミラル王子は俺の隣のティーナを見る。



『なるほど…でも…』


『対魔族連合と交わした他言無用の契約魔法の事であろう? それに関しては、王より実権を譲渡された際に、私も交わしている。だから、離しても大丈夫だ』


 なるほど、肩書が王になっていないだけで、カミラル王子がほぼ王として仕事をしているのか…


『逆に問いますが、カミラル王子はどこまでご存じですか?』


 俺は余計な説明を省くため、逆にカミラル王子に問うてみる。


『対魔族連合が特別な者を使って、魔族の主力を魔族領に押しとどめていることぐらいだな』


『なるほど、そこまでご存じでしたが、では今回の任務の詳細や、向こうで起きた実情を報告します』


 俺は、今回の一件が特別勇者の一人が魔族にやられて、前線の一か所を突破された事、また、そのせいで俺の領地に溢れ出てきた魔獣が群れで襲撃を掛けた事、対魔族連合の要請で、その前線を突破された地域に応援に駆けつける任務であった事、しかし、前線で戦う特別勇者たちはそれを快く思っていなかった事、だが実際に一般勇者を不要とするだけの実力を特別勇者が持っていた事、そんな特別勇者が戦っていたのは魔族人という他の魔族とはことなる圧倒的な力を持った通常攻撃を一切受け付けない存在であった事を説明する。


 そこまで説明して、口で説明した訳ではないのだが、喉を整える為、差し出されたお茶を口に含んでから説明を続ける。


 その後、新たに登場した強力な魔族人により駐屯地にいた特別勇者がほぼ全滅した事、その敵に対して俺とノブツナ爺さんとロアンの三人で立ち向かった事、最終的に特別勇者から託された最終兵器でその魔族人を倒した事、その後、倒れて気を失っていた俺達をシュリが回収して、俺が五日も意識を失っていた事、その間に魔族領全域に不透明な障壁が張られた事、対魔族連合に特別勇者の技術担当であるぼっさんが確保されてしまった事、以上をカミラル王子に掻い摘んで説明した。


 話を聞き終えたカミラル王子は、暫くの間、眉間に皺を寄せて考え込む。



『思った以上に複雑でひっ迫した状況だな…』



 長い沈黙の後、ポツリと述べる。



『えぇ、敵の主力が今まで以上に尋常ではない存在ないから…』



 普通の魔獣は一般人ではどうしようもない存在だ。しかし、正規兵で組織された軍隊であれば対処は可能だ。だが、その軍隊でも対処できないのが、以前敵であったカローラやプリンクリンの様な存在だ。これらは俺達の様な勇者であれば対処可能であった。しかし、今回の一件でそんな俺達勇者でも対処しきれない存在が登場したのである。



『確かに魔族人なる存在が、一匹でも人類の領域に現れたりでもすれば、成す術がないな… それと対魔族連合が一枚岩ではないのも気にかかるな…』


『えぇ、俺もぼっさんがどうなったのかは気になる…』


『そうだ、魔族戦役後を見据えたうえで、特別勇者の技術力を対魔族連合が独占しようとしているのであれば、魔族との戦いの後は、人類同志の戦いになるやもしれん… しかも、一方的な戦いになるな…』


 やはりカミラル王子は今後王としての務めがある為、その様なものの見方をしているのだだ…


『まぁ、その事はかなり先になると思うけど、差し迫った問題としては、今は俺が使った最終兵を警戒して、魔族側が全土に障壁を張って大人しくしているけど、いつその障壁を解除して再び進軍してくるか分からないし…』


『うむ、その日に備えて、その魔族人に対抗する手段が必要になるな…』


 カミラル王子は俺の言葉にそう答える。


『なので、カミラル王子にお願い事があるんですが…』


『ん?なんだ? 魔族人に対抗する手段でも心当たりがあるのか? 私に協力できることがあれば、なんでも協力するぞ』


 カミラル王子は伏せ気味だった顔をあげて俺を見る。


『なら話は早い、聖剣の所有者になる挑戦の紹介状を書いてもらいたいんです』


『ん? 聖剣? もしかして、教会本部が管理する聖剣の事か?』


『えぇ、その聖剣です。なんでも特別勇者も魔族人に対抗する手段としては、効果をみとめているので、今の所、それぐらいしか目ぼしい対抗手段はないので』


『なるほど! 魔族に対抗するための手段があるのか! だったら紹介状ぐらいいくらでも書いてやろうじゃないかっ!』


 カミラル王子は希望が見えた事に、顔色をよくすると、お付き者に指示を出して、ペンと羊皮紙を持ってこさせ、早速、俺の目の前で紹介状を書き始める。


『イチローよ』


 そして、カミラル王子は紹介状を書きながら、俺の名前を呼ぶ。


『なんですか?』


『かつて私は、妹ティーナの純潔を散らしたお前を敵のように憎んでいた…』


 カミラル王子は顔を上げずに紹介状を書きながらそう口にする。


『たがしかし、そこのティーナ本人からお前の助命を嘆願され、私はお前の命をつけ狙うのを諦めた…』


 カミラル王子は顔を羊皮紙に向けたままなので、俺の位置からはその表情を窺い知ることは出来ない。


『その後、お前が、イアピースの王族を殺したカローラを調伏し、ウリクリを征服しかかっていたプリンクリンを倒してウリクリを救い、フェイン・マセレタを中心とする獣人連合も人類側に加入させ、べアールの危機も救い、そして今回、特別勇者も苦労していたカイラウルも解放した…みな、イチローお前の手柄だ…』


 紹介状を書き終えたカミラル王子は玉璽を取り出し、捺印の準備をする。


『だが、そんな事は関係なく、ティーナはお前の子を産み、私に甥が出来た…』


 捺印を終えたカミラル王子は次は紹介状を封蝋し始める。


『ティーナの子であり、お前の子であるアインスローンは、お前の血族でもあるが、私の血族でもある…』


 そして、封蝋を終えた紹介状を手に取り、柔和な表情をして俺に差し出す。


『つまり、私とお前とは家族だ… だから、私やティーナが心配するような無茶はもうするなよ…』


 俺はカミラル王子に頭をさげながら、恭しくその紹介状を受け取ったのであった。




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