第379話 ノブツナの教え
「はっ! てぃ!てぃ!てぃ!」
俺は木刀による剣戟と魔術を組み合わせながら、ノブツナ爺さんに打ち込んでいく。
「ふんっ! ふん!ふん!ふん!」
しかし、ノブツナ爺さんはまるで俺の攻撃を予見していたように安々と剣戟をいなし、また、魔法を躱していく。
そんな状況に俺は一度、距離を取り、呼吸を整えてから再度、攻勢をかけようと考えたが、ノブツナ爺さんはそんな俺の考えを見透かして後ろに飛びのく俺に張り付いて、一撃を食らわせてくる。
俺は咄嗟に爺さんの木刀を自分の木刀で受け止め、鍔迫り合いに持ち込むが、その際、爺さんの木刀が軽く俺の体に当たる。実剣であっても、鎧で十分防げる衝撃であるのだが、俺の体に変化が起きる。
「あっ!」
自分の体にかけていた身体強化魔法などが解除されてしまったのである。
次の瞬間、ノブツナ爺さんに手に持っていた木刀を弾き飛ばされる。
「勝負あったな…」
ノブツナ爺さんは俺の鼻先まで木刀を突きつけてそう宣言する。
「あぁ…まいった… ノブツナ爺さんの勝ちだよ…」
俺は素直に負けを認めて手を上げる。すると、ノブツナ爺さんは俺の鼻先に突き出していた木刀を腰に収める。
俺とノブツナ爺さんは何をしていたのかというと、俺も体力回復の為とはいえ、一日中ぶらぶらしている訳にもいかず、また、前回の魔族との戦いで自身の剣の腕の未熟さを痛感したので、ノブツナ爺さんが滞在している間に少し稽古をつけてもらっていたのである。
ノブツナ爺さんの方も、俺の様な魔剣士に対しての『真陰流』を使った戦い方を試して見たくて、二つ返事で引き受けてくれた訳である。
「しかし、ノブツナ爺さん… 前に戦った時以上に厄介さが増した感じだったよ… ちょこんと剣が触れただけで、強化魔法が解除されるとは思わなかったよ…」
俺は感想を述べながら、ノブツナ爺さんに弾き飛ばされた木刀を拾い上げる。
「まあな… そもそもは魔法を使う者に対抗するため、編み出した技じゃ、これでようやく互いを視認できる距離では優位に立てるようになったにすぎん」
ノブツナ爺さんはあくまで限定条件で勝ったに過ぎない事を述べる。
「爺さん、随分と謙遜しているんだな」
「あぁ、実際にお主が剣で戦わず、わしの近づけん遠距離から、直接ではなく間接的に魔法で攻撃しておれば、わしは手足もでなかったじゃろ… 例えば、前回の戦いの時のように火の魔法で地面を溶かして溶岩として、それを魔法でまき散らされたら、わしは手も足も出ん…今後の課題じゃな…」
通常の魔法攻撃は火にしろ魔弾にしろ、目標に命中するまで、魔力でその形態を維持しているので、爺さんの『真陰流』に切られてしまえば、形態が維持できなくなり消滅してしまう。だが、魔法によって作り出された状態であるが、後は普通の物理現象としてしまえば、『真陰流』でも、その現象を消滅させることは出来ないという事だ。
例えば、岩を持ち上げるまでは魔法で行うが、その後、自由落下させるのは物理現象なので、『真陰流』を使うノブツナ爺さんにも有効であるという事だ。
しかしながら、ノブツナ爺さんが厄介な所は、そんな点や線の攻撃では簡単にいなしてしまう所にある。だから、いなしたり、回避しきれない面での攻撃をしなくてはならない。それが先程述べていた溶岩での面攻撃の事だ。
「遠距離まで対応されたら、魔法を使う者の立つ瀬が無くなるな…」
実際の所、魔法で攻撃するにしても、点から線、線から面、面から体と魔法の影響範囲を広げる度に消費する魔力の量は増えていく。消費魔力を下げれば有効打は得られないし、増やせばすぐに魔力が枯渇してしまう。魔法使いにとっては厄介なことこの上ない。
「お二人ともお疲れ様でしたっ! こちらの飲み物をどうぞっ!」
そんな所に、稽古を見学していたフィッツが飲み物を持ってやってくる。
「おぅ、娘よすまぬのう」
ノブツナ爺さんはフィッツから飲み物を受け取り、コクコクと一度で飲み干す様にあおっていく。
「はい、イチロー様もっ!」
「ありがとな、フィッツ」
俺も飲み物を受け取り口にする。うん、俺の大好きなレモネードだ。
「ふはぁ! このれもねーどというものは美味いのう! 酸味と甘味が疲れを癒すわい!」
「喜んでいただけたのなら幸いですっ! しかし、お二人とも本当にお強いんですねっ! 私なんかはまだまだで…」
満面の笑みでレモネードの美味さを語るノブツナ爺さんとは対照的に、フィッツは少し自虐的・自嘲的な顔を浮かべる。
「ん? なんじゃ、娘よ、お主は自分の武芸の腕に自信がないのか?」
「はい…前回、この城が魔獣に襲われた時も、私一人ではどうする事もできず、クリスさんの手助けが無ければ、領民どころか私自身の命も危なかったので…」
そう言えば、あの襲撃の後、クリスがドヤ顔をしながら魔獣を倒していた事を自慢していたな… まぁ、アイツの場合は武芸の腕というより、狩猟本能で勝てたと思うんだが…
「ふむ…なるほど…では、わしが稽古をつけてやろうか?」
「よろしいのですかっ!?」
落ち込んでいたフィッツは顔を上げて喜ぶ。
「あぁ、構わぬ、して、得物は何をつかっておるのじゃ?」
「はい! 槍を使っております!」
「ふむ、よかろう、持ってくるがよい」
ノブツナ爺さんがそう答えると、フィッツは建物に立てかけていた槍を取りに行く。その間に俺はじいさんに声を掛ける。
「ノブツナ爺さんって、槍も使えたのか」
「イチロー、何を言っておる、わしは業正様より上野国一本槍の感状を受けた男じゃぞ? そもそも、他の武器も扱ってみねば、どの様に対処すればよいか研究できぬであろう」
「確かに…」
少し呆れたような顔をするノブツナ爺さんに俺は小さく答える。
「持ってまいりましたっ!」
「どれどれ…ふむ、袋槍か…ちゃんと石突もついておるの」
槍を受け取ったじいさんはマジマジと槍を確認した後、次はフィッツの顔と体格を確認する。
「ふむ、お主は歳の割には小柄じゃのう」
「やはり、小柄なのはダメですか?」
「いやいや、そんな事は無いぞ、大柄なら大柄なりに、小柄なら小柄なりの戦い方がある。でも、まず初めは基本からじゃ、わしがやって見せるのでよく見ているがよい」
そう言ってノブツナ爺さんは中腰気味に槍を構えると、槍を外回り、内回りに軸を回転させた後、槍を突き出す動作を見せる。
「内から外に敵の武器を払い、外から内に敵の武器を押さえ、そして突く、以上じゃ」
「えっ? それだけ?」
簡単な一連の動作だけで終わってしまったので、好奇心だけで見ていた俺の方が声を上げる。
「そうじゃ、この基本を毎日繰り返し行うのじゃ、基礎がちゃんと出来ていなければ、その上にいくら立派な家を建てても役に立たないのと同じじゃ、『千招(多くの技)を知る者を恐れず、一招(一つの技)に熟練する者を恐れよ』と古人のことわざにもある」
「まぁ、それは分かるんだけど、もう少し何か教えてやってもらえないか?」
「ふむ」
俺がそう頼むとノブツナ爺さんは辺りを見回して、矢の的に使っている土嚢を見つけるとすたすたと歩いていき、槍で一突きして持ち上げる。
「先程の技の練習と、こうして槍の先に土嚢を突き刺して持ち上げる握力と体の使い方も覚えるがよい。持ち上げてしばらくしたら、この様に槍の尻にある石突を地面に固定すれば、片手でも持ち上げられるようになる」
そう言って、槍の石突を地面について、片手で槍を持ち、穂先に土嚢を刺して持ち上げる。
「石突を使って敵の身体を突き上げるやり方を覚えれば、お主の様なおなごでも大の男相手に力負けをすることは無い」
「でも、敵は一人とは限らないだろ?突き刺したままだとやられるんじゃないか?」
「その時はこうすればよい」
そう言って、ノブツナ爺さんが槍の軸を手首で回すと、槍の穂先の刃の向きが、水平から垂直に変わり、土嚢を切り裂いてドサリと落ちる。
「娘よ、お主のように小柄な体であるのならば、己が腕力だけには頼らず、石突を用いて相手の勢いを使って突き刺し、そして、相手の体重を使ってその体を切り裂くのじゃ」
「はい! 分かりましたっ! ノブツナ様っ!」
フィッツは暗闇だった目の前が開けたような顔をして答える。
「イチロー、後はお前がこの娘に、十字槍でもこさえて渡してやれば、そこらの者に遅れをとることは無かろう」
その後、フィッツは『アシヤ領に二本の槍はいらぬ、フィッツの一本槍があればよい』とか、『アシヤ領一本鎗』または『真槍フィッツ』と呼ばれるようになるのだが、それはまだ先の事である。
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