第375話 アソシエの誤解

「う…うそでしょっ!!」


 アソシエは唇までワナワナと震わせてそう呟く。


「やぁ! アソシエ、久しぶりだね! 僕だよ! ロアンだよ! 嘘じゃないよ!」


 一方、ロアンはアソシエが自身がここに運び込まれた事を知らないのではないかと思って、にこやかに明るく答えて、その後、俺から差し出されたハンバーグをパクリと食べる。


「えっ!! し、信じられない… そんな事をっ!! どうしてっ!!」


 そう言ってアソシエは手で口を覆って驚く。


 アソシエの思わぬ反応に、ロアンは疑問を感じつつも、念願のハンバーグを食べられた事にニコニコと嬉しそうな顔をしながら、もぐもぐと咀嚼をする。


「もしかして、皆がパーティーを抜けた事を僕が根に持っていると思っていたのかい? そんな事はないよっ! こうしてイチローとも仲良くしているからね」


 その言葉にアソシエはハッとした顔をした後、まるで敵でも見るような鋭い目でロアンを睨みつける。


「…いつからなの…ロアン…」


 アソシエは呪詛でも吐くような響きでロアンに問いかける。


 そのころ俺はと言うと、ロアンとアソシエがなんがだ行き違いを含めつつも何やら言い合っている様だが、それは俺がパーティーを抜けた後、何か確執があっての事だと思い、俺には関係ない我関せずと言った感じで、のん気に飲み物を取りに行っていた。


「旦那ぁ~ あの二人をほっといてもいいんでやすかい?」


「あぁ、一緒のパーティーにいた時もパーティーの方向性で言い争う事はあった。それに今回切れているのはアソシエだけで、ロアンの方はあっけらかんとしているから、恐らく大事にはならないだろう」


 そう言って、新しいグラスにピッチャーからレモネードを注ぐと俺は自分の席へと戻る。



「うーん、そうだな~ いつからって言うと… 駐屯地に向かう前の国境線の基地で、イチローの方から声を掛けてくれた時かなぁ~」


 

 あっけらかんと答えるロアンの言葉に、アソシエはロアンに対しての怒りの表情から、突如、絶望の表情へと変わって、まるで氷山が崩落するように床に崩れ落ちる。



「いやぁぁぁぁぁぁ!!! どうしてぇぇぇぇぇ!!!!」



 アソシエは床に崩れ落ちるだけでは物足りず、慟哭の声を上げて泣き叫ぶ。



「おいおう、ロアン、一体アソシエに何をしたんだよ…」



 口喧嘩ぐらいなら黙って見ていようかと思っていたが、流石にこの状況では黙っていることは出来ずに、ロアンに事情を尋ねる。



「さぁ…どうしてアソシエがこんなに泣き叫ぶのか、僕にもさっぱり分からないよ…」



 先程まで、美味しい物を食べてすっかり機嫌を良くしてあっけらかんとしていた、ロアンも流石にこの事態に真顔になって眉を顰める。



「どうしてよっ!! どうしてよっ!!! イチロー!!!!」



 泣き叫ぶアソシエから俺の名前が響きわたる。



「えっ!? 俺!? なんで俺に飛び火してんのっ!?」



 アソシエの言葉に俺は目を丸くする。



「私だって…私だって… イチローからあーん♪してもらったことが無いのにっ! どうしてロアンの方が先にしてもらっているのよぉぉぉ!!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~!!」



 他にも色々と言いたかったが、下手に言葉にすると何が地雷になるか分からないので、そこまでにする。



「なんだ、そんなことか? だったら、アソシエもイチローからあーんしてもらえばいいじゃないか~」



 おっと、ロアンは地雷を踏み抜いていくタイプか…



「そんなことですって!? それはイチローの心を射止めてあーんを誰よりも一番にしてもらった余裕なのっ!?」


 ほら…踏み抜いた…


 ってか…なんだか雲行きというか…流れがおかしな方向へ進み始めて来たな… 


 ロアンと再会したあの時、俺はロアンによって、悲しみの向こうに送られそうな気がしていたが、実際、今の方がアソシエによって、悲しみの向こうに送られそうな感じがするんだが…


 しかも、別にロアンにあーんをするつもりはなかったし、男同士だからノーカンと思っていたし、そもそも、カーバルに向かう旅の最中で、シュリを篭絡させる為にあーんをしたことがあるんだよな…


 まぁ、あの時のあーんも恋人同士がするあーんではなく、猛獣に餌遣りをするようなあーんであったが…



「アソシエが一体何の事を行っているのか、僕には…わけがわからないよ」



 ロアンは今度はQべースタイルでいくのか… その言い方ではヘイトを稼ぐことになるぞ… まぁ、ロアンはタンク職だけにヘイト稼ぐのが得意という事か…



「昔…私だけではなく、ミリーズやネイシュにまで粉を掛けるイチローに問い詰めた事があるのよ… 私以外の女に手を出すのは止めてってね… そしたら、イチローに問い返されたのよ… 女好きの俺がいいか、男好きの俺がいいか…好きな方を選べってね…」



 確かにそんな事をアソシエに言われて、そう聞き返した事があったな…



「勿論、その時は私も捨てられない為に、女好きの方がいいって答えたわ…」



 わなわなと唇を震わしていたアソシエが立ち上がって髪を振り乱しながら叫ぶ。



「でも… 今更男好きになるってっ! わたし! 聞いてないわよっ!!!!」


「ぶっ!!!」



 俺は盛大に吹き出す。



「なんで俺が男好きになったって事になってんだよっ!!!」


「だって! イチローの方から声を掛けたって言ってたじゃないっ!!」


 

 アソシエが髪を振り乱しながらヒステリックに声を上げる。


 いや、確かに駐屯地では俺から色々と話しかけて謝罪をしたがそれがどう巡り巡って俺が男好きになったって話になるんだよ…


 流石に反論しようと、口を開けかけた時にアソシエの所にロアンが進み出る。



「確かに、国境の前線基地では、イチローから熱意の籠った(謝罪の)告白を受けた。でも、僕はイチローがパーティーを離れる時に、(イチローの反省を)受け止めていたんだよ」


「ほら! イチロー!! ロアンもこう言ってるじゃない!!!」


「いや、ほらじゃねぇよ… ロアンも重要な言葉を省いて説明するなよ… へんな誤解をされて話がますますややこしくなってきたじゃねぇか… もう、ロアンはそこに座って、俺の食事を食べてていいよ… 殆ど手を付けてないから…」


 ロアンは俺とテーブルの上の食事との間をキョロキョロとして俺に向き直る。


「頂こう」


 ロアンはそう言うと、俺の座っていた所に腰を降ろして、俺の残した食事を食べ始める。


 ってか食うんかい…


 まぁ、話をややこしくさせたロアンを飯で黙らせたので、俺は床に座り込んですすり泣くアソシエの元へと向かい、膝をついてその肩に手を添える。


「アソシエ…」


「うぅ…私もね… 女の子だから…『抱きたい男No1に迫られています』みたいな…多少のBLは嗜む方だけど…」


 BLを嗜むなよ… ってかアソシエもそんなの読んでいたんだな… カローラの蔵書の中にあったのか?


「それはね、物語の中の架空の人物だからいいのよ…」


 アソシエはさめざめと泣きながら、何やらややこしい説明をし始める。


 その時、誰かが騒動を見て、応援として読んだのか、食堂の入口にミリーズとアソシエが姿を現すが、手で制止をして俺に任せろとゼスチャーをする。


「だから、自分の身近な人物…しかも夫であり子供の親であるイチローとロアンが、そんな関係なのは許せないのよっ!!!」


「いや! ちげーからっ! 俺とロアンはそんなんじゃねぇから!!」


 うすうすは気がついていたが、やはりそういう誤解をしていたのか…


「俺がロアンに告白したっていうのは、お前たち孕ませて冒険者を産休させてしまったり、引退させてしまった事を、謝罪していただけなんだよ…」


「…ほんと?」


 ようやくアソシエが涙を流しながらも俺に顔を上げて見せる。


「あぁ、本当だとも… 俺が今まで嘘をついたり…〇ナルで致したがったりしなかっただろ? それが俺が男好きではない証拠だ…」


 俺は必殺のイケメンキラキラ爽やかフェイスでアソシエに告げる。


「…そうね…嘘は兎も角として… イチローはア〇ルをせがんだりしなかったわね… 信じていいの?」


 アソシエが潤んだ瞳で俺を見つめてくる。


「あぁ、信じてくれ… そして、誓うよ… 俺は絶対にアナ〇で致したりしないって…」


「イチローーー!!!」


 アソシエは俺の言葉を信じて抱きついてくる。俺はそのアソシエの背中に手を回し優しく抱きしめ返す。


 俺はイケメンキラキラフェイスを保ちながら、心の中ではようやくアソシエが落ち着いたと安堵していた。


 しかし、そんな所に厨房から、カズオが申し訳なさそうな顔をしてやってくる。


「あのぅ~… ちょっと、すいやせん…」


「どうした? カズオ」


 俺はアソシエを抱き締めながら答える。


「あのですね… ここは食堂でやすので…その~ ア〇ルア〇ルって大声で連呼するのは…ちょっと… やめて頂きやせんかね… そういった話はあちらの談話室でお願いいたしやす…」


 談話室を指差しながら言うカズオの言葉に、俺は何も言い返す事はできなかった…



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