第374話 ロアンの餌付け

 さて、ロアンにこの城の経緯を話すにしても、どこから話すべきか悩む。パパっと城にいたカローラを屈服させたら骨メイドがついてきたの一言ですむのだが、ロアンはそれでは納得しないであろうし、後からカズオやシュリの経緯も聞かれたら話が前後してややこしくなる。


 となると、一から説明した方が良いだろう。生憎、俺は体力の回復中なので、辺りの見回りや畑仕事から解放されているので、時間はたっぷりある。


「先ずはな、ロアンのパーティーから離れた後、俺は自立する為にも手柄を立てなければならないと思ってな、そこで大物の居場所を聞き出す為に、魔族の斥侯部隊を襲って、情報を聞き出すための捕虜を一人捕まえたんだ。それが、あそこにいるカズオだ」


 そう言って俺は厨房にいるカズオに視線を誘導する。ロアンはチラリとカズオを見た後、俺に視線を戻す。


 目の前のロアンは真剣に俺の話を聞いている様に見えるが、それは顔の上半分だけで、残りの下半分は口をもごもごと小刻みに動かして、まるで口の中に食料を溜め込むリスの様に、パンで頬を膨らませながら話を聞いている。


 気を抜いたら笑ってしまいそうだが、今までの付き合いの経験からロアンは至って真面目に聞いている事が分かっているので、極めて冷静を装って話を続ける。


「で、カズオの案内でめぼしい大物の所に行く途中、人類に敵対しているドラゴンがいると聞いて、討伐して服従させたのが、お前がホルスタインキングと間違えたシュリだ」


「確か、モグモグ…カイラウルの近辺に…もぐもぐ…根城を気付いていた…もぐもぐ…シュリナールと呼ばれる…もぐもぐ… ドラゴンは…もぐもぐ… 縄張り意識が強いドラゴンだと…もぐもぐ…言われていたからな…もぐもぐ…」


 ロアンが口の中でパンを咀嚼しながら喋り始める。


「ロアン…食うか話すか、どちらかにしろよ…」


 ごっくん


「すまん、飲み込んだからもう大丈夫だ。それで、あの場所から離れた村を襲うドラゴンもいたと聞いたの事があるんだが、、シュリナールの縄張りからはなれているから他のドラゴンの事だと思うんだけど…そのドラゴンも倒してくれたのはイチローなのか?」


 食うか話すかを問われて食う方を選んだクリスとは違って、ロアンは口の中のパンを強引に呑み込んで話を続ける。


「いや、俺が倒したのはシュリだけだが…そんなドラゴンもいたのか」


「あぁ、なんでも老人しかいない村を手下の悪人と一緒に襲って、村人を教会の中に詰め込み、裸にして辱めていたらしい…」


 ぶっ!!!


 やべ! 吹きそうになった! それって俺とシュリとカズオの事じゃねぇか… 未だにその話が広まっているんだ… あれは俺の中でも忘れ去りたい黒歴史だというのに…


「そ、そんな事もあったのかぁ~ 俺は全然しらなかったぁ~ まぁ、とりあえず話をつづけるぞ」


 俺はしらを切りながら話を続けようとするが、ロアンは餌を貰った野生動物が、まだ物足りないと言った感じの目をして、俺を見ている。


 その視線に気が付いた俺は自分のトレイに目を落として、その中にある茹で卵を見る。



「ロアン、茹で卵、食うか?」


「…頂こう…」



 ロアンは俺から差し出された茹で卵を受け取ると、テーブルでコンコンと軽く叩いて殻を割って取り除き始める。


「それで、その後大物のいる場所に進んでいる時にフェンリルと遭遇してな、そいつを飼いならしたのがポチの事だ」


 ポチの事をそう説明していると、パンを食べた後に茹で卵を食べた事によって、喉が詰まりそうになっているロアンの姿に気が付く。



「ロアン、飲み物、飲むか?」


 そう言って、俺はまだ口をつけていないグラスを差し出す。


「頂こう」



 ロアンはすぐにグラスを受け取り、コクコクとグラスの中のレモネードを飲み干し、ほっと人心地ついたような顔をする。


「そして、大物のいる場所というのに辿り着いたのが…ここカローラ城の事だ。まぁ、最初辿り着いた時は、あの時、俺達が取り逃がしたカローラがこの城の中にいるとは思わなかったがな」


 俺は再びロアンの視線に気が付く。俺を見ている様だが、その視線を詳細に追っていくと、俺のトレイにある、手羽元の唐揚げのチューリップに注がれているのに気が付く。



「…ロアン、チューリップ、食いたいか?」


「…食べたい」



 ロアンがそう答えたので、俺はロアンにチューリップを差し出すと、嬉しそうにチューリップに齧り付き、肉を噛み千切って口をもごもごと動かし始める。


「で、そこで城の中を進んでみると、朽ちかけていたカローラがいた訳だ。そのまま倒してしまっても良かったんだが、この城の経緯を聞くために服従させたんだよ」


「で、どんな経緯だったんだ?」


 ロアンはもぐもぐしながら尋ねる。


「元々はイアピースの隠居した王族の別荘のようなものだったんだが、その実は、鼻つまみ者の王族の隔離場所だったんだよ」


 にこやかにチューリップを食っていたロアンの眉が曇る。大体今までの話は盛ったり、ヤバいと思われるところはアレンジして伝えているのだが、ここの王族の話はそのまま本当の事をつげる。


「それで、ここの当時スケルトンだったメイド達は、その王族が近隣から無理矢理集めた娘を娯楽でなぶり殺しにされた後、カローラによって生き返る事の出来たスケルトンだったんだよ…」


「何という奴だ!!! 王族でありながら、その様な忌まわしい行為をする奴がいるとはっ! 王族の風上にも置けんっ!!!」


 俺から渡された食べ物を食べて機嫌を直していたロアンが、いきなり親の敵にでも会ったように怒りで顔を歪ませて、声を荒げる。


 ロアンの言葉から察するに、王族や貴族の矜持を持たない者に激しい怒りを抱いている様だ。しかし、ロアンが魔族以外の人間にそんな激しい怒りを見せるのは珍しいな…


「まぁ、その王族もカローラに滅ぼされて骨一つ残っていないようだがな、魂ごと滅ぼされたんだろう」


 俺がそう説明すると、ロアンはスカッとしたように表情を緩ませる。



「良かった、そんな王族が滅ぼされて…もし僕が同じ状況になっていたら、僕もその王族を滅ぼしていただろうね… ところでイチロー」


「なんだ? ロアン」



 やはり、ロアンの視線は俺ではなく、俺の目の前のトレイに注がれている。



「そのハンバーグ…食べないのか?」



 その言葉に俺はトレイに視線を落とすと、俺が一口だけ齧ったミニハンバーグがあった。



「ロアン、ハンバーグ、食いたいのか? でも、これは俺が一口齧ったものだぞ?」


「齧ったぐらいいいじゃないか、僕と君とは同じ釜の飯を食べた仲だぞ?」


「いやいや、釜とトレイとは同列に並べたらいかんだろ…」



 俺はそう答えるが、ロアンは涎を垂らしそうな顔をして俺のトレイの上のハンバーグを凝視している。


 片意地を張らずに自分の分を取りに行けばいいのに…ロアンは昔からこう頑固で融通の利かない所がある。俺はそんなロアンの頑固で融通の利かない所を思い出して、はぁと溜息をついて諦める。



「ちょっと待ってろ、ロアン、齧った所を切り分けて渡してやるから」


「あぁ、頼む」



 ハンバーグに瞳を期待で輝かせるロアンにそう言って、ナイフで齧った所を切り離し、残ったハンバーグにフォークを突き刺して、ロアンに差し出す。



「ほれ、ロアン、ハンバーグだぞ」


「あーん」



 すると、ロアンは餌を貰おうとするひな鳥の様に口を大きく開いて、身を乗り出して顔を突き出す。



 カシャンッ!!



 その時、グラスが割れる音が鳴り響く。何かと思い、俺とロアンはその体制のまま、音の方角へ視線を向けると、蒼い顔をしてワナワナと小刻みに震えるアソシエの姿があった。



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