第372話 剣聖の読書

 その後もノブツナ爺さんに『真陰流』の習得について尋ねたが、やはり結果としては会得にはかなりの時間を要することが分かった。それこそ、山に一人籠って数年かけて修業をすれば俺であれば会得する事も可能であろうと、爺さんは言っていたが、そんなに時間を掛けていては、修業が終わって山から出てきたときに人類が滅んでいる事も考えられるし、俺自身がそんな長期間、女断ちの状態は耐えられない。


 また、ノブツナ爺さん自身もウリクリ専属の冒険者状態なので、体調が戻るまではこの城に滞在するが、今回の顛末を報告の為にウリクリに戻らねばならないそうだ。


 それまでは、剣の手ほどきをしてくれるそうだが、それは俺だけではなく、城内の希望者にも指導してくれるそうだ。これはありがたい。


 まぁ、どちらにしろ、魔族の対抗手段としてのノブツナ爺さんの『真陰流』の習得は当てに出来ない状態になった… 別の対抗手段を考えないといけないが… 残る手段と言えば… マサムネが言っていた聖剣か… 確か、ロアンの話では教会が管理保管しているという話だから、明日でも時間のある時にミリーズに聞いてみるか…



 そして、次の日。不思議なもので、昨日大食い選手権のようにあんなに食ったのに、一晩明けて朝になると腹が減っている。そんな状態なのは俺だけかと思っていたが、朝食を摂る為に食堂に来てみると、シュリとアルファー、そしてノブツナ爺さんが食堂に来ていて既に食事を始めていた。しかも朝からガッツリと料理を取り分けて来て食っている。


 朝からよくそんなに食えるもんだと思っていたが、実際、自分が朝食の料理が並べられている所に行くと、あれこれと料理をガッツリ持っている自分に気が付く。


 頭では『ダメよ! そんなの入らない!』って考えていても上の口は欲しているのか… まぁ、上の口なんていっているけど、俺には下の口は無い訳だが… いかん、マイSONが封印されていて性欲だけが溜まって考えがエロい方に傾いていく…


 そんな事を考えながら、皆が食事をしているテーブルへと向かう。


「おはよう、みんな」


「イチローかおはよう」


「キング・イチロー様、おはようございます」


「おはよう、あるじ様、今日はちょっと遅かったのぅ」


 三人はそう挨拶を返してくれるが、トレーの上の料理を見ると、もう食べ終わりそうな感じであった。


「誰かさんが、余計なお世話をしてくれたから、体力を回復させる為に、よく眠っていたんだよ… そう言えば、カローラとポチの姿が見えないけど、二人はどうしたんだ?」


「あぁ、カローラならあの後、『このワン』とやらを読み始めたので、つい先ほどまで起きておった、今は寝ている所じゃ、ポチはさっさと食事を済ませて、コゼットと牧場の見回りをしておる」


「『このワン』って…あぁ、あの本の事か…そう言えばシュリも何か本を読みたかったようだが、どうしたんだ?」


 確か、『このワンダフルワールドに邪神ちゃんの修復を』だったっけ…色々と混ざっていて内容が想像できんな… 今度、俺も読んでみるか…


「わらわも読みたい本があったのじゃが、今日はこれから畑の様子を見に行かないといけないのでのぅ、夜更かしは出来んかったのじゃ、なので帰ってきたら速攻で読んでハルヒ殿に感想を伝えにいかんとのぅ」


 そのシュリの言葉にノブツナ爺さんがピクリと反応する。


「シュリよ、今、ハルヒといったか?」


「あぁ、言ったが…ノブツナ殿はニシゾノ・ハルヒ殿のお知り合いなのか?」


「そうじゃの… 知り合いと言えば知り合いになるかのぅ… それで、そのハルヒ殿は今何処に?」


 ノブツナ爺さんは言葉を選ぶように答える。


「ハルヒ殿なら、今のこの城に住んでおられる。ノブツナ殿もハルヒ殿知り合いならば、後でお会いになるか?」


 シュリの言葉にノブツナ爺さんは目を見開いてぎょっとした後、ゆっくりと…そして無言で俺を見つめてくる。これはハルヒを俺の女にしていないかどうかを聞きたいのであろう… 

 ノブツナ爺さんの女の趣味は俺と似ていて、スレンダー釣り鐘型巨乳の体系で、とっぽい感じの女が好きだからな… それでジュノーで同じエロ本を買おうとしたわけだし…


 ここはまだ望みを捨てきれない『真陰流』習得の為にも、ノブツナ爺さんの機嫌を損なわず誤解が無いように伝えなければならない…


 俺は正面に座るノブツナ爺さんに身を乗り出して、テーブルを挟んでひそひそ話をし始める。


「じいさん…安心してくれ…まだ致してないよ…」


「そうか…まだ致してないか…では其方の女ではないのだな?」


 ノブツナ爺さんも身を乗り出してひそひそ話で答える。


「二人とも、まだ…とか何をはなしているのじゃ?」


 俺達のひそひそ話を耳にしたシュリがキョトンとした顔で尋ねてくる。


「いや…城でのハルヒ殿の生活はどうだったか聞いておったのじゃ、ハニバルでは随分と困窮しておったのでのぅ」


「そ、そうそう! 他にも、爺さんが『まだ』ハルヒさんの本を読んだことがないって聞いていたんだよっ!」


 ハルヒ専属ガーディアンのシュリに、『まだ』致してないとか致したという話を聞かれては不味いので本の話に誤魔化して答える。


「そうかっ! ノブツナ殿はまだハルヒ殿の本を読んだことが無かったのかっ! ちょっとまっておれ!」


 シュリはそう言うや否や、隣の談話室へと駆け出し、カローラの蔵書からハルヒの『初恋はじめました』全巻抱えてやってくる。


「これがハルヒ殿の書かれた最高傑作『初恋、はじめました』じゃ! ノブツナ殿も読むがよかろうっ!」


「いや…わしは…」


 ノブツナ爺さんはそう言いかけたが、期待に満ち溢れて瞳をキラキラとさせるシュリの顔を見て、言葉を押しとどめる。


「これを読んでおけば、ハルヒ殿と再会したときに会話も弾むであろう!」


「そ、そうなのか?」


「あぁ! そうじゃ! わらわはこれから畑仕事に行ってくるが、ノブツナ殿はゆっくりと読むがよかろう、後で感想をきかせてもらうぞ!」


 シュリはノブツナ爺さんにそう言い残すと、食べ終わったトレイを片づけて畑仕事へと向かう。


「キング・イチロー様、私も仕事が御座いますので、お先に失礼いたします」


 アルファーもそう言って、食堂を後にして、俺とノブツナ爺さん、そしてシュリの置いていった『初恋、はじめました』だけがとり残される。


 その状況に、ノブツナ爺さんは、どうすればいい?といった顔で無言で俺を見る。


 その無言の問いかけに、俺は首を横に振って応える。読まなければ、恐らくノブツナ爺さんはハルヒさんと会わせてもらえないだろう…会わせて貰う為には読まなくてはならない…


 ってか、当時、日本随一の剣聖の上泉信綱が少女恋愛ラノベを読まなければならないのか… 世も末だな…

 

「ふぅ…仕方が無いのぅ… 腹ごなしのかわりに読むとするか…」


 諦めたかのようにそう言ってノブツナ爺さんは可愛らしい表紙の『初恋、はじめました』を抱えて談話室へと向かったのであった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る