第371話 真陰流のやり方

「ふぅ~ 食った食ったぁ~ これだけガッツリ食ったのは久々だな…」


 俺は食堂の隣の談話室で、パンパンになった腹を擦りながらソファーに体を預けるように腰を降ろす。こうして妊婦のような腹になって満腹状態になっているのは俺だけではなく。主賓席に座っていたメンバー全員である。


 あの時、主賓席がテレビチャンピオンの大食い選手権の様になっていると言っていたが、実際に大食い選手権の様になり、俺達は延々と御馳走を食い続けた。


 まぁ、俺は気を失っている状態だったから、アルファーのロイヤルミルク以外を口にしていなかったが、どうやら他のメンバーも俺の状態が気になって食べ物が喉を通らなかったようだ。(クリスは除く)


 そんな訳で、今まで食っていなかった分をずっと食い続けるものだから、俺の土産話を期待していたものは、壮絶な食いっぷりに声を掛けられず、また、敵との戦闘の講演会を準備していたマグナブリルも取りやめにしたそうだ。


 講演会もなし、俺達が食うのに必死で声を掛けられない、そんな状況にパーティーに出席する人々は次第に興味を失い、とりあえず食えるものだけ食って腹がいっぱいに成ったら会場を後にしていった。


 そして、主賓の俺達だけが、まるで学校の給食で食べられないものがある子供の様に会場に取り残されていた。ただ俺達の場合は食えないから残っていたのではなく、食い続けていたから残っていた訳であるが…


 そうして、粗方の物を食い切った俺達は寛ぐために食堂の隣の談話室に来たわけである。



「ふぅ…これだけ食べたのは久々じゃわい、歳をとっても腹が減っている時には入る物じゃのぅ」


 そう言って、ノブツナ爺さんはパンパンになった腹を腹鼓をする狸のようにポン!と鳴らす。


「確かに爺さんも滅茶苦茶食ってたな!! 駐屯地ではそんなに食ってなかったのに」


「それはあれだ。体を動かさんのに飯ばっかり食えんじゃろ。今回、たらふく食ったのは奴を倒す為に『真陰流』を惜しみなく使ったからな、体が滋養のある物を欲しておったのじゃ」


 確かに駐屯地でのノブツナ爺さんは体を動かしていなかったな、ただ時折、瞑想みたいなのをしていたのは見たことがある。きっとあれは頭の中でイメージトレーニングの様な事をしていたのであろう。


「そう言えば、ノブツナ爺さんに聞きたい事と頼みたい事があったんだ」


 俺は背もたれに体を預けた状態から、体を起こし、姿勢を正してノブツナ爺さんに向き直る。


「なんじゃ、イチロー、何を聞きたい?」


 ノブツナ爺さんも俺に合わせて、体を起こす。


「あの戦いの時に爺さんが使っていた技の事なんだが… その…どういう原理の技で、それを俺に教えてもらう事は出来るのかって話なんだが…」


 俺はノブツナ爺さんの顔色を伺うように尋ねる。恐らくあの技はノブツナ爺さんが人生を捧げて磨き上げ作り上げた極意中の極意… おいそれと、『紅茶に砂糖はいくつ入れる?』みたいな気軽なノリで答えられるような物ではない。


 だから、俺は話しながら爺さんの顔色を伺っていたのだ。そして、俺の予想通り、ノブツナ爺さんは二つ返事で快諾するのではなく、難しそうな顔をして腕組みをして思案し始める。


「…やっぱ、一子相伝とか門外不出とかで、技の原理とか教えるとかできないか?」


「ん? いや、そんな事は無いぞ」


 俺が諦め半分で尋ねてみると、ノブツナ爺さんが眉を開いて顔を上げる。


「え? いいの?」


「あぁ、そもそも、わしは業正様亡き後、箕輪城が落ちた時に、晴信公の士官を断り、剣術を広めるために剣豪となったのじゃ、剣術を教える事を拒みはせん、だなが…」


 ノブツナ爺さんが肩眉を上げて俺の顔を覗き見る。


「お主がわしから習いたいのは前世の『新陰流』ではなく、わしが先日使った『真陰流』の方じゃろ?」


「あぁ、今後、またあんな奴と対峙する可能性があるかもしれんから、対応策が欲しい所なんだ。俺が敵に止めを差したあの兵器は一発ぽっきりの物だし、数撃てたとしても、あんな凶悪なものほいほいと撃つこともできないだろ?」


「そうじゃなあんなものをほいほいと撃つことは出来んが、魔族に対抗する手段も必要じゃな、それでわしの『真陰流』という事か…」


 そう言ってノブツナ爺さんは再び頭を捻り出す。


「『新陰流』であれば技や技術は体系化されてその理論や実践を説明するのは容易い、だが、『真陰流』の方はわしもようやく実現できた技で、その技術はまだ体系化できておらず、なんというか、まだ感覚的なものでのう… 人に説明して教えられる状態には至っておらんのじゃ」


「あぁ、なるほど…そう言う事か… 大体、ノブツナ爺さんの言いたい事は分かったよ、まぁ、確かに秘伝とか極意を簡単に説明できて覚えられるものなら、そこら中剣豪だらけになるからな… そこは鍛錬を積み重ねて自分で覚えなければダメなようだな…」


 なんとなく、泳ぎ方を教わるとか自転車の乗り方を教わるのに近いのかな? 泳ぎにしても水を掻くと言われても、実際に水の中で藻掻いてみないと分からないし、自転車にしてもペダルを漕げは走ると言われても、大抵、まず初めはコケるよな… やり方だけ教わって後は自分で経験して身に付けないといけないという事か…


「うむ、まぁ剣の師範としてはそれを教えられてこそ、師範としての意義があるのじゃが… 『真陰流』に関しては難しいのぅ…」


 ノブツナ爺さんもただ魔族の対抗手段を広めたいというよりかは、剣の師範として広めたいという意思があるようだ。 


「なんとなく、こう考えて作ったとか、そういう解説も難しい?」


 とっかかりが欲しくて、なんとなく尋ねてみる。


「ん? それなら出来るが、あまり当てにはならんと思うぞ…」


 そう言って、解説を始める前にノブツナ爺さんはコホンと咳ばらいをして俺に向き直る。


「そうじゃな…最初から説明すると わしがこの世界に来て、困った事に対応する為じゃ、それは魔法についてじゃ、 この世界の魔法は何もない状態から、弓や鉄砲のように遠距離から撃ってきよる。その対抗手段として何か無いかと考えた…」


 まぁ、剣にしろ槍にしろ、遠距離から攻撃してくる魔法の対処方法を考えないと、一方的に攻撃されるだけだしな… 普通の冒険者は魔術師に対魔法のバフを掛けてもらうか、自前でシールド魔法を張るかが定石だな。


「そこで、わしは己が魔力を剣に滾らせ、剣で魔法の構造というか概念その物を切って破壊することが出来ないかと考えたのじゃ」


「えっ!? あの剣技ってそんな技だったの!?」


 俺はノブツナ爺さんの説明に目を丸くする。


「そうじゃ、この世界の魔法よりの生物や実態を持たぬもの、魔法で強化しているものを切ろうと編み出した技じゃ、勿論、撃ち出された魔法も切る事はできる」


「理論的には可能な話だが、実際には不可能なレベルの離れ業だな… 普通にやったら魔力と魔力のぶつかり合いにしかならない… いや、確かにそれは説明できんわ…」


 刀で魔法の構造や概念を切って破壊するって… ただ切るだけなら俺でも魔力を圧縮して剣に宿らせれば魔法を切る事はできると思う…しかし、それではただ切れるだけで、切った後、二つに分れた魔法がそのまま俺に当たるだけの話だ。


 だから魔法そのものの構造を破壊して消し去らねば意味がない… でもどうやって… わからん!! あまりにも突飛すぎる理論の技だ!!


「まぁ… 技の原理というか効果は説明したので、後は自身で鍛錬するのじゃな… こればっかりは何度も試して経験するしか方法はない」


 ノブツナ爺さんはそう言うのであった。


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