第368話 特級呪物

「イチロー… もう目を覚ましてもいいわよ…」


 ミリーズのその声に俺は微睡んでいた意識を覚醒させ、ゆっくりと瞼を開いていく。マジで熟睡しそうになっていた。それと言うのも暇だし眠ろうとしても、体中の痛みや、肋骨が折れたりひびがいっているので、深い呼吸をする事が出来ない事からくる息苦しさで、熟睡できていなかったのである。


 だが、ミリーズが傷を癒してくれたお陰で、痛みがなくなり、深い呼吸も出来るようになったのであまりの心地よさから、熟睡しかかっていたのである。


「ふぁあぁ~ 気持ちよくてマジで熟睡しかかっていたよ、ミリーズ、ありがとな、ん?」


 そう言いながら、痛みがなくなった体で起き上がろうとすると、あるものが目に飛び込み、疑問の声を上げた。


 そして、説明を求める為に、ミリーズに向き直ると、ミリーズ、シュリ、カローラの三人が並んで、極めて冷静な真顔を取り繕おうとしていた。


「なんで、マイSON、包帯まかれたままなん?」


 火垂るの墓石の根津子のような口調で三人に尋ねる。


「そ、その…そこは負傷していないって聞いたから…」


「もろ出しにはしておけんからな」


「パンツがなきゃ、はずかしいもんっ!」


 三人がそれぞれに答える。確かにその説明は筋が通っている。だがしかし…俺はチラリとマイSONを見る。


 俺のマイSONの包帯には特級呪物を封印するように、禍々し呪文やら魔法陣やらが描かれていた。まるで耳なし芳一のマイSONバージョンである。もしあの物語通りに亡霊がきたら、体の方だけ持っていかれて、マイSONだけが残るんか?


「なんで、マイSON、特級呪物のように包帯に呪文がかかれているん?」


 再び火垂るの墓石の根津子の様に尋ねる。


 すると三人の目が泳ぎ始めてキョドりだす。


「いや…その…なんていうか…イチローの為を思って…」


 ミリーズがそう答えたので、次は隣のシュリに視線を向ける。


「あるじ様の事じゃから、治療が済んだらまた女たちと致すつもりじゃろっ!」


 今度はカローラに視線を向ける。


「そう出来ないように、ミリーズにお願いして封印してもらったんです」


 カローラの言い分も聞き、俺はふむふむと三人の言い分を整理するように頷く。


「そうするつもりですが、何か問題でも?」


 俺はキリリとした顔で三人に向き直り、有能弁護士みたいな口調で答える。まぁ、今の姿は全裸にマイSONだけがパンツ代わりの包帯を捲かれた状態であるが…


「それが問題なんじゃっ!」


 シュリが声を荒げる。


「そうよっ! イチロー! 傷は治っても、体力は戻ってないから無理して欲しくないのよっ!」


 ミリーズがそう叫ぶ。


「イチロー様、例えば、今すぐ骨付きあばら肉を食べたら死んでしまいますが、我慢すれば後で何本も骨付きあばら肉を食べられるのなら、どちらを選びますか?」


 カローラはそんな過程の話を持ち出してくる。


「ふっ…知れたことよ…」


 カローラの質問に気障っぽく笑う。


「今すぐ骨付きあばら肉を食べて体力を取り戻し、すぐに何本も食うに決まっているだろっ! それが…男という生き物なのさ…」


 俺の返答にカローラは頭を抱える。


「あれ… 私の例えが悪かったのでしょうか… それともイチロー様が普通ではないのでしょうか…」


「カローラよ、まぁ…確かにあまりよい例えではなかったが、後者の方じゃ…」


 そんなカローラの肩にシュリが手を添える。


 まぁ、冗談交じりにそう答えたものの、三人が俺の体調を心配してくれるのは確かである。普段ならそこまで心配することはないが、そこはミリーズが見立てで言っていた通り、俺がマジで死にかけていた事で、過剰に心配して気づかってくれているのだろう。


「分ったよ、皆のいう通り無茶はしないよ」


「イチロー!」


 俺の言葉に、ミリーズは嬉しそうに声を上げる。


「シュリやカローラは、ずっと馬車の中で俺を看病してくれたし、ミリーズはこうして俺の体を癒してくれた。その三人が無理をするなというのなら、素直に従うよ… 心配かけてすまねぇな…」


 俺はちょっと照れくさそうに三人にそう告げる。


「最初からその様に言ってくれれば良い物を…」


「ホント、イチロー様はハラハラさせてくれますね…」


 シュリとカローラの二人はやれやれと言った感じで笑みを浮かべる。


「ところで、俺のマイSONはいつまでこうして置いたらいいんだ? ミリーズが診断して体力が回復したと判断した時に封印を解いてくれるのか?」


 俺は『封印されたエグゾディアの股間』状態のマイSONを眺めながら尋ねる。


「あぁ、それは体力が回復した時に、呪文で自動的に封印が解かれるから大丈夫よ」


 ミリーズは少し気まずそうにしながら答える。


「ミリーズ殿の診断で封印を解くやり方では、あるじ様なら、『体力が回復したかどうかミリーズに確認してもらいたいんだ!』と言って、ミリーズ殿を口説き落として封印を解かせるかもしれんからな… わらわが説明してそうしてもらったんじゃ」


 くっそ! シュリの奴!! その通りだよ!!俺がやりそうなことを見抜きやがってっ!! 


 ミリーズも流されそうな自分の事を良く分かっているのだろう。シュリの言葉に、ミリーズが恥ずかしそうに顔を下げる。


「ごめんなさいね…イチロー…」


 頭を下げるミリーズと、先程の三人の意向に沿うという自分の言葉を思い出して、俺は何も言い出せずに押し黙る。


 そして、暫くじっと考えたあと、ふぅと溜息をつく。


「分ったよ、ちゃんとインチキをせずに体力を回復させて封印が解けるまで待つよ…」


 俺は諦めたようにそう答える。


「やっぱり、インチキを考えておったのじゃな…」


「凄い…ホントシュリの言った通りだった…」


 俺の反応にカローラが驚いた声を上げる。カローラのその反応になんだか俺は負けたような気分になり『ぐぬぬ…』と声を漏らしそうになったが、なんとか堪える。


「じゃあ、体が治った事だし、俺は一度部屋に服を着に行くよ」


 そう言って、ベッドの上から立ち上がる。


「そうね、ズボンだけってのは、あまりよくないわね」


「あるじ様よ、ちゃんとパンツも履くのじゃぞ、あるじ様の場合、包帯がとれてもそのまま癖にしてしまいそうじゃからの」


 うっありえる… マジでシュリの俺に対する言動を読む精度は高すぎるだろ…


「分ったよ、ちゃんと履いてくる!」


 俺はそう言い残して部屋を後にした。







 

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