第363話 領民と演説

 俺は連絡扉を通じて、馬車の外に出る。すると久々の外の眩しい光に目が眩んで細める。


「あっ、旦那ぁ」


「領主さま?」


「領主さまだっ!」


 カズオの声と共に、周りから聞きなれぬ声が聞こえてくる。俺は眩んだ目が眩しさに徐々に慣れて来て瞼を広げていくと、辺りの状況が見え始めてくる。すると思った以上の領民が馬車の周りを囲って追従しており、俺の姿を見ると嬉しそうに顔を開いた後、すぐに眉を曇らせていく。


 どうやら包帯だらけの俺の姿を見て、不安を抱き始めている様だ。これはズボンだけでなくちゃんと上着も羽織って包帯姿を見せるべきではなかったなと後悔する。しかし、やってしまったものは仕方ない。なんとかして、挽回していかないとダメだな。


 俺は決め技のイケメン爽やかキラキラフェイスを作り、馬車を取り囲む領民たちに声をかけ始める。



「諸君! 俺の帰還に集まってくれてありがとうっ!!」



 重傷を負っているはずの俺が、にこやかなイケメンフェイスを作り、力強く声を上げた事で、領民たちが目を丸くする。



「皆も知っての通り、隣国カイラウルが魔族の襲撃によって陥落したとの知らせを受け、俺はカイラウルの人々の為、人類の為、そしてカイラウルと接する、この領地の皆の為に、戦地に赴いた!」



 不思議なもので、最初は領民を前になんて話せばいいか、悩んでいたが、実際、話し始めると、まるで、ガソダムのギレソ総帥が俺に降霊したかのようにすらすらと演説のセリフが湧いてくる。これはアニメやゲームで何度もギレソ総帥の演説を聞いたせいだな…


 

「皆は俺の包帯姿を見て、その戦況を心配しているようだが、安心して欲しい!! 魔族の進行は俺が見事押さえきった!!」


 実際にはロアンとノブツナ爺さん、それとあの神の杖を俺に託してくれたマサムネのお陰であるが、ここは民心を安心させる為、盛って話しをする。


 すると、俺の予想通り、不安だった領民の顔に安堵が広がり表情が開いていく。


「これも、俺を信じ、俺を応援してくれた皆の思いがあったこそだ!!」


 領民の中から歓喜の声が漏れ始める。


「そして、魔族の脅威が去ったこれからは、カイラウルは復興の道を歩み始め、この領地との交易も盛んになる事だろう! 皆もそのカイラウル復興の為に、今までにも増して自己の生業に励み、余剰を生み出しカイラウル復興の為の交易をしてもらいたい!」


 これから復興特需が始まると言っておけば、魔族に対する恐怖や不安も和らぐ事であろう。俺はそう思って、決めポーズを取りながら、声高らかに領民に告げた。


 すると領民たちも俺の言葉に呼応するように天に拳を突き上げ。声を張り上げる。


「ジーク! アシヤ!」


 一人がそう声を上げるとその行為が周りの者に広がって皆、同じように拳を突き上げ声を張りあげる。



「ジーク!アシヤ! ジーク!アシヤ!」


「ジーク!アシヤ! ジーク!アシヤ!」



 こうして俺の言葉に応じて人々が熱狂して声を上げる様を見ていると、なんだか得も言われぬ感覚に陶酔して酔いしれてくる。


 ギレソ総帥も演説してこんな気分だったのか… こんな状況が毎日続いたら、俺も神の杖どころかコロニー落としをやったり、ビッグトムを量産したりしてみたくなってくるな…


そんな危ない薬でもやるような背徳感を織り交ぜた快楽を感じて、身震いしそうになる。



「皆の出迎えは受け取った! 後は皆の生業に励んでくれ!」



 俺はそう言って、熱狂し始める領民に家に帰って仕事をするように促す。



「分かった! 領主さまのいう通り、これから特需が始まるから仕事を頑張らないとな!」


「俺達の頑張りが、復興の手助けになるし、俺達の儲けにもなる!」


「このビックウェーブに乗るしかないな!」



 そう言って領民たちは意気揚々と各々の家に戻っていく。


 俺はその領民たちの姿が完全に消えるまで見届けると、ふぅと溜息をついてどっかりと体を預けるように御者台の椅子に腰を降ろす。


「旦那ぁ、お疲れのご様子でしたら、誰か呼んで中でお休みになられやすか?」


 カズオは俺を気遣って声を掛けてくる。


「いや、いいよ、しばらくここで風でも当たるよ、さっき近寄ってきた領民の中に見知った顔も見かけたから、もう城まで近い場所まで戻ってきているんだろ?」


「へい、日が昇っているうちに着くと思いやすので、夕食は城でいただけやすね」


 カズオがそう返してくる。


「そうか、なら城に着いたら忙しいと思うが、以前俺が作っていた骨付きあばら肉をたっぷり作ってもらえるか? ガッツリ肉を食いたい気分だし、シュリの奴も俺のレシピの奴を食いたがっているからな」


「えっ!? そんな病み上がりの体で肉をガッツリ食うんでやすか?」


 俺の言葉にカズオは目を丸くする。


「あぁ、まだまだ体に血が足りてないし、そもそも内臓にはあまりダメージを受けてなかったからな」


 身体全身に石礫を受け、脇腹にも大きな破片を受けたが、幸いな事に内臓を損傷していなかった。これもナニかと体を動かして、筋肉を鍛えていたお蔭であろう。筋肉とマイSONは裏切らない。俺は改めて思った。


「では、夕食までに骨付きあばら肉の仕込みが出来るように少し馬車を飛ばしやすが、構いやせんか?」


「あぁ、構わんよ、頼む」


 俺がそう答えるとカズオは手綱を撃ってスケルトンホースを急がせる。


 少し、揺れが大きくなった御者台の上で、俺はボンヤリと辺りの景色を眺めながら考える。


 生誕祭での夜の時や、駐屯地で、カズオも含めてシュリやカローラ、ポチたちの人生を俺と関わる事で大きく変えてしまったが、俺自身の人生も大きく、そして思いがけない方向に変わりつつある。


 以前の一人で冒険をしていた時のままなら、適当に冒険で金を稼いで、適当に何処かに住み着いて、適当に歳をとって昔話をしながら余生を過ごしていたかも知れない。


 だが、今回の冒険で命を押しかけた事や、領民たちに熱狂されて、支持される独裁者みたいな気分を味わう事もあった。


 俺自身の人生も大きく変わりつつあり、且つ、それはか細い糸の上を綱渡りするような安泰とは程遠く危ういもので、一歩間違えれば直ぐ近くに死があったり、または独裁者としてやり玉にやげられて討伐されるかもしれない…そんな状態だ。


 まぁ、俺が悪の独裁者になろうとしたら、周りの皆が止めてくれると思うのである意味保険がある状態だが、この剣と魔法の異世界で、尚且つ魔族との戦争がある状態で、勇者と言う肩書を背負っている以上、死と隣り合わせの状態から抜け出す事は不可能であろう。


 俺はそこで、ふとあの戦いの時のノブツナ爺さんの言葉を思い出す。確か、『わしは端から畳… いやこの世界ではベッドか…ベッドの上で死のうとは思っておらぬ』だったか… 戦いに身を置く者としては当然の心構えだ。だが…


「俺はベッドの上で死にたいとは言わないが…出来れば腹上死がいいなぁ~」


 そうポロリと零す。


「旦那、今何か仰いましたか?」


 俺の突然の意味不明の呟きに、カズオが問い直してくる。


「いや、何でも…独り言だ気にしないでくれ…」


「へ、へぇ…分かりやした…」


 そう答えたカズオの進む先には懐かしのカローラ城が見えてきたのであった。



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