第362話 カジュアル服

 馬車の走るコトコトと揺れる僅かな振動を感じながら、俺はロフトのベッドの上で指折り数えながら城に帰ったら食べたいものを口にしてあげていた。


「先ずは、骨付きあばら肉だろ… 次に骨付きあばら肉… 最後に骨付きあばら肉だな…」


「イチロー様、骨付きあばら肉ばかりじゃないですか、えっと、このレストランを買いますね」


 カローラはそう言って、チップを支払ってレストランのカードを手に入れる。


「わらわは別にそれで構わんが、我儘を言えば、あるじ様が前に作ってくれた物の味が忘れられんのう… うむ… ちと高い物しか残っておらんが、白チップの資源がでる図書館のカードを手に入れるかのぅ」


「俺の作った料理を褒めてくれるのはありがたいが、俺の帰還の祝いで、怪我人の俺に作れと言うのか? 宝石店を手に入れて、キャラカードのアリスを手に入れるぞ」


 俺はぺっとチップを支払い店舗カードを手に入れて、資源条件を満たしたので、キャラクターカード、アリスを手に入れる。うーん、中々の美少女…実際に会って致したいものだ…


「駐屯地でのカズオの作る料理も美味かったのじゃが、久々にガッツリと肉を食いたかったのじゃがのぅ…」


 俺の言葉にシュリはがっかりしたような顔をする。 

 

「そうガッカリするなよシュリ、ちゃんとレシピはカズオにも教えているから、カズオが再現して作ってくれるから」


「そうかっ! カズオが作ってくれるのか! しかし、わらわも重症人のあるじ様に料理をさせるほどの鬼ではないぞ」


 鬼みたいな角を生やしておいてそう言うか… まぁ、口調がロリババア口調だったからよかったものの、これが語尾に『だっちゃ』とかだったらもろアレだもんな…


 そんな事を考えていると馬車の外が騒がしくなり始める。


「ん? 城に着いたのか?」


 そう声を漏らすと、外で御者をやっているカズオの声が響く。


「旦那ぁ~」


「どうした? カズオ、城に着いたのか?」


 俺とカズオは壁越しに会話をする。


「いえ、城にはあともうちょっとの所なんですが… それよりも領民の方が、旦那が帰って来たことを心配されておられるようで…」


 カズオの言葉に、耳を澄ませて馬車の外の声に耳を傾ける。



「領主さま、直々に魔族退治に出かけられたと聞いたんだが…」


「この馬車は領主さまの馬車ですよね?」


「戻って来られたんですよね? でも領主さまは?」



 魔獣の襲撃の後、召集令を受けた俺は慌てて出発の準備をしていてそれ以外の事に気が回っていなかったが、恐らくマグナブリル辺りが、支持を集めるために、領主自ら魔族討伐に出かけたと大々的に宣伝でもしたのだろう。それで俺の出立を領民が知っていたものと思われる。


「どうしやすか? 旦那、このまま通り抜けやすか?」


 カズオが支持を仰いでくる。


「うーん、一応、俺は目を覚ましているし… 姿を見せておいた方がいいかな?」


「傷はいいんでやすか?」


 俺を心配するような声が返ってくる。


「あぁ、手術の痛みをゲームの楽しさで紛らわせていたある人物程ではないが、それなりに痛みを誤魔化す事が出来たからな… 後、久々に外の風にも当たりたい」


 囲碁をしながら手術をした三国志の関羽を真似てカローラやシュリとゲームをしていて、ある程度気分がまぎれたし、ずっと寝たきり状態も耐えられなかった。


「イチロー様、大丈夫なのですか?」


「いくらわらわがドラゴンでも、この状態であるじ様を抱えて降りる事はできんぞ?」


 カローラとシュリが、心配そうな瞳で俺の顔を覗き込んでくる。


「あぁ、どうせ城に着いたら降りなきゃダメだし、外の空気も吸いたい、降りるぐらいはなんとか体を動かせると思う」


 そう言ってもぞもぞと体を動かして起き上がる。実際の所、体を動かす度に体のあちこちがズキズキと痛みが走るが、魔法である程度痛覚を遮断して、はしごへと向かう。


「では、わらわが先に降りて、何かあった時はあるじ様を受け止めてやろう」


 そう言ってシュリが先にはしごを降りて、手を広げて俺を待ち構える。


「私も、落ちそうになったら上から闇の手を伸ばしてイチロー様を支えますよ」


「男の俺が、シュリに受け止めてもらってお姫様抱っこされるのも嫌だし、カローラの闇の手で握りつぶされるのも嫌だから、頑張って落ちないように降りるよ」


 俺はシュリとカローラにそう答えて、はしごを慎重に降りていく。はしごを握る手の握力は、肩の肉を削がれた方の腕は全く力が入らない。また、もみの木に貫かれた片足も体重を掛けて取っ手に足を掛ける事も出来ない。俺は殆ど片手片足ではしごを降りていく。


 そして、無事な方の片足を床に着け、体重を掛けていく。


「あるじ様、ほれ」


 裂けかけていた片足を床につける前に、シュリが肩を貸してくれる。


「おう、すまねぇな、シュリ、おいしょっと」


 シュリに礼を言いながら、俺は怪我のある方の足を床に着ける。痛覚を遮断する魔法を掛けているし、再生とは言わないまでも傷の治療魔法は施してあるので、すぐさま傷口が開いて血が滲んでくることは無いだろう。


「イチロー様、大丈夫?」


 ロフトの上からカローラが見下ろしてくる。


「おぅ、大丈夫だ!」


 ロフトのカローラを見上げて答え、視線を水平に戻すと、ソファーのところでこれだけ騒いでいるのに、眠りこけているノブツナ爺さんの姿が見えた。


「声では元気そうに答えていたが、結構、頬がこけて、目も落ちくぼんでんな… それだけあの剣術に力を使ったんだな…」


 そう思った俺は、ノブツナ爺さんに何も声を掛けずにそのまま眠らせておくことにして、御者台に繋がる連絡扉へ、壁に手をついて伝いながら向かおうとした。



「あるじ様っ! ちょっとまてぃ!!!」



 そんな俺にシュリが大声を飛ばしてくる。


「なんだよ、シュリ、突然そんな大声を出して、ノブツナ爺さんが起きるだろ?」


 俺は振り返りながら、シュリに答える。


「あ、あるじ様よ…まさか、そのままの姿で行くつもりなのか?」


「あぁ、包帯だらけだからな…何か羽織った方が良いか…」


 シュリに言われて自分の体を確認して、流石に包帯だらけの体で領民の前に出るのはマズいかと考えた。


「いやいやいや… それもあるが… その前にもっとなにか…こう…あるじゃろう…」


 シュリは困惑した顔で訴えてくる。


「えっ? 何かそんなにおかしいか?」


 俺は、キョロキョロと自分の姿を見回して確認する。



 ぷら~ん ぽろ~ん♪



「だからっ! 前に付いた尻尾のようにプラプラするそれを何とかせいといっておるじゃっ!」


 シュリがまるで、宙を舞い、空気と戯れる蝶のようにフリーダムに揺れる包帯がぐるぐる巻きになったマイSONを指差して声を上げる。


「あぁ、これの事か…ずっとこの状態だったんで、これが俺にとってのカジュアルな服装状態になりかけていたよ」


 俺はぷらんぷらんさせながらハハハと笑う。


「そんなカジュアル、聞いた事がないわっ! そのままでは、わらわたちまで恥をかくから、とりあえず、ズボンぐらいは履いてくれ」


 そう言って、おこなシュリは戸棚を開けて、ズボンを取り出して俺に差し出す。その時に戸棚の中がチラリと見えたが、下の部分が何かの動物の巣の様な物が形成されていた。クリスの奴目… 人の馬車の中に巣をつくりやがって…


「分かった…履けばいいんだろ? よいしょっと… やっぱ今のこの身体では履きづらいな… シュリちょっと手を貸してくれ」


「ほれ、ズボンを持っておいてやるから足を通せ」


 俺は子供か年寄のようにシュリに介護されながら、なんとかズボンを履く。


「これでよし! パンツが無くても恥ずかしくないもん! とはならんな」


「なんじゃか、ハニバルの時の淫魔王になった時の言葉のようじゃな」


「いやな記憶を思い出させるなよ…」


 俺はそんな事をシュリに言いながら連絡路へと向かった。




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