第359話 神の杖


 カウントゼロが読み上げられた瞬間、スッと音もなく、青白い光の柱が魔法障壁や、分厚い装甲など無かったように敵を貫く…いや貫いた状態になっていた。



 パリィン!



 そして、その敵を中心に先に衝撃波、その後、目もくらむような眩しい爆発の光球が広がっていく…



「神の杖… マサムネたち…本当にこんなものまで作り出していやがったんだ…」



 神の杖…それはアメリカ軍が開発していると言われる宇宙兵器の一つだ。衛星軌道上から地上の標的を目掛けて、高硬度金属で作られた10トン近い大質量の柱を撃ち出し、マッハ10近くの運動エネルギーで目標に命中して核爆弾に匹敵する破壊力を生み出す。


 コイツが生み出す破壊力の前には、いくら魔族の魔法障壁や分厚い装甲があろうが、防げるわけがない…



「こんなあぶねぇもの作りやがって…まぁ…それで俺達は敵を倒すことができたんだがな…」


 そう独り言を漏らしながら、俺はふと考える。


 マサムネたちの技術力があれば、こんな攻撃に時間の掛かる扱いに難い兵器ではなく、核爆弾のような兵器も作り出せたはずだ… だが、何故そうしなかったのか… 


 たとえ、この世界を望まず、元の世界に帰りたいといっても、暫く過ごしたこの世界を核なんかで汚染したくはなかったのだろう… 立つ鳥跡を濁さずか…



「んっ?」



 俺は色々な事を考えながら、暫く立てば爆発も収まるであろうと考えていたが、全く収まろうとせず、それどころか、どんどん広がってきてこちらまで巻き込まれそうな勢いである。



「ヤバイヤバイぞっ! ロアンのシールド無しであんな爆発に巻き込まれたら、ひとたまりもねぇぞっ!!」



 俺は神の杖の爆発から逃げ出そうと爆発に背を向けて魔法で飛び立とうとするが、先程の高速移動しながらの照射で精神が疲弊している事や、全身至る所の激痛、また大怪我で血の足りてない状況に、思ったように体を動かす事や、魔法を使う事がままならない。


 いつもの万全な状態であれば、あっという間に爆発から逃げ出す事ができるが、今の俺の精一杯では普段の半分以下の速度しか出ない。



「くっそ!! 爆発も恐ろしいが、その前に衝撃波がスゲー勢いで近づいてくるっ!!! 逃げられるのか!!!」



 再びの危機的状況に、疲弊していた精神も研ぎ澄まされ、全身の痛みも脳からアドレナリンが溢れているのか気にならなくなるが、血が足りない事だけはどうしようもない。眠らないように努力しているのに、睡魔に襲われて、すっと意識が飛びそうになる。



「飛べ! 飛ぶんだ俺っ!!! まだまだ致していない女が一杯いるだろ!! フィッツや、いつも逃げ回るミケ! そして、これからいい女に育ちそうなシュリとカローラ…」



 バンッ!!!



 言葉の途中で、体全体を叩きつけられたような衝撃が突き抜ける。



「かはっ!!!!」



 自分の目の前を衝撃波が抜けていくのが見える。


 

 パキッ! ミシミシッ!



 身体のあちこちの骨が折れ、軋む音が体を通して伝わってくる。そしてそこから無音の世界が始まる



 俺は… このまま死ぬのか?…



 そんな言葉が頭をよぎる。そして、意識が徐々にホワイトアウトしていく…



 あぁ… 俺はこのまま死ぬのか…



 そう、最後に思った…









『イチロォォォォォ!!!!! 起きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』



「はっ!!」



 俺は耳元で怒鳴られたような大声で意識を取り戻す。目を見開き自分の状況を確認してみると、今はそれなりに高い場所から、放物線を辿りながら落下中のようだ。


 どうやら、衝撃波に飛ばされて爆発からは逃れられたようである。後ろをチラ見すると、爆発が収まっていくのが見える。


 

 先程の俺を目覚めさせた声は誰だったのであろう…



 まぁ、気を失っているところで、目覚める事が出来たのは幸いであるが、今は絶賛自由落下中である。このまま地面に落ちたら先ず助からない。


 かと言って、混濁する意識と、ままならないこの体では、再び魔法を使って安全に地上に降りる事も出来ない。


 

 この際、女はいらないからベッドの上に落下できたら、助かるのだが…



 しかし、魔族に襲われたこんな地域の野外にはそんなものはない。あるのは、鬱蒼とした針葉樹の森だけだ。



 うまく、木の枝がクッションになってくれれば…



 俺はそう思って、自分の落下予想地点を見定める。



 やべ… もみの木の頂点じゃねぇか… このまま落下したら、俺がモズの早贄みたいになっちまう…



 藻掻いて落下経路を変えようにも片足が膝からパタパタと動かせる程度で、それ以外は激痛と所々の骨折で体は思うように動かせないし、意識が混濁気味で魔法も使えない。



 魔法が使えない事がこんなに不便だったとは…



 そんな事を考えている間にも、俺の体はドンドンと落下していき、もみの木の頂点が近づいてくる。



 もうこうなりゃ一か八か…もみの木に刺さる前に、何とか使える片足で、頂点を蹴り飛ばして刺さるのを回避するしかねぇ!!


 俺は覚悟を決めると、唯一動かせる片足を振り上げて、もみの木の頂点を凝視する。



 今だ!!!!



 もみの木に足が届きそうになる寸前で、俺はその頂点を蹴り飛ばす為に足を振り下ろす!



 スカッ!



 うっそだろぉぉぉ!!! ここで外すのかよ俺っ!!



 ただ唯一動かせる片足と言っても、疲労と痛みで普通の万全の状態では動かせなかったのだ!!!



 ズサァッ!!!



 かはぁっ!!!!



 そんな俺の振り下ろした片足の足の裏に激痛が走る。不幸中の幸いか、そのまま俺の体が刺さるのではなく、振り下ろした片足の裏にもみの木の頂点が突き刺さったのだ。


 ただ、いくらよい靴底を付けていようとも、落下する俺の体の体重が掛かった状態では、ちょこっと突き刺さる程度ではすまない。突き刺さった頂点は足の甲まで突き抜け、俺のつま先を割いていく。



 ぐわぁっ!!!

 


 身体全身の体重と落下の威力が、足のつま先ともみの木の頂点に全てかかる。そして、俺の体重を支えたまま、もみの木の頂点が大きくたわむ。


 このまま足のつま先が豚の蹄の様に二つに割れるか、それとももみの木の頂点が折れるか、そんな状態になった。



 ミシ…ミシミシ… ボキンッ!!!



 うわぁ!!!



 俺の体に落下の感覚が走る。もみの木の頂点の方が耐えられずに折れたのだ。


 

 ガサッ!!! ドンッ!!! パキッ!! ガササッ!!!



 俺の体は枝やら葉やらにぶつかりながら、なんだか袋叩きをされている気分で鬱蒼としたもみの木の中を落下していく。



 ザッ!!



 そして、突然葉や枝の袋叩きが終わり、辺りが明るくなる。枝の隙間から抜けたのだ。



 頼む!! 最後にしたに繁みでもあってくれ!!!



 そのまま地面に落下してミンチになるという未来から逃げられたものの、もみの木の枝から地面までの距離は、魔法の使えない重傷状態の一般人の俺では十分に死ねる高さである。背中を地面に向けて落ちているので下がどの様になっているのか分からない。最後のギャンブルだ。



 ここまで幸運がいくつも続いたのだから、最後まで幸運が続いて俺を生かしてくれ!



 ドンッ!!



 俺の背中に、繁みでも地面でもない感触が伝わる。そして、目の前の光景は、下から見上げたもみの木が止まって見えている。俺の落下は終わった…命が助かったのだ…



 あぁ…なんとか助かった…しかし、何の上に落ちたんだろ…



 すると、俺の下にあるものがもぞもぞと動き始める。



 もしかして、何か動物の上に落ちたのであろうか? もし、狼とか熊だったなら…



 そんな事を考えていると、視界の端からノブツナ爺さんの顔が覆いかぶさるように見えてくる。



 あぁ…俺は本当に助かったんだ…



 そこで、俺の意識はブラックアウトしていった…






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 どこかの王宮…


 人気の少ない玉座の間に、異形の姿の者が、その姿に相応しくない、気品と風格のある仕草で入室してくる。



「王よ…」


 異形の物は、玉座の前に恭しく膝を折り、首を下げて呼びかける。


「何…ヒドラジン」


 異形の者が首を下げる玉座には、その玉座には似つかわしくない幼さの驚くほど色白で、黒髪の長髪、黒い衣装を纏った、まるで蝋人形のように生気を感じない少女の姿があった。


「試験体S-014の生体反応が停止いたしました…」


「そう…やられちゃったのね… それが何か問題でも?」


 異形の物の報告に、少女は無表情に答える。


「いえ、殺されたこと自体にはそれほど問題は無いのですが、その殺され方が問題でして…」


「どういうことかしら?」


 少女は表情を変えずに聞き直す。


「こちらを見て頂けるでしょうか…」


 そう言って異形の物は、空中に映像を映し出す。そこには人と戦う魔族が光の柱の様なものに突き刺されて、まるで地上に太陽でも現れたような爆発を起こす瞬間であった。


「この破壊力…城に撃ち込まれたらただではすみますまい…」


「…確かにそうね…」


 ここでようやく少女はピクリと少しだけ表情を動かす。


「王よ…どうなされますか?」


「…この領地全体を不透明な強化魔法障壁で覆いなさい…それと試験体のテストは中止よ」


「わかりました…」


「あと…」


 躊躇うように少女は声を漏らす。


「何でございましょう?」


「何者がそのような攻撃を行ったのかを調べなさい…」


「仰せの通り…」


 異形の物はそう答えると、玉座の間を退く。そして、玉座の間に一人残された少女は呟く…


「どんな者なのかしら… できればこちらに引き込みたいわね…」


 少女の口角が僅かに上がった。

 



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