第357話 折り返し地点

「なぁ…ロアン…」


「なんだ? イチロー…」


 ロアンは先程より、更に多い鼻血を流しながら立ち上がる。


「今の状況ってさ…ゴールだと思ったら折り返し地点だった…って感じに思わないか?」


「イチロー…上手い事言うね…言いえて妙だよ…」


 そう言って鼻血を拭う。


 さて、現在の状況は俺が言い例えた通り、敵を倒したと思ったら倒せていなかった状況であるわけだが、攻撃の要であるノブツナ爺さんは、ゴールだと思ってラストスパートを掛けた状態だし、ロアンは先頭集団から遅れないように、常に限界で走り続けていた状態だ。


 即ち、もう先程の様には戦えないという結論だ。


 どうする!? 


 戦死覚悟で戦いを続けて時間稼ぎをするか?


 いや…そんな事をしても10分と持たないだろう…そうなれば、まだ脱出部隊が主砲の射程範囲にいるはずだ…



 ならば…



「ロアン…」


「なんだい…イチロー… 特攻するのなら僕も付き合うよ… イチローと最後を迎えるというのは何だがな…」


 ロアンはフラフラになりながらも、疲労でいっぱいの顔で俺に微笑みかける。


「バカッ! ちげーよっ! まだ体力の残っている俺が、敵を引きつけて逃げ回る。その間にお前と爺さんは何処かに隠れて休んでろっ!」


 すると、ロアンは俺の肩に手を掛けて支えにしながら、辺りを見回して、再び俺に顔を向ける。


「そうできたら嬉しいんだけどね… 敵は本当に思った以上にやらしいやつなんだよ…」


「どういうことだ?」


 俺はロアンの言葉に肩眉を上げる。


「ほら…イチローも見てごらん… 敵はあの光線で僕たちを取り囲むようにマグマ地帯を作り出しているんだよ… 体力が万全の状態であれば、飛び越える事も可能だけども… 今の状態ではとても不可能だね…」


「なっ!!」


 俺はロアンの言葉に辺りをキョロキョロと見回してみる。すると確かに俺達は光線が作り出したマグマ地帯に囲まれていた。


「くっそ!! 頭が回るだけではなく、ホント!やらしい奴だな!! ん?」


 辺りを見回している最中に気になるものを見つけて目を止める。


「どうした? イチロー」


「いや、ちょっと気になるものを見つけてだな…」


 俺はそう言って、ロアンに肩を貸しながら、その気になる物の所へ足を運ぶ。


「そ、それって… あの特別勇者の死体だよね…」


 ロアンのいう通り、それは特別勇者ニノミヤの首が無くなった体だけの死体であった。しかし、俺が違和感を感じたのは、死後もうかなり立っているはずなのに、首の切断面から、血液ではない液体が少しづつ出ているのだ。


「ロアン、ちょっと降ろすぞ」


 ロアンに肩を貸すのを止めて、ニノミヤの死体に短く手を合わせた後、その死体を裏返しにして、俯せにする。


「…思った通りだ…コイツが前にマサムネが言ってたものか…」


 ニノミヤのうなじにピコピコとランプが点灯を繰り返す装置が取り付けられていた。俺はその装置を取り外して見る。形は一時期流行ったうなじに装着して体を冷やす装置に似ており、それにチューブがついていて腰のペットボトル大のタンクに繋がっている構造だ。


「…イチロー…それをどうするつもりなんだ?」


 ロアンは死体から装備を剥ぎ取る俺に怪訝な顔をする。そんなロアンの言葉を無視するように俺は試しにその装置を首筋に装着してみる。


 すると、人生で初めて炭酸飲料を飲んだ時の様な爽快さが身体全身に広がり、少し感じていた疲労感も全て解消されていく。



「こいつはスゲー!! 模擬戦の時のヤマダが強かったのはこういう訳かっ!」



「イチロー…」



 そこへ先程の戦闘で力を使い切ったはずのノブツナ爺さんが姿勢を正した姿で現れる。恐らく、武士は食わねど高楊枝って奴で、やせ我慢してまだ戦えるように装っているのであろう…


「もう一度…敵に攻撃を仕掛けるか?」


 ノブツナ爺さんは疲労の色を隠しながらそう聞いてくる。


「…今のノブツナ爺さんで、奴の本体を両断することはできるか?」


 そう尋ねると、ノブツナ爺さんは再生中の敵をチラ見する。


「いや…無理じゃな… いくら何でも体が大きすぎて、刃が届かぬ… 万全の状態でも難しいな…」


「そうか…」


 もし可能であるなら、この装置をノブツナ爺さんに付けてもらう方法もあったが断念する。


「最初の襲撃があった時に、マサムネたちに聞いたんだが、コアっていうか心臓みたいな部分を破壊しないと、再生をして倒せないって話を思い出したんだ… まぁ、ここまでの再生力だとは思わなかったが… 恐らくアイツのコアはあの鯨みたいな本体の中にあると思う」


「なるほど、それでわしが上半身を切り落としても、触手を伸ばして再生し始めた訳じゃな…」


「それでどうするんだ? イチロー、君はその装置で回復したように見えるけど、それを使って先程の作戦を実行するのかい?」


 ロアンの言葉に俺は少し考える。この装置を付けた俺が、二人を抱えてマグマ地帯を飛び越えるってもあるが、それは下手すれば敵から一網打尽にされる恐れがある。また、ノブツナ爺さんがコアを破壊出来ないのであれば、二人の回復するまで逃げ回る作戦も無意味だ。



 となると…



 俺はマサムネから託されたアレを腰に付けた小物入れの上から触れる。


 本当は魔王と対峙する時まで温存しておきたかったのだが、今ここでコイツを使うしか、俺達の生き延びる術はないな…


 しかし、どうなんだろう…マサムネはきっちり60秒間照射しろと言っていた…普通にアイツに60秒間照射して当てられるものなのか?


 もしかしたら、コイツの照射に敵が警戒して、いきなり回避行動を始めるかもしれん…


 危機的な状況だからと言って、一発しかない最終兵器をそんな一か八かのギャンブルみたいな使い方をする訳にはいかんな…


 ならば、今ある状況を使って敵を足止めというか固定する方法はないか?


 俺はキョロキョロと辺りを見回す。


 しかし、あるのは光線によって作り出された辺り一面のマグマ地帯だけ…だけ!?


 俺にあるアイデアが閃き、顔を上げて二人の顔を見る。


「俺に考えがある!! その為に二人の力を貸して欲しい!!!」


 俺は二人の顔を直視してそう告げた。



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