第356話 真陰流

 ズシンッ!!


 ズシンッ!!



 敵は地響きの様な大きな足音を立ててこちらに向かってくる。


 クソがっ! 乙ガンのバウンドわんわんみたいな姿をしやがって、おめえはこっちに近づかなくても遠くから攻撃できるだろうが… 


 人間の様に話して、やらしい作戦も考えつける所から、俺達をいたぶって楽しんでいるのであろうか…



「用意はいいか?ノブツナ爺さん…アイツの散弾は小さな破片が当たってもこの様だぞ?」



 俺はそう言って、破片が当たって掛けた耳を見せる。



「分かっておる… ハニバルで虫退治では、相手の役不足もあって自分の力量を推し量ることが出来なんだが、彼奴であれば、わしの剣がどこまでの物か推し量れようぞ…」



 そう言って、普段は見せない凄味のある顔でニヤリと笑う。


 ハニバルでの虫退治ってあれか、城塞都市から大軍で群がってくるドローンの群れを切りはらいながら一直線にアルファーの拿捕したやつか… なるほど…そんな隠し持った実力を使ってあの離れ業をやってのけたわけか…ようやく理由が分かった。



「ロアンの方も大丈夫か? まだシールド魔法は張れるか?」



 ロアンの方に向き直って尋ねる。



「だ、大丈夫だ… 皆の命が僕のオメガシールドに掛かっているからね…」



 疲労の色を濃くした顔をするロアンはそう言って、鼻から僅かにたらりと垂れる鼻血をグローブで拭う。


 ロアンは口では強がって言っているが、あの鼻血や疲労の色の濃い顔を見ると、限界が近いのは良く分かる。少年漫画であれば、気力とか根性でいくらでも必殺技をひねり出すことができるが、この世界はそんな都合の良い物ではない。技を使えば使う程、その使用者に反動が来る。


 ロアンが鼻血を出していた事や、疲労の色が濃い割には目が血走っている所を見ると、心臓の心拍を増やして、それにより脳にブーストを掛けて処理速度を向上し、二枚もしくは複数枚のシールドを展開しつつ、その全てのシールドの周波数を絶えず変化させているのであろう。


 その代償として過負荷な心拍で血管がボロボロだろうし、高速回転する神経も焼き切れる寸前だろう…


 ロアンが廃人に成っちまう前に蹴りを付けないとな…



「アイツラト…チガウヤツラ… データアツメタイ… オマエタチ… モットアガイテミセロ…」



 敵は何の意味の事を言っているのか分からないが、敵は俺達に向け、腕を伸ばす。



「くるぞ!!!!」


 

 敵の腕が閃光して散弾が発射される。



「オメガシィィールドォ!!!!」



 ロアンのシールドが展開される!それと同時に散弾がロアンのシールドに衝突して、視界一面に、散弾の炸裂が広がる!!


 そこへノブツナ爺さんが、引き搾った弓から射られる矢の様に敵に向けて飛び出す!!



「オロカナ…」



 そこへ待ち構えていたように敵が散弾を撃ち出す手を下に向けて、ノブツナ爺さんに狙いを定める!!



「ムンッ!!!!」



 だが、爺さんは刀を構えながら、そこから更に加速して、纏った真っ赤な闘気の赤い残光を残しながら敵の射程外となる足元へと滑り込み一閃を放つ!!!!



 キィィィィィィィン!!!!



 まるでガラスを弾いたような高い金属音が鳴り響く。


 そして、ゆっくりと敵の巨体が揺らいで傾き始める。



「ナッ!!」



 見ると俺の切断できなかった敵の足首が切られて、その上下が左右にずれて別れはじめる。



「…真・陰流… 成った!!!!」



 やりやがった!!! ノブツナ爺さんはやりやがった!!! 俺が全く歯が立たなかった敵を相手に一閃のもとで切り抜けやがった!!!!


 俺は剣豪が放つ真の技の凄さを見て、驚きと興奮のあまり、背中にぞわぞわとした感触が駆け上がる。



「…ワタクシ…オドロキ…」



 足首を切られ体勢を崩した敵は、散弾を撃ち出した腕を地面に突き、体勢を保とうとする。



「ムンッ!!!!!!」



 キィィィィィィン!!!!



 再びノブツナ爺さんの一閃が光り、敵が地面についていた腕の肘関節を切り離す!


 そして、支えを失った敵の巨体は大きく傾き始める。



「ワタクシ…イカリ…」



 そう言うと同時に敵は、残った片手の砲弾を撃ち出す!



「させるかよぉぉぉ!!!」



 ノブツナ爺さんばかりにカッコいい所を見せられてばかりはいられない俺は、ノブツナ爺さんがやっていた砲弾の一刀両断を試みる!!



 ガギッン!!!



 ノブツナ爺さんの一閃とは違って鈍い金属音が鳴り響き、剣を通して砲弾の凄まじい衝撃が伝わってくる!!!



「あの爺さんっ!! こんな衝撃を受けていたのかよっ!! だがっ!!!」



 俺は筋肉強化魔法や、筋力機能アシストオンにして、衝撃に対して踏ん張り、振り下ろす剣に力を籠める!!



 ギギギギィィィィィン!!!!



「やったぁ!!!! 俺も砲弾を両断してやったぞぉ!!!」



 視界から切り開かれていく砲弾の断面が消えて、一気に景色が広がる。



「イチロォ!! 危ないっ!!!」



 すると急にロアンの叫び声が響き、背中から襟首を掴まれて、地面に叩き伏せられる。その瞬間、先程俺の頭のあった場所に光線が俺の髪の毛の一部を巻き込み薙ぎ払われる。


 

 シュンッ!



 小さな気化する音と共に、髪の毛の焼けた臭いが広がる。先程のノブツナ爺さんの技を見た時とは別の意味の悪寒が背筋を這い上がる。


 ロアンが俺を引き倒してくれなかったら、今頃俺は、首ちょんぱ…いや、頭丸ごと蒸発していたかもしれんのか…



「奴目っ!!! 小癪なっ!!!」



 敵の光線を躱したノブツナ爺さんは再び刀を構えて敵に猛進する!!



「オマエ…キケン…」



 敵は横向きに倒れ込みながらも、残った腕で薙ぎ払おうとする。



「ふんっ!!!」



 だかノブツナ爺さんは更に加速し、赤い閃光の様に敵の胸元へと飛び込む!!!



「ナッ!!!」



「ムンッ!!!!!!」



 キィィィィィィィン!!!!


 

 先程の様に、ガラスの様な硬い金属音が鳴り響く。



「…ア…」



 敵が一言そう漏らすと、その上半身が徐々に下に下がり始める。



 ズズズ…ズッ… ズシーンッ!!



 敵の上半身はそのまま徐々に下にズレていき、最後には完全に本体から切り落とされて、土埃を舞い上げながら地面に落下する。


 その落下を見届けるとノブツナ爺さんは、突然糸の切れた人形の様に、刀を杖にして崩れるように膝をつく。



「ノブツナ爺さん!! 大丈夫なのかよっ!!」



 突然、膝をつくノブツナ爺さんに呼びかけると、爺さんは吹き出すような汗を流しながら、疲労で疲れた顔でニヤリと微笑む。



「あぁ…少し疲れただけじゃ… それよりも、わしがこの異世界で編み出した真陰流はどうじゃ!」

 

「あぁ!! スゲーよ!!! マジスゲーよ!!! 俺、見ていて鳥肌がたっちまったよっ!!」



 俺は思った感想を素直に告げると、ノブツナ爺さんは疲れた顔でまるで無邪気な子供の様な笑顔を作る。だがその時!!



「…ワタクシ…オドロキ…ホントウニ…オドロキ…」



 倒したと思われた敵の声が響く。慌てて敵の死体のあった所を見てみると、敵の本体部分からうねうねとうねり脈打つ触手が伸びて、切り落とされた部分と繋がり始めていた!!



「イイデータ…テニイレタ…コレ…モッテカエル… ソノマエニ…オマエタチ…ショブンスル…」


 そこには、ほぼ完全復活を遂げた敵の姿があった。


「マジかよ…」


 俺はその姿に、戦慄を覚えつつ、小さな声で呟いた。


 

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