第350話 遺言と遺品

 蚊の鳴くような小さなマサムネの声に気が付いた俺とぼっさんは、すぐに膝を折ってマサムネの元に顔を近づける。


「おい! マサムネ! お前、意識があるのか!?」


「マサムネ君!! しっかりしてくれ! すぐに医療ポッドにいれるからねっ!」


 二人で必死にマサムネに呼びかける。


「…お、俺の…事は…いい…ここに…置いて行け… は、はやく…ここから…逃げるんだ…」


 マサムネは焦点の合っていない目を天に向けたまま、そう答える。


「マ、マサムネ君っ!」


「何言ってんだ! マサムネ! お前、まだ俺のかつ丼食ってなかっただろっ!? こんな所に残っていちゃ、かつ丼はくえねぇそ!!」


 自分の事を諦めたように弱音を吐くマサムネに、俺は励ます様に声を掛ける。


「…ハハハ…イチローでも…気を遣う事も…あるんだな…」


 マサムネは力なく弱々しい笑い声をあげて、俺の言葉に答える。


「…イチロー… 今の俺には…下半身の感覚が無いんだ… 胃袋も無くなってしまった…俺に… どうやって…かつ丼を食えと…いうんんだ?…」


 マサムネは自分の状況を正しく把握していた…


 今のマサムネの体は、マサムネが言った通り、下半身、正しくは鳩尾からしたが無くなっており、生きているのも不思議な状況であった。


「マサムネっ! お前たちの技術があれば、それぐらいの傷も癒すことが出来るんだろっ! 諦めんなよっ!!」


「…手足の…末端部分なら…兎も角… 下半身全部…となると…流石の俺達でも…無理だ… 俺達の…技術は…神秘の…代物では…な…い…」


 前に一度、ぼっさんから再生治療について聞いているが、ぼっさんはマサムネの言葉を肯定するように、無言で頷くように項垂れる。


 くっそ! マサムネたちの技術がいかに優れているとはいえ、やはり技術と神秘の技は違うという事なのか… ここに聖女のミリーズがいればマサムネを救う事が出来るのだが…


 俺の中に色々な感情が湧き上がってくるが、しかし、今はそんな感傷に浸っている暇はない。こうしている今も、アイダとニノミヤの二人が自分たちの命を掛けて時間を稼いでいるのだ。



「分かった…マサムネ…最後に何か言い残したい事はあるか?」


 

 マサムネとの付き合いは短い期間であったが、マサムネのような大の男が大粒の涙を流しながら男泣きしてラーメンを食う姿を見てしまった俺は、胸の内に湧き上がる様々な感情を押し殺してマサムネの最後の言葉を尋ねる。


「ボ、ボタさん…例のアレを…イチローに渡してくれないか…」


「えっ!? 例のアレって… 本当にアレの事かい?」


 マサムネの言葉に、驚きを隠せないぼっさんは、目を見開いて上ずった声を出す。


「あぁ…ボタさんに預けている…例のアレです… もしかしたら…この状況下なら…使う…機会が…あるかも…しれない…」


 最初はマサムネの言葉に驚いていたぼっさんであるが、つづくマサムネの言葉に覚悟を決めたのか、見開いていた目を細めて小さく頷き、服の胸元から、紐の付いた何かを取り出し、俺に手渡す。


「マサムネ…これは?」


 俺はぼっさんから手渡された掌の中にある、銃のグリップ部分だけの様なものを見る。


「…い、以前…話して…いた… 対魔王…用の…秘密…兵器…だ…」


「おいおいおい!! 対魔王用の秘密兵器ってっ! あの激ヤバの奴だろっ!?」


 マサムネの話を聞いて、掌にあるグリップがとんでもなくヤバい物だと気が付き、手が震え落としそうになる。


「あぁ…そうだ… 俺をやったアイツは… それを…使わ…ないと…倒せない…ぐらいにヤバい奴だ…」


 そして、マサムネは今はもう殆ど見えていないであろう、焦点の合ってない瞳を、声だけを頼りにこちらに向ける。


「いいか…イチロー… 60秒だ… きっちり60秒間… 照射しつづけろ… そうすれば…作動する…くれぐれも…爆風には…き、気を付け…ろよな…」


 マサムネが口から血を吹き出しながら、最後の力を振り絞って説明する。


「…分かった…きっちり60秒だな…」


「それと…イチロー…最後に一つだけいいか…」


「なんだ…言ってみろ…」


 マサムネの顔色や、今までの出血量、そして、開いていく瞳孔を見る限り、これが本当に最後のお願いになるであろう。俺はマサムネの言葉を聞き逃さないように、マサムネに顔を寄せる。


「…も、もし…お前が… 日本に…帰る…こと…が…あれば…俺の妻子の所…に…行って…俺の…事を…伝えて…もらえ…ないか…」


 以前、俺は日本には帰らないと伝えているのだが、もう意識が混濁し始めているのであろう… でも、最後の言葉ぐらいちゃんと聞いてやらないとな…


「あぁ…分かった…それでお前の妻子はどこにいるんだよ?」


「福…県……方郡…み…は…町の… 浜から…すこし…上がって… 右に…まがった…つきあたりだ…」


 ダメだ…ドンドン瞳孔が開いていく…


「それで、なんと伝えればいいんだっ!!」


「体は…異世界…で…朽ちても… 魂…だけは… に…日本の…お前…たち…の…と…こ…ろ…へ………」



 そこで、マサムネの瞳孔が完全に開いた…



「マサムネ君っ!!」


 ぼっさんがポロポロと涙を流しながら、マサムネの名前を呼ぶ。しかし、マサムネはもう答えない… 


 俺はマサムネの顔に手を伸ばし、見開いた瞼を閉じてやると、マサムネが何の宗派であるか知らないが、両手を合わせて目を閉じて冥福を祈ってやる。



『成仏すれば、次元を超えて、日本に帰れるさ…』



 そう念じて、再び目を開けると、マサムネは俺の胸の内が聞こえたのか、穏やかな顔をしていた。


 そして、俺はすぐに気持ちを切り替えて、サッと立ち上がり、後ろに振り返る。


 すると、皆、俺達の様子を固唾を呑んで見守っていたのか、それぞれ思い思いの感情を顔に現して佇んでいた。


「みんな、見ていたのか…」


 その言葉に、俺達の様子を伺っていた人混みの中のシュリが、小さくコクリと頷く。


「みんな!! 見ていた通り、今マサムネが死んだ!!」


 辛い事であるが、事実を認めさせるために、俺は大きな声で宣言する。


「だから、最初の指示書通りに、俺達はぼっさんことボタさんを連れてここから撤退するぞ!!」


 俺の声は駐屯地に響き渡った。



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