第345話 剣聖と聖剣

 カローラが過去のトラウマから落ち着いて、自分のテントに戻ってふて寝をし始めた後、ふぅと溜息をついて一段落した俺は、マサムネとの話を思い出していた。


 マサムネ達が今まで戦っていた、特殊な魔法障壁や強靭な装甲を持つ魔族や魔族人… 今までは運よく魔族の本拠地から抜け出て、俺達が遭遇することは無かったが、今後もそういえるのであろうか?


 カーバルでの一件を見る限り、高位の魔族の連中が本拠地から抜け出て、人類に対して妨害又は破壊工作を仕掛けてくる。実際には、現地の反人類的な存在を唆せて、人類に敵対させているだけだが、今後、その高位の魔族が直接、または現地で魔族人の様な存在を召喚するかもしれない…


 そう考えると、やはりマサムネたちだけに魔族人を任せる他力本願では無く、自らも魔族人に対抗する手段を持たなければならないと思う。だが、マサムネに頼んで、マサムネたちが持っている装備を俺に分けてもらう事が出来るかと言うと、恐らく難しいと思う。

 なぜなら、俺はこの異世界で沢山の妻子を持ち、領地と爵位まで貰っている人間である。いくら同郷の日本人とは言え、いずれ現地人と同化していく一族に、圧倒的な技術力の武器を渡す事は出来ないだろう… 俺、又は俺の子孫がその武器を使ってこの世界を軍事的に支配する恐れがあるからだ…


 そうなると…マサムネが言っていた、この異世界の魔族人の対抗手段である聖剣を必要がある。まぁ…そこらの鍛冶屋で量産している剣と違って、この世に一本しかない武器だと思うから簡単に手に入らないと思うし、そもそも、三ツ星勇者になった俺ですら、その存在を知らなかったのだから、入手はかなり困難だよな…


 そんなことを考えた俺は、暇つぶしに本を読んでいるノブツナ爺さんに目をつける。


「なぁ、ノブツナ爺さん」


「なんじゃ、イチロー」


 ノブツナ爺さんは本に熱中しているのか本に視線を落としたままページを捲って答える。


「ノブツナ爺さんは聖剣って知っているか?」


 そう尋ねると、流石にノブツナ爺さんも本から視線を上げて俺を見る。


「剣聖と呼ばれたわしに、聖剣について尋ねるのか…イチローも面白い事をするのう…」


「いや、別に馬鹿にしているとか煽っている訳じゃないよ、ただ聖剣が存在することをきいたから純粋に訊ねてみただけだ」


「分かっておる、ちょっと言ってみただけじゃ」


 ノブツナ爺さんはそう言ってフフっと笑いながら、本を閉じてテーブルに置く。


「それで、ノブツナ爺さんは何か聖剣に関する情報を知っているのか?」


「いや…以前の世界の天下五剣なら知っておるが、この世の聖剣の話は聞いた事がないのぅ… そもそも、前の世界も今の世界も、良い武器が欲しいなら、自分で打っておったからなの」


 そう言ってノブツナ爺さんは、腰に指した刀をカチャリと触れる。


「えっ!? 爺さん、自分でその刀を鍛冶をして作ったのか?」


 ノブツナ爺さんが言っていた天下五剣にも興味を惹かれたが、ノブツナ爺さんが自分で使う刀を鍛冶で作った事にも興味を惹かれた。


「あぁ、誰かが誰かの為に作った武器ではなく、自分の為の刀でなければ、剣の頂きを見上げることなどできぬ。特にわしが生きておった剣豪の世界ではな」


 そう言って、ノブツナ爺さんは腰に差した刀を抜いて、ギラリと鈍く光る刀身を見せる。


「自分が使う刀を作るところから始めるなんて、流石剣聖と呼ばれるだけあるな」


「剣聖など自ら名乗った訳ではない、他の者が勝手にそう言っておっただけじゃ、そもそもわしは強さの頂点に立った訳でもなければ、剣の頂きにいた訳でも無い… 己自身を極めようとしておっただけじゃ」


 そう言ってノブツナ爺さんは抜いていた刀を鞘に納める。


 あら…カッコいい…流石、剣の歴史に名を遺した人物だけはある。中々、中二心をくすぐる言ってみたいセリフを言ってのけて様になっている。


「ところで、イチロー、そなたが急に聖剣なるのもの話をしてきたのは、先日のあの化け物が原因じゃな?」


 刀を納めた後、ノブツナ爺さんは視線を俺に向けてくる。


「あぁ、そうだ、先日の襲撃はノブツナ爺さんも見ていただろ? アレは普通の武器では手も足も出ない…」


「確かにそうじゃな、武芸者は武器の善し悪しに頼るのではなく、自ら磨き上げた技を頼りにするものじゃが… いくら剣を極めた者でも、使い始めて日の浅い鉄砲を持った者に撃ち殺される事もある。普通の者があの化け物と対峙することは、それぐらいの開きがあるのぅ」


「だよな…でも、ノブツナ爺さんも聖剣の事は聞いた事が無いんだろ? 他に知っている人間はいないものかな…」


 そう思って、視線を周りに広げてみると、ストレスで檻の中をぐるぐると徘徊する動物のように、この狭い駐屯地の敷地内をぐるぐると回ってパトロールするロアンが、返ってくるところが目に止まる。


「おい、ロアン」


「なんだ? イチロー、今日の夕食の話か?」


 ロアンはちゅるちゅるを準備している時の、期待に目を爛々とさせた猫の様な顔をして俺を見てくる。


 ロアンの奴…カズオ飯を解禁してからというものの、完全に餌付けされた状態になっている。まぁ、ロアンと一緒のパーティーにいた時は、ロアンも俺も料理は上手い方であったが、そこは冒険途中でのキャンプ飯なので、基本あまり美味しくない保存食を使っての料理が多かった。


 しかし、今、俺が振舞っているカズオ飯は、収納魔法で保存している新鮮で普通では高価な食材を用いて、俺の現代日本の知識とカズオの腕を使った料理である。ぶっちゃけ、そこらの王都の有名料理店にも負けない美味さは出せていると思う。


 こんな何の変哲もない駐屯地の、他に娯楽の無い中で、毎日、王都の有名料理店級の料理を食べていては餌付けされて虜になっても可笑しくはないが… なんだか、ロアンの奴…クリスに似て来たな…


「いや…夕食の話ではないんだが… でも、一応言っておくと、今日はカレーラーメンだぞ」


「なん…だと…!? カレーもラーメンもただそれだけで美味しい物なのに、それを組み合わせるだと!? イチロー…なんて嬉しい…いや恐ろしい事を…」


 本人は至って真剣な口調で語っているが、表情は好物を目の前にする待てをする子犬の様に、涎をたらしそうな顔をしているので様にならない。


「その嬉しいやら恐ろしい物を今カズオが作っている所だから、その夕食の前に、ロアンにちょっと聞きたい事があるんだが…いいか?」


「おぅ! イチロー! なんでも聞いてくれ!」


 ロアンは表情を期待にキラキラさせながら、鼻息を鳴らして俺の手前の席にドンと腰を降ろす。俺はそんなロアンの反応に少し引き気味に尋ねる。


「おぅ…そうか…それじゃ遠慮なく… 先日の魔族に対抗するために、特別な武器が必要なんだが、ロアンは聖剣って聞いた事があるか?」


 すると、途端にロアンはキョトンとした顔をし始めた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る