第344話 カローラの弟妹事情
「カローラねぇちゃん、じゃあ、俺、そろそろ任務に行ってくるよ」
先程まで、カローラと一緒にカードゲームで遊んでいたヤマダは、すっと立ち上がる。
「分かったわ、タロウ、気を付けて言ってくるのよ」
そんなヤマダにカローラは年上の女性が見せるような余裕の笑みを浮べて手を振る。
「うん!分かった! じゃあ、お土産楽しみにしててねぇ~」
ヤマダはカローラに手を振りながら軽やかな足取りで、駐屯地の外に出ていく。
そんな二人のやり取りの一部始終を見ていた俺は、ようやく声を掛けられる状況になったので、読んでいた本をパタリとテーブルの上に置いて、うふふんとご機嫌なカローラに声を掛ける。
「おい、カローラ…」
「なんですか? イチロー様」
カローラは普通の反応で答える。
「カローラはアレを受け入れている様だけど… それでいいのか?」
「アレと仰いますと、タロウのことですか?」
「おぅ、そうだ、そのヤマダ・タロウの事だよ… お前の事をねぇちゃんねぇちゃんと言って懐いている様だけど… 気にしないのか?」
ヤマダの中身はかなり精神年齢が低そうな感じだけど、見た目は高校生ぐらいで、ねぇちゃんと呼ばれるカローラは幼女の見た目だ…違和感を感じないのだろうか…
「フッフッフッ…聞いて下さいよ! イチロー様!」
カローラが薄ら笑みを浮べながらドヤ顔をしてくる。
「なんだよ?」
カローラが何か変な事を言い出しそうなので、俺は少し身構える。
「ようやく、姉より優れていない弟が出来たんですよっ!」
「そ、それは良かったな…」
馬鹿馬鹿しい内容に、俺の気勢が削がれる。しかし、ディートやマリスティーヌの時にも同じことを言っていたような気がするがどこが違うのだろう?
「えぇ! そうです! 今の所、カードゲームで全戦全勝タロウに勝てているんですよっ! 私って凄くないですか!?」
「それはお前が凄いよりも、普通のヤマダが弱すぎるだけだろ… それに、カードゲームの話なら、マリスティーヌは兎も角、ディートには勝てていただろ?」
俺がそう言うと、カローラは自嘲的な顔をする。
「…あんな、あからさまな接待ゲームで勝ちを譲られてもねぇ… 萎えるじゃないですか…」
ディートが気を使っているのに、えらい面倒なやつだな…
「でも、ヤマダの奴も気を使って負けているだけじゃねぇのか?」
「それぐらいの事、私でも分かりますよっ! ゲームが終わった後に作り笑いをしながら『いや、カローラさんはお強いですね~』と言いながら、私に見えないように溜息をつくディートと違って、タロウは、ゲームが終わった後に、無邪気に『さっきのやり方、教えてよっ!』って聞いてくるんですよっ!」
「…お前…ディートにそんなに気を使わせるなよ… ディートの胃に穴が開いたらどうすんだよ…」
こんど城に帰った時にディートに会ったら、遠慮なくカローラを叩き潰せと言っておこう…気を使わせるだけ無駄だ…
「そう言う訳で、最初こそ戸惑いましたが、今ではタロウは私の良い弟ですよっ!」
そう言ってカローラはご機嫌に満足な顔をする。
「ヤマダが良くカローラに懐いていて、カードゲームがお前より弱い事は良く分かった…しかしだな…」
「なんですか?」
「いや、カローラ、お前に前に実際の妹や弟がいるって行ってただろ? 確か…トレノとレビン…そして、コロナじゃなくてデミオだっけ…」
そこまで言った途端、カローラの顔がピクリと動いて凍り付いたようになる。
「カードゲームが強い弱いとか、能力的にうんぬんは置いといて、懐かれていなかったのか? って! どうしたんだよ! カローラ!!」
カローラは青ざめてFXで有り金全て溶かした様な顔をしながら、バイブレーション機能が暴走した携帯の様にプルプルと震えていた。
「ど…ゔ…じ…で… イヂローざまは… わだじの…おもいだじだくない…かごを…よびおごぞうど…ずるんでずか…」
「えっ!? なんでそんなのになってんだよ!? 前回聞いた時にはそんな風にはならなかったじゃないか?」
もしかして、カードゲームの事がトラウマのスイッチになっているのか?
大粒の涙をポロポロと零しながら泣き始めるカローラが落ち着くようにするため、俺は涙を拭い、出てきた鼻水をチンさせてやる。
「…落ち着いたか? で、一体、何があったんだよ…」
カローラを膝の上に乗せ、ポンポンと背中を優しく叩きながら尋ねる。
「…トレノと…レビンの二人は…ひっく…私とゲームをする時は…いつも二人で組んで…私を負けさせに来るんですよ…」
「そう言えば、前にその二人は双子って言ってたからな… 息があっているのか…」
しかし、双子のヴァンパイアか…どんな感じの二人なんだろ…西方のレニリアとフラソみたいな感じなのか?
「そ、それで私を負かした後に…二人して…『えーマジ弱い!? キモーい』『弱いのが許されるのはレッサー吸血鬼までだよね!』『キャハハハハハハ』って煽ってくるんですよ…」
このカローラの言葉で、俺の脳内の予想図が西方の二人から、ネットでよく見るあの二人に切り替えられる。
「そ、そうか…それは酷い言われようだな… でも、弟のデミオはそんなことないだろ?」
「デミオの方がもっと酷いですよ… 勝った後に『俺は長男だから勝利できたけど、次男だったら勝利できなかった』って言った後に、『そういえばカローラ姉さんって長女だっけ?』って嫌味たらしく聞いてくるんですよ…」
「うわぁ…確かに嫌味たらしいなぁ…」
「しかも、その後、そこまで言うなら、一度ぐらい勝たせてよって言ったら…『負けてくれって何だ!なんで姉さんは長女になったんだ! なんでそんなに恥をさらすんだ』って言ってくるんですよ…酷くないですか?」
いや、そこで勝たせてくれっていうお前の精神もおかしいわ…と言いたいところだが、それを言うとギャン泣きしそうなので黙っておく…
しかし、長女なのにここまで家庭での地位が低いとは珍しいな… ニートでオタクだったから、地位が低くなっていったのか…
「そ、そうだな…ひ、酷い弟妹だな… だから、今の良い弟になったヤマダは大事にしてやるんだぞ…」
その時の俺には、それ以外カローラに掛ける言葉が無かった…
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