第342話 対抗手段
「済まないな、イチロー、湯を沸かし直してもらって」
湯上りでほっこりとしたマサムネが頭を下げつつ礼を言ってくる。
「いや、構わんよ、まだ、後二人…いや三人か、入る奴がいたからな、それより、風呂上がりにコヒー牛乳とフルーツ牛乳、どっちがいい?」
「そんなものまであるのか!? じゃあ、フルーツ牛乳を貰おうか」
マサムネはキレッキレのマッチョなのにフルーツ牛乳派なのか… 俺はマサムネにフルーツ牛乳を注いで渡す。
マサムネは受け取ったフルーツ牛乳の入ったグラスをゴキュゴキュと一気に飲み干す。
「ぷはぁ~!! やはり、風呂上がりのフルーツ牛乳は美味いなっ!!」
満足そうな顔をしたマサムネは空になったグラスをタンッ!と置き、しばらく神妙な顔で空になったグラスを眺めたあと、俺に顔を向ける。
「こんな人里から離れた駐屯地で、よくこんな新鮮な牛乳を用意出来たな…」
マサムネはやはり、俺が新鮮な食料を使っている事に疑問を感じていたようだ。
「マサムネたちにも秘密の技術があるように、俺のも秘密の技術があるんだよ」
「ふふっ、その技術を食べ物関連に使っている所がイチローらしいな」
俺の言葉にマサムネはふっと笑って返す。
「まぁ、マサムネたちの技術には及ばないがな…ところでマサムネ…」
俺も疑問に思っている事をマサムネに尋ねようと考える。
「なんだ? イチロー、言ってみろよ」
以前のマサムネなら応えてくれなかったが、ラーメンの一件以来、何かと俺には、秘密の話をしてくれるようになった。なので、今回の疑問にもある程度は応えてくれるであろう。
「先日、ここを襲撃した、俺達がいつも戦っている魔族とは異なる存在についてだが…」
「あぁ、俺達が魔族人と呼んでいる存在の事だな?」
俺の言葉にマサムネは片眉を上げて答える。
「マサムネたちは魔族人と呼んでいるのか… アレは他でうろうろしている魔獣や獣人・亜人とも異なるし、俺が以前戦った事のある、魔界の悪魔とも異なる… 一体、アレはなんなんだ?」
ここで一旦話を整理するが、俺達が普段戦っている魔族は、この世界に存在する人類に敵対的な種族の総称を魔族と呼んでおり、俺がカーバルで戦った魔界の悪魔とは別の存在である。謂わば悪魔とは、基本、敵対的な異次元人のような存在で、召喚するか、又はカーバルの様な事件でもなければ、この世界には現れない存在である。
だが、先日、ここを襲撃した存在は、魔族とも悪魔とも戦った事のある俺からすると、それぞれとは別物であるか、もしくは両方を組み合わせたような存在で、かなり異質な物である事は確かだ。
アレが一般的な存在であれば、今までの数えきれない戦闘の中で出会っていてもおかしくないはずである。
以前から魔族の不可解な侵略方法に疑問を感じていて、それがマサムネの様な特別勇者が押さえていたという事情が分かったが、新たに新しいタイプの敵の存在が現れて、新たに疑問が吹き出してきたわけである。
「その事か…」
マサムネは眉を少し顰める。
「以前はただ、特殊なシールド魔法とあの硬い装甲を持つだけの魔獣だったが、人型が現れたの最近の出来事なんだよ…」
マサムネは伏目勝ちに答える。
「という事は、マサムネにとっても珍しい存在だったのか…」
「そうだ、ここだけの話だが、我々の仲間がやられたのもあの人型の為だ。調べるために接近戦を挑んだ者があの酸にやられたんだよ」
「それで、前線を突破されて、俺達に招集が掛かった訳か…」
「あぁ、そうだ… 俺達も突然の事だったからな…」
マサムネが空になったグラスに視線を向けたままだったので、俺はその空のグラスにフルーツ牛乳を注いでやる。
「それで、前回の戦いを見ていて思ったんだが、普通の勇者にも、その魔族人に対抗する手段を持たせることはできないのか?」
するとマサムネは眉を少し歪めて困ったような顔をする。
「確かに、多くの人間に魔族人に対抗する手段があった方がいいのは俺も分かる… だが、俺達がメインに使っている武器は銃だ… リバースエンジニアリングされてしまう恐れがある以上、これらを手渡す事は出来ない、それにだ…」
マサムネは目だけを動かして俺を見る。
「俺達は、行く行くは元の世界に帰り、この世界から立ち去る存在だ。この世界の後の世に禍根となるものを残しては置けないさ」
「あぁ、なるほど、確かに銃器は置いて行けないわな… でも、ヤマダが使っていた近接専用の武器とかもダメなのか? また、他にアイツらのシールドや装甲を無効化する道具とかはないのか?」
「近接武器ならと考えた事はあるが、我々の様に生体強化した上にパワードスーツを来た人間でさえ、やられる始末だ。流石に生体強化の方法やパワードスーツの技術まで教える事はできない、そんな状況で近接武器だけ私も犠牲者がでるだけで、あの魔族人を倒す事は難しいだろう…」
「先日の襲撃で狂犬ハワードの攻撃は結構いい所まで行ってたような気がするが、相手も森だと思って降り立ったら、偶然にも擬装した駐屯地の真ん中だったので、困惑していたから先手が取れただけで、普通に対峙したら、そんな暇は無いって事か?」
トマリさんからあの時の状況は聞いていると思うが、俺は改めてマサムネにあの時の状況を説明する。
「そうだな、しかも相手はたった一体だけだったのだろ? 数匹に囲まれて酸を浴びせられていたら、何もできずに溶かされてしまっていたと思う。それに例え話を言うと、剣で戦うものが、剣を失った時の手段として格闘技で戦うのと同じで、銃で戦う我々にとって、近接武器で戦うのは、ふいに近づかれた時に緊急的に近接武器を使うんだよ… イチローならこの意味が分かるだろ?」
「なるほど、近接武器を使うのは、マサムネたちにとってもあくまで、非常時の緊急手段であって、常套手段ではないという事か… まぁ、銃で戦わなきゃならない敵に、件振り回して突撃するのは自殺行為に等しいわな…」
一瞬、では魔法は? と思ったが、先日の戦いで魔法の障壁が展開されていたから、魔法も並大抵のものでは、ある障壁を貫通出来ないし、貫通できたとしてもあの装甲を抜けないのか… 知れば知るほど、あの魔族人というのは厄介な存在だな…
「敵の魔法障壁を無力化する道具はある事にはあるが、やはり効果は限定的であるし、取り扱いも我々で無いと難しい、また、技術的にもこの世界の人間に手渡す事はできないな、それに、イチローは先日の襲撃で、トマリが一撃で魔族人を倒すところしか見ていないが、奴らには強力な再生能力がある」
「えっ? あいつら再生能力まであんのか!?」
マサムネの言葉に俺は目を丸くする。
「あぁ、手足を飛ばしたところで、すぐにトカゲの様に生えてきたり、切り傷ぐらいならすぐに傷が塞がる。だから、敵の肉体の中にある心臓というか、コアを潰さないと倒す事はできないんだよ。だから、近接武器では一撃でコアを潰す事は難しい…そんな奴らと戦う為の武器や道具を安々とこの世界の人間に渡す事はできないんだよ」
なるほど、一見、話を聞いているとケチ臭いとか意地悪の様に聞こえるが、現地人に武器や道具を渡すことが出来ないから、自分たちが元の世界に戻る為の研究を後回しにしてでも、自分たちだけがその装備や道具を使って魔族と対峙している訳か… マサムネたち特別勇者達は彼らなりにこの世界に義理とか温情とかを掛けている訳か、自分たちの事だけを考えるなら、火の粉のかからない何処かに引き籠って研究を続ければいいだけだからな…
「となると、マサムネたち特別勇者に頼るだけで、この世界の人間には魔族人と対抗する手段はないのか… 厳しいな…」
俺はこの世界の人間が魔族人と対抗するための手段が何かないかと、摸索していたが、マサムネの話を聞く限り現実的な方法は今は無さそうなので、前のめりの状態から、体を逸らせて椅子の背もたれに体を預ける。
「…この世界の物で魔族人と対抗するための道具は、一応ある事はあるんだが…」
そんな時に、マサムネが小さな声でポツリと呟く。
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